呪いの終わり
地下室に倒れていたのは、地裏ムカサと呪香ミツコだけではなかった。四緑カオリが二人の間で横になり、犬神ヤシャは疲れたように座りこんでいた。
「何が起きたのかわかりますか?」
意識を失った感覚はない。突然精神の世界から放り出されたのだ。夢使いでもある犬神なら、状況がわかるのに違いない。
「裏界が閉じたんだ。裏界も月匣もなく、精神の中にはいられない。カオリさんはどうなった?」
生徒たちの心配より、犬神はカオリを気遣った。意外でもなかった。ムカサもカオリの様子を見ようとして、自分が消耗していることに気づかされた。
体を支える腕が振るえ、立ち上がろうとした膝が笑う。ミツコは意識を失っているが、囚われていたのだ。プラーナを奪われているかもしれない。寝かせておいた方がいいだろう。
「カオリさんの中に居た敵は、倒したと思います。カオリさんがどうなったのかまでは、わかりません。ひょっとしたら、カオリさんの意識のなかで、重要な部分を破壊してしまったかもしれない」
「では、カオリさんはどうなる?」
「少し、静かにしてください」
教師に言う言葉ではない。だが、犬神は黙った。自らが無力だと知っているのだ。ムカサとしても、専門の知識があるわけではない。だが、一時的にでもカオリの精神の入ったのだ。以前より、カオリのことがわかるような気がした。
横になり、身動き一つしないカオリの体を抱き上げる。
死体のように力が抜けているものの、息はしていた。心臓は動いている。
カオリの額に手を当てた。
ムカサは龍使いである。自らの龍脈を操り、潜在能力を引き出すのを得意とする。肉体を触れさせれば、他人の龍脈に対しても、全く無力というわけではない。
だが、初めてのことだ。上手く行く自信はなかった。
自分の力を送り込む。そのように、イメージする。
――カオリさん。戻ってきて。
突然、ムカサの脳裡に大蛇のイメージが広がった。あまりにも巨大で、この世界そのものを飲み込むかのような大きな蛇だった。
ムカサは顔を上げ、あたりを見回した。
薄暗い地下室だった。何もない。誰もいない。四人のウィザード以外、誰もいない。
「……地裏くん?」
下から、声がした。
「カオリさん!」
呼んだのは犬神だった。ムカサの腕の中で、カオリが薄く目を開けていた。
「良かった。ご無事でしたか」
「無事かどうかは、よくわからないわ。何が起きたの? 私は、何かに操られていたの?」
ムカサの体につかまり、カオリが半身を起こす。ムカサはそのまま、カオリを床に座らせた。
「カオリさんに罪はありません。すべて、世界結界の歪みが原因です」
ムカサは立ち上がり、犬神に場所を譲った。まだ眠ったままのミツコを抱き上げる。このまま、寝かせておくわけにもいかないだろう。ミツコはただ眠っているだけだと、根拠なく確信していた。
「地裏、ありがとう」
「いいえ、先生、礼なら、レビュアータに。次にお会いできれば、伝えておきますよ。その時は、また学校が休みになるかもしれませんが」
「まさか……昨日の地震は……」
これ以上は言うべきではないと思い、ムカサはミツコを抱いたまま部屋を出ようとした。部屋の中で何かが動いた。警戒するのが習慣になっているムカサは、動いた者の正体を知るために振り向いた。
四緑カオリが立ち上がっていた。
「まだ、無理はしない方がいいと思います」
「私は大丈夫よ。それより、すぐには帰らないでしょう? 上で何か食べていって。すぐに支度するから。ムカサ君には、恥ずかしいところを見られちゃったから、口止めぐらいさせて」
「では、お言葉に甘えます」
カオリに笑い返し、複雑な表情をしている犬神を残してムカサは階段を上がった。
呪いの家の噂を聞くことはなくなった。
失われたウィザードが帰ってくることはなかった。
第一章 了




