見知らぬ者からの襲撃
地裏ムカサと呪香ミツコが四緑カオリの家から退出してすぐに、赤い月が昇った。
裏界である。
赤い月が昇るとき、裏界の扉が開かれる。
まだ午前中である。
午前中だというのに、天空に赤い月が昇っていた。
「侵魔だろうな」
「ええ。雑魚でしょうけどね」
相変わらず口の悪いミツコは、魔剣使いでもある。短剣型の箒と大砲を思わせる巨大な魔剣の二本を、場合によって使い分ける。
ムカサの背後で、ミツコは短剣を構えていた。
一方のムカサは構えない。
もともとが、龍使いは武器を使用しない。
ただし、意識だけは自分の体内の龍脈に向いている。
これで、いつでも戦える状態になるのが龍使いだ。
ムカサの視界で何かが動いた。
次の瞬間には、斜め上に侵魔が現れていた。
分厚い半月刀を持った、半獣人だった。
姿は人に近く、皮膚は硬く、頭部は竜に似ていた。
地面に降りながら、半月刀をムカサに向かって振り下ろそうとしていた。
一瞬で移動してきたのが、侵魔の能力なら、難しい戦いになる。ただの身体能力であれば、ムカサにとってはこの上なく楽しい戦いになるだろう。
振り下ろされる半月刀の威力からして、避けなければ体を分断されるであろうことを見て取ったムカサは、半月刀が届かない範囲に移動した。
相手の力が解らないのに、逃げようとするのは無理がある。
「どうして近づくのよ!」
ミツコが叫んだ。ムカサは侵魔が地面に降りる地点に移動し、落ちるところを蹴り上げた。
半月刀が意味をなさないと判断した侵魔は、ムカサの蹴りを足の裏で受け、その反動で後方に跳んだ。
蹴り返された反動を軸足で打ち消し、ムカサは侵魔との距離を詰める。
侵魔は半月刀を空中で振り下ろした。
追撃しようとしたムカサの目の前で金属音が上がる。
半月刀をミツコの魔剣が受け止めていた。
だが、力では侵魔が勝った。
ミツコの魔剣をはじき、半月刀が振り下ろされる。
魔剣をはじくための、一瞬の空隙があった。
ムカサにとっては、十分な時間だった。
一歩踏み出したムカサの拳は、侵魔の胸に吸い込まれた。
体重を乗せた龍使いの拳は、侵魔の見るからに硬そうな皮膚の、さらに内側に衝撃を伝える。
侵魔が吹き飛ぶ。
ムカサが飛んだ。
間を置かず、仕留めに行った。
全力で相手をするのは、龍使いの礼儀だ。
相手が侵魔であれば、滅ぼすことを意味する。
だが、吹き飛んだはずの侵魔は、倒れることなく踏みとどまり、ムカサを迎え撃つべく身構えた。
ムカサが距離を詰めようとした時には、半月刀を構えて戦闘の体勢になっていたのだ。
半月刀を恐れず、ムカサは踏み込む。
振り下ろされる刀を拳でそらし、半歩移動して別の手を逆に打ち込む。
侵魔が遅れをとり、その間にミツコの魔剣から放たれた青い輝きが侵魔を貫いた。
血のような液体を吐き、侵魔の体勢が崩れる。ムカサは片足を高く振り上げ、踏みつけた。
足の下で、骨格が潰れる音がした。
地面に青黒い液体が広がった後、裏界は解除された。
日常が戻り、空気が流れる。
時間の流れが戻ったような感覚は、ウィザードしか味わうことができないだろう。
「まあまあだったわね」
「ああ。あの侵魔を使い捨てるような奴なら、魔王クラスだろうな」
「心当たりは?」
ミツコが、箒と言う名の魔剣をしまいながら尋ねる。
「あり過ぎてわからない」
いつもの言葉だ。ミツコは面白くもなさそうに、ムカサが踏みつぶした侵魔が、裏界の中でなければそのまま死骸が残っているはずの足元を見つめた。
「……狙われたのは、あんたよね」
「ミツコに心当たりがなければ、そうなるな」
「私が、狙われる覚えなんてあるはずがないでしょ」
嫌われる覚えは多分にあるだろううがとは、ムカサは言わなかった。
そろそろ、次の授業が始まる時間だ。
ムカサとミツコは輝明学園に戻ろうとした。




