終結
四緑カオリの精神のもっとも深いところまで浸食した新たな魔王は、いまだ実体を持たず、突き進む地裏ムカサに濃い霧のようにまとわりついた。
体が徐々に動かなくなる。カオリの精神に入っても、ムカサの肉体は実体である。それが、夢使いの力だ。ムカサの体も、浸食が始まっているのだと感じた。体の中に入られるということは、全身を巡っていた魔王レビュアータの毒が消えつつあることを示していた。
全身の力を振り絞り、ムカサは拳をつきだした。
「どこを狙っている?」
楽しそうな女の声が頭に響いた。
「起きろ!」
ムカサの拳から放たれた龍脈は、腕をまっすぐに伸ばした先、死体の山のさらに先、壺の一つに当たった。
壺が割れる。
漬物石のように壺から出ていた顔が、体を伴って倒れる。
呪香ミツコだ。
「ムカサ! 何の真似!」
ミツコは元気だ。叫びながら、魔剣を振りかざした。ムカサは全身の龍脈を操り体内への侵入者を防ぎながら、女の顔があったはずの場所を指さした。
「何しているの?」
ミツコがムカサの指の先を見つめ、怪訝な声を出した。何もなかったのだ。
「ここ……どこ?」
「考えるな」
「どういう意味よ」
「すべてが無駄だから」
声は背後から聞こえた。カオリの声だと、振り返らなくても解った。ムカサが『考えるな』と言ったのは、説明する時間はないと判断したためだ。カオリが言ったのは、つまり、魔王として誕生しようとしていた何者かは、カオリの意識と同化したのだ。
「もう一度聞くわ。どういう意味?」
ミツコが尋ねた。
ムカサが答える。
「目の前の相手を倒すだけだ」
カオリが答える。
「私を滅ぼせば、この女の意識は永遠に失われる。いいのかしら?」
ムカサの隣に、ミツコが並んだ。
「私には、ためらう理由がないわ。あんたはどう?」
「あれは、カオリさんのもっとも醜い部分だ。このままだと、魔王になる。俺にできることは、魔王となるのに協力することじゃない」
「了解」
ムカサとミツコは同時に飛んだ。禍々しい人相に変わりつつあったカオリとの距離を詰める。
ムカサの拳が唸り、ミツコの魔剣が力を解き放つ。
半ばまで魔王と化していた四緑カオリは二人の攻撃に耐えた。だが、同時に動きが止まった。
「邪魔をするな。もう遅い。貴様は……私には逆らえん」
二人の攻撃を防いだ姿勢のまま、カオリが声帯を震わせた。その声すら、苦しげだった。ミツコが尋ねた。
「何を言っているの? こいつ」
「カオリさんが抵抗している。たたみかけるぞ」
「偉そうに言わないで」
二人のウィザードがすべての力を叩きつけ、カオリに巣食っていた何者かは消滅した。
気が付くと、ムカサはミツコとともに、薄暗い地下室に倒れていた。




