授業の合間に
輝明学園の隣にある喫茶店『五芒の月』は、呪香ミツコに指摘されたとおり『準備中』の札が出ていた。
地裏ムカサは、裏手に回って玄関のインターフォンを押した。喫茶店と花屋を併設させたやり手経営主、四緑カオリの居住空間である。二つの店舗を切り盛りしているのだ。通っていては、時間が足りないだろう。
しばらくして、髪をポニーテールにした長身の美女が玄関を開けてくれる。
「どうしたの? 授業中でしょ?」
四緑カオリはムカサを見て嬉しそうにほほ笑んだ後、背後のミツコに胡乱な視線を向けた。ムカサはミツコをさそったわけではないが、ついてくるのは予想していた。振り切ることもできなかった。後々、面倒くさいからである。
「教師が授業を放棄しました。時間が空いたので、顔を見たくなりまして」
「あの学園にも困ったものね。もちろん、いつでも歓迎だけど……どうして来たの?」
最後の一言だけ、ミツコに向けて放たれたものだ。
「犬神ヤシャに、見張っているように頼まれたのよ。ムカサがあんたにちょっかいを出さないようにね」
「それはご苦労様」
四緑カオリはウィザードであり、強化人間でありながら陰陽師だ。自らの力を強化し続ける必要があり、その儀式を悪用されたことがある。
小さく肩をすくめるカオリを、ムカサはあらためて美人だと感じたが、言っても喜ばないことは解っているので何も言わなかった。
カオリは、力が足りないウィザードであることを恥じている。だから、何があっても力を強化するための儀式は欠かさないのだ。
自宅部分から招き入れられたのは初めてだった。店が開いていない時間に来たこと自体が初めてだったのだ。
ムカサもミツコも学生であるが、ウィザードとして完全に覚醒している以上、学業を優先しろとは、少なくとも同じウィザードの仲間は言わない。
カオリが普段生活している部分だと思うと、さすがにムカサも緊張した。
戦いの中で必要があれば、女性の前で裸になることも厭わないだろう。しかし、いまはその必要は皆無である。
「散らかっているけど、気にしないでね。ちょうどいま、植物の世話が終わって休憩しているころところなの。お茶の準備をしていたから、お店の方でいい?」
カオリは、ムカサが玄関に入るのを待って声をかけた。ミツコが帰るはずもなく、背後に張り付いている。
「『散らかっている』ですか」
玄関から見る景色は、きちんと整頓された清潔な廊下以外のものではなかった。下駄箱には柿右衛門様式の白磁の壺に、品よく花が生けられている。壁の絵は陰陽師らしく和風の花鳥画が飾られていた。
「騙されないほうがいいわよ。謙遜して、気を引く常套手段だからね」
こそこそと背後から囁かれる。しかし、ムカサにはカオリが気を引こうとする理由が思い至らない。
「もちろん、店の方で構いません。家に上がりこむほど、ずうずうしくはありませんよ」
ムカサが靴を脱ぎながら答えると、カオリは言葉を返すことなくほほ笑んだ。
背中を向けたのは、本格的にお茶の支度をしに行くのだ。
「よかったわね。助け出せて」
「……ああ」
うっかり答えてから、寒気がしたムカサは背後を振り返った。
ミツコの顔は、相変わらず誰も信用していないように見える。その顔がさらに恐ろしげに見えた。
「何しに、ここに来たの? レビュアータのこと?」
「カオリさんは陰陽師だ。相談して損はないだろう」
ムカサは廊下の先の店に向かった。カオリが消えた扉を目指す。
「どうして、私に相談しないのよ」
ミツコの声が耳に入ったが、おそらく独白だろうと、ムカサは足を止めなかった。
喫茶店を経営するコーヒーのプロである。
ミツコは逆らって紅茶を求めたが、さすがにカオリが淹れたコーヒーは美味しかった。
「本当に、私に会いに来てくれたの?」
休憩中の言葉通り、綺麗に整理されたテーブルの一つに、お茶菓子が出されていた。
「いけませんか?」
「いいえ。嬉しいけど、とてもムカサくんはそういうタイプには見えなかったから」
カオリ自身もコーヒーを傾けていた。
「どんなタイプに見えます?」
「目的にまっすぐにむかって、決して寄り道をしないタイプ」
まぎれもなく、正解だろう。ムカサは反射的に尋ねただけで、自分の性格判断をしてもらいたいのではなかった。
カオリと同じようにコーヒーを傾けながら苦笑したが、笑わない女もいた。
「目的のためなら、どんな犠牲が出ても平気なタイプの間違いでしょ」
ミツコである。
おそらく、それも間違ってはいない。ただし、ミツコに性格を言い当てられるのは癪だったため、ムカサは隣に座ったミツコには目を向けなかった。
「それが、私を救ってくれたんだから、文句を言える立場じゃないわね」
「ついでに、東京に地震を起こしてね」
「……今日は、その相談?」
ムカサ自身はほとんど話していないのに、話が進んでいく。
余計なことを言うミツコと、察しのいいカオリのためである。
さすがにムカサも、誤魔化す必要を感じなかった。
「いえ……相談というより……教師が授業を放棄したので、空いた時間に遊びに来たのは本当です。まあ、教師にロンギヌスが来て、レビュアータ様のことを尋ねられたのは本当ですが」
「ムカサ君らしくないわね。ロンギヌスに何か言われて、信じているものを疑うの?」
ムカサはコーヒーを飲みほした。
確かに、カオリの言う通りだ。
ずっと魔王レビュアータを信じてきた。たとえ、その結果世界が滅びるとしても、ムカサはただレビュアータを信じさえすればいいはずだ。
「でも、ロンギヌスが動いているっていうことは、背後にアンゼロットがいるわ。注意した方がいいのは確かね。生死を問わずあなたを止めるよう、いつ指令が出てもおかしくないわ。ムカサ君は、О―フォンはどうしているの?」
ウィザードとして覚醒した者に、必携の通信手段である。ムカサは小さく首を振った。
「捨てました」
「私も」
ミツコも同調した。アンゼロットと名乗る世界の守護者のことが嫌いらしい。
ムカサは、ミツコが嫌っているのなら、それほど悪い人物ではないかもしれないとは思ったが、あえて口に出さなかった。
「なら、気をつけるのね。情報は得ていた方がいいわよ。私が、命の恩人を殺しにいくようなことにならないよう、気をつけてね」
「ありがとうございます」
仮に、四緑カオリがムカサを殺しに来たのなら、ムカサ躊躇なく戦うだろう。
誰が来ても同じことだ。
それは、カオリも解っているはずだ。
ムカサはカオリにお茶とお茶菓子の礼を言って立ち上がった。
呪香ミツコも立ち上がったが、礼は言わなかった。




