ロンギヌス
地裏ムカサと呪香ミツコは、もっとも職員室に足を運ぶ生徒である。ただし、その内容が勉学と関係していることは皆無である。
「地裏ムカサくんは、女性に好かれるようだな」
二人を椅子に座らせると、黒瀬エリッサは唐突に切りだした。いままでは、職員室に呼び出されると、立たされたまま話していたのだ。空いている椅子に座るよう促されたのは初めてであり、ムカサはむしろ警戒した。話がよほど長くなるのではないかと思ったのだ。
警戒するムカサに気づかず、本来は呼ばれてもいない呪香ミツコがさっさと尻を降ろした。
「とんでもありません」
ムカサは謙遜した。
「こいつが好かれるのは、女の姿をした化け物だけです」
ミツコは本気である。
「呪香ミツコくん、君も、ムカサくんに惹かれているではないか?」
黒瀬エリッサは空気が読めないのだろうか、とムカサが思う前に、ミツコが絶叫した。
「呪いますよ!」
「剥きになるということは、それだけ本気だということか?」
さらに黒瀬はミツコをあおる。ミツコは顔色を変えた。
「こんな奴、蛇に食われて死ねばいいんです」
「いや、それは困る」
あくまで冷静に対処する黒瀬エリッサの言葉に、ムカサは呼び出された理由を理解した。
「つまり、魔王レビュアータに関することですか?」
「……ああ」
ミツコが『蛇』と言ったのは偶然ではない。ムカサが蛇の魔王レビュアータと契約を交わした、落とし子であることを知っているからだ。
「ミツコ、落ち着け。遊ばれているぞ」
ミツコは額に深いしわを寄せながら、ムカサを振り返った。世界のすべてを恨んでいるかのような暗い目つきで本気で睨まれるのは、慣れていても気持ちのいいものではない。
「……どういうつもり?」
ミツコが尋ねたのは、エリッサに対してだった。ムカサは姿勢を変えずに口だけを動かした。
「用があるのは、俺だということだ。ミツコの言うことは正しいよ。俺は人間以外の女性に好かれるらしい。そのせいで、大きな地震が起きることもあるし、呪いの家に巻き込まれることもある。ミツコを人間以外のものに仕分けしたのは、教師としてはどうかと思いますね」
「そいつが好かれるのは、人間以外だけじゃないだろう。お前、授業中に喫茶店に行ったりしていないな」
向かいの席から、犬系の顔をした古文の教師、犬神ヤシャが口を挟んだ。
犬神ヤシャとは、呪いの家でウィザードを捕獲していた世界結界の澱から、四緑カオリという美女を救いだした仲である。
「もちろんです。その後、カオリさんとは進展しましたか?」
「していないから、あんたのことを疑っているのよ」
背後からミツコが淀んだ声をだす。どうも、図星だったらしい。牙を剥きだす寸前のような顔で、犬神ヤシャは自分の椅子に座り直した。
「それで、俺を呼び出した本当の理由はなんですか?」
犬神ヤシャの言葉を全くなかったことにしながら、地裏ムカサは尋ねた。
「ウィザードの中に、魔王と契約した落とし子と呼ばれる者がいることは秘密でもなんでもない。ロンギヌスの中にもいるのだ。それ自体はかまわない。だが、その相手がレビュアータで……君に力を貸したというのは問題だ」
「やはり、エリッサ先生はロンギヌスですか。まさか、俺を監視するために派遣されたのですか?」
エリッサは表情をゆがめた。下唇に力が入っている。どうやら、図星だったようだ。
「現に、東京を中心に大規模な地震が起こっている」
「俺の責任ですか?」
「では、誰の責任だ?」
魔王レビュアータが引き起こしたことだが、魔王に責任を押し付けてもどうにもならない。ムカサ言い捨てた。
「レビュアータの力を借りなければ、ウィザードの消失事件は解決できませんでした。二組の三人は、戻ることなく失われてしまった。責任の所在を問うのならば、アンゼロットでしょう」
「貴様、めったなことを口にするな」
アンゼロットは世界の守護者として、ウィザードに知らない者はいない。そのアンゼロットを表立って批判することなど、考えられないのだろう。特に、ロンギヌスはアンゼロットに仕える直近の精鋭部隊である。忠誠の強さは計り知れない。
「ウィザードの発言をすべて収集しているほど、アンゼロットは暇なのですか?」
「貴様は最重要警戒人物だということを忘れるな。日本の法は、ウィザードを守ってはくれないぞ」
もはや脅しでしかない。エリッサの白い肌が、やや上気している。頭に血が登っているのだ。
「それほど注目されているとは知りませんでした。では、我が主殿の力を借りなくて済むよう、最善を尽くしてください」
ムカサは背を向けた。呪香ミツコは黙ったまま、エリッサに向き合っている。
「あいつを呪ってほしいなら、協力するけど? 一回につき、成績一点でどう?」
ミツコに交渉をする知恵があるとは思わなかったので、ムカサは驚いて振り向いた。
エリッサは渋い顔のまま、ミツコの提案を聞いていた。ミツコの言葉を聞いているというより、たんに考えごとをしているように見える。
「俺は授業に……自習でしたね。少しでかけます。二時限目には間に合うように戻りますから」
「どこに行くのよ」
さっそくミツコが食いついてきた。
「喫茶店だ」
俺の言葉に、犬神ヤシャが反応する。
「まだ、準備中じゃないの?」
「開けてくれるよ。俺は命の恩人だ」
「待て、ムカサ!」
「では、授業をがんばってください」
ムカサは、主に犬神ヤシャに向かって言うと、職員室を後にした。




