転校生 極卒シリョウ
地裏ムカサは、基本的に授業は聞いている。成績も悪くはない。ただ、隣席の同級生が一切聞く気がなく、ことあるごとに邪魔をしてくるだけである。
目の前の転校生は極卒シリョウと名乗った。
名前からしてイノセントとは思えなかったが、見た目はこれ以上あり得ないほど普通である。
席に着くなり、シリョウはムカサに挨拶をした。『よろしく』と言われて、無視できるのは呪香ミツコだけだと信じているムカサは、差し出された手を掴もうとした。
ムカサの前に、ミツコがシリョウの手を取った。
驚いたのはムカサであり、周囲のクラスメイトである。
ミツコに劣らずムカサは有名人であり、転校生は、そもそも普通の人間であっても注目を浴びやすい。ムカサの前に座ることになっただけで同情をかい、ムカサに挨拶をしただけで称賛を浴びるのに十分だったのに、さらにミツコに手を掴まれたのだ。
「ミツコ、どうした?」
ムカサは内心では驚いていたが、表面には出さなかった。ミツコが歯を剥いた。
「あんた、何歳?」
「皆さんと同じです。高校一年生ですから、十五か十六……十六歳です」
「嘘おっしゃい……」
ミツコが黙ったのは、ムカサが口を塞いだからである。ムカサも、転入生極卒シリョウを疑い始めていた。自分の年齢を同級生から尋ねられるとは思っていなかったとはいえ、年齢を十五歳か十六歳と言ったということは、正確に把握していなかったのだ。後で言い換えたのは、いかにも苦し紛れに聞こえた。
「授業が始まるぞ」
「ああ。そうだね」
「お前に言ったんだ」
返事をしたシリョウにではなく、ムカサは口を塞がれたミツコに言った。ミツコは顔をわしづかみにされた屈辱に、ムカサの腕を傷つけようと必死になっていた。
「なによ! 私に偉そうに言わないで! あんた、私のママなの?」
口から手を外した途端にミツコが吠えた。
「どうして突然『ママ』なのか解らないが、ミツコの保護者だとこのクラスでは思われている」
「そんなはずがないじゃない。みんなに聞いてごらんなさいよ!」
「お前……本当に自分のことが解っていないんだな」
「どういう意味?」
ムカサは視線をクラスメイトの背中の群れに向けた。クラスの全員が、巻き込まれないように背中を丸めている。ミツコも同じように視線を向けたが、ムカサの意図が解らずに口を開こうとした。
教室の扉が開き、一限目の授業の教師が入ってきた。黒瀬エリッサである。ホームルームを終え、一度職員室に戻り、再び教室にやってきたのである。無駄な動きとしかムカサには見えなかったが、あえてなにも言わなかった。ミツコの相手に忙しかったのである。
「すまないな。今日は虫の居所が悪いらしい」
「いえ。大変ですね」
ムカサの声に、シリョウは顔を半分だけ見せて笑った。
「私は普通よ。ムカサが異常なのよ。こんな得体の知れない奴に、どうしてへらへら笑っていられるの?」
「俺は笑っていない」
「笑われて怒らないなら、同じことよ」
「それは……違うだろう。それより……シリョウのことで何か気になるのか?」
後半の台詞は、声を落とした。シリョウのすぐ背後にいるため、声を落としても聞かれていると考えていい。ただ、秘密の話を聴かれても、困るというほどムカサも神経質ではなかった。
「見たらわかるでしょ。こんな、赤ん坊みたいなふわふわな肌をした高校生がいるはずないじゃない。つい最近、産れたのよ」
「ほめていただいて、どうも」
やはり聞いていたのだ。シリョウが背後に顔を向けていた。
「誉めていないわ」
「産れたばかりとはどういう意味だ?」
シリョウ本人のことは一切無視して、ムカサはミツコに尋ねた。ムカサはミツコよりまともだと思っているが、シリョウに気をつかう理由を思いつかなかった。
「言葉の通りよ。こいつは産れたばかりで、しかも高校生で、この学園にいる。普通じゃないわ」
「ミツコに言われるぐらいだから、よほど普通ではないのだろう。何者だ?」
ムカサはシリョウに尋ねた。
「困ったな。僕は、君たちとは仲良くしたいと思っていたのに。そんなに疑わしいかい?」
授業は始まっていた。黒瀬エリッサは、黒板に大きく文字を書いていた。
『自習』
クラスは騒然とした。数学のクラスで数学の教員が目の前にいるのに、授業を放棄したのだ。
騒然とするクラスを無視して、黒瀬は教壇を降りて教室の最後列に歩いてきた。
「地裏ムカサ、職員室に来い」
立ち上がろうとしたのは呪香ミツコだった。
「お前は呼ばれていないだろう」
「あんただけずるいじゃない」
「嫉妬か?」
地裏ムカサは、ミツコを挑発しながら席を立った。ミツコはすとんと席に戻り、机の上に魔法陣が描かれた布を広げた。
「ムカサ、髪の毛を置いていって」
「どうするつもりだ?」
「二度と私にそんな口が利けないように、呪ってやるのよ」
呪香ミツコは由緒正しい魔女の家系である。本人はそれを隠そうともしない。ムカサは自分の頭部から髪を抜いた。
「ほらっ」
「本当にくれるのね。後悔するわよ」
「俺が酷い目にあれば、その分魔王レビュアータがお喜びになる」
ムカサは素早く胸の前でレビュアータの印を結んだ。ムカサの一言に、黒瀬エリッサが硬直したような気がした。レビュアータは有力な魔王だ。その名は、ウィザードであれば当然知っていることだ。
ムカサの前の席に座っていた極卒シリョウも反応を見せたような気がしたが、ごくわずかである。
エリッサは背を向けて教室の廊下に向かっていた。ムカサが追う。
「呪香ミツコもウィザードです。この間一緒に戦いました。人格は破たんしていますが、戦力にはなります。そういうお話でしたら、同行させますか?」
廊下に出る直前に、黒瀬エリッサは振り向いた。
「どちらでも構わない。とても、大人しく自習しているようには見えないしな」
「だそうだ」
「恩には着ないし、借りでもないわよ」
「お前に常識を求めるほど、俺は落ちぶれていない」
ムカサはエリッサの背を抱くように廊下に出た。すらりとした美女だと思っていたが、実際に並ぶとムカサの方が背は高かった。
背後のミツコの足音を聞き、タイミングを計って扉を閉めた。
目の前で扉を閉められたミツコの怨嗟の声を聴きながら、ムカサは職員室に足を向けた。




