中等部のウィザード
輝明学園中等部二年、大地サトルは、ウィザードである。ごく普通の家庭に育ったものの、過去の偉大な預言者の力を受け継ぎ、まれに人智を超えた知覚に芽生える。
クラスでは上手くやっていると自覚している。イノセントと呼ばれる一般の人間の友達も多く、男子女子分け隔てなく慕われ、何より動物に好かれる。
背は低く、髪は日本人にしては珍しいほど強くカールしており、サトルが引き継いだ預言者が、日本人ではないのだろうと解釈していた。
授業態度も生活態度もまじめと周囲からは理解されており、携帯電話は持っていても授業中はしっかりと電源を切っている。
昼休みになると、大地サトルが居る場所を中心に、食事会が開かれるのが通例である。参加メンバーは毎回変わり、サトル自身は何をするでもなく普通に食事をしているだけだが、自然に人が集まってくるのだ。
食事を終えると、校内を散歩する。その間も、一人になることはない。
いつものようにサトルは校内を眺めながら、携帯電話の電源を入れた。授業中は電源をオフにしているため、緊急の連絡がないかどうか確認するためである。
メールが入っていた。
あまり、関わりたくない相手だった。
連絡があるときは、世界の危機に関する何かが発生しているからだ。
返信をするようにとの、要請とも脅迫ともとれる、短いメールだった。
サトルがため息をつくと、またまた近くで、サトルと同じように散歩をしていた(たまたまサトルと同じ場所で食事をし、たまたまサトルと同じルートで校内を散策していた)同級生が、心配そうにのぞき込んでいた。
電話したいから、あまり聞かれたくないのだとサトルが言うと、サトルの周囲から人が離れた。気をつかってくれたのはわかる。だが、一定距離を置いて全員が背を向けているため、まるで同級生を見張りに立てているようである。かえって目立つことこの上ない。
サトルは携帯電話でいやいや登録した相手に電話をした。
『遅かったわね』
透き通るような澄んだ声は、内容さえ伴わなければ実に心地よい気持ちにしてくれる。この世界を守る世界結界の守護者、アンゼロットである。
「ごめんなさい。授業中は電源を切ってあるので、気づくのが遅れたんです」
『世界の危機と学校の授業と、どちらが大事なのかしら?』
「世界結界の守護者様専用の携帯電話があれば、いつでも出られるようにしておくのですが」
『それもそうですね。考えておきましょう』
冗談のつもりだったが、余計なことを言ってしまった。近いうちに、アンゼロットの連絡先だけが登録された携帯電話が送られてくるに違いない。
「それで、ご用でしょうか」
『ええ。もちろん。用がないのに連絡するほど、あなたとは親しくありませんから』
意図的に相手を傷つけようとしているかのような言い方をされるが、常に悪気があるわけではないのが、アンゼロットの面倒なところである。サトルが黙ったまま聞き流していると、アンゼロットはサトルが了解したものと考えたのか、話し続けた。
『地裏ムカサを知っていますか? サトルさんが通う学校の、高等部の一年生ですが』
サトルは黙り、アンゼロットはサトルの返事を待っていたが、サトルはすぐに知らない名だと気づいていた。すぐに返事をしなかったのは、アンゼロットの質問の答えではなく、質問の意図を考えていたからである。輝明学園の生徒の特定の個人名を出す以上、イノセントではないだろう。結局、考えてもわからないという結論に達した。
「知らない人ですね。ウィザードですか?」
『ええ。先日、サトルさんの学校周辺で、大きな地震がありましたね。私は、原因は魔王レビュアータだと考えています』
アンゼロットは、強力な魔王の名を上げた。サトルもウィザードである以上、魔王が実在することは疑っていなかった。だが、アンゼロットが上げた名は、魔王の中でも都市伝説化した存在だ。
「魔王レビュアータが目覚めると世界が滅ぶ。寝返りをうっただけでも地震が起きる。ですか?」
『信じないのですか?』
「いえ……ただ、突然の話だったので。それに、地裏ムカサとどのような関係が?」
『レビュアータの力を借りたと思われるのが、地裏ムカサです』
「では、地裏ムカサは世界を滅ぼそうとしていると?」
にわかには信じられないことだった。輝明学園には、ウィザードが生徒教師とも多く、同時に人間に化けた侵魔が入りこむことも多い。しかし、ウィザードが世界の滅亡を画策するという話は聞いたことがない。
『その可能性もあるでしょう。ただ、本人にそのつもりがなくても、地裏ムカサがレビュアータの力を借りることができたという事実が重要なのです。地裏ムカサを利用して、レビュアータに世界を滅ぼさせようとする者が出てきても不思議ではありません。私の意図は解りますね?』
「地裏ムカサを監視しろということでしょうか。しかし、なぜ直接地裏ムカサに連絡をとらないのですか?」
『連絡手段がありません』
「Оフォンを持っていないのですか? そんなことが可能なのですか?」
ウィザードであれば、Оフォンと呼ばれる専用の通信機器を持っているのが当たり前だ。イノセントには使えないため、特別な相手と交信するのに使われる。特別な相手とは、たとえば世界の守護者が該当する。
『あるいは、持っているのかもしれませんね。持っていて、私からの連絡を無視しているのかもしれません。サトルさんは、そのような態度を許せますか?』
サトルには、まさにどうでもいいことだった。一言、『許せます』と答えたかった。
「ウィザードにとって、あるまじき態度です」
『そう言ってくれると思いました。では、任せましたよ』
通信が切れた。サトルは携帯電話を見つめた。サトルでさえ、持っていたいとは思わない。どうすればアンネローゼと連絡を取らなくて済むようになるのか、地裏ムカサに尋ねてみようかと、本気で考えていた。




