四緑カオリの最奥
地裏ムカサの前には、無数の人間がむごたらしく惨殺された光景が広がっていた。その中央にいたのは、返り血に染まった着物姿の四緑カオリだった。カオリは死んだ人間の肉を食らっていた。人間の死体にかぶりつき、むしりとり、そしゃくした。目はらんらんと輝き、口の周りは血よりも腐った肉汁で汚れていた。古い伝承にある山姥そのままの姿だった。死体の山の先に、大きな瓶が並んでいた。瓶の一つから、呪香ミツコが顔を出していた。
見分けがついたのはミツコだけだった。一緒に並ぶいくつもの顔は、ムカサには見分けがつかなかった。単にムカサが知らない人物だからなのか、あるいはプラーナを奪われて消滅しつつあるのかは、解らなかった。
「カオリさん」
ムカサの呼びかけに、かぶりついていた死体からカオリが顔を上げた。
「……地裏ムカサ?」
カオリ自身の精神の中で、カオリはまるで夢でも見ているかのように、目の前にいる者が信じられないように、ムカサの名を呼んだ。
「はい。助けにきました」
「……見たの?」
カオリは手にしていた死体を置き、立ち上がった。カオリは美人だと、あらためてムカサは感じさせられた。血で真っ赤に染め上げられた着物も、かぶりついていた死体も、カオリの美しさを減じることはなかった。ゆっくりとカオリが近づいてくる。ムカサは逃げなかった。龍使いの習慣で自身の肉体に意識を集中させながら、カオリに近づいた。
「大丈夫、すぐに追いだします」
「ここにきては行けなかったわ。私はカオリそのものよ。私を追いだせば、四緑カオリは永遠にこん睡状態になるわ」
「では、誰を倒せばいいんですか?」
「そうね。たとえば……あれかしら」
カオリは背後を指で示した。
先ほどまで何もなかった中空に、女の顔を思わせる巨大な何かが浮かんでいた。やはり、カオリの精神に巣食っていたのだ。
ムカサが目を奪われた一瞬のすきに、カオリはムカサの目の前に移動していた。カオリの手がムカサの首に伸びる。ムカサの首にカオリの口が寄る。ムカサの肌にカオリの歯が当たり、カオリは崩れ落ちた。
「感謝します。魔王レビュアータ」
ムカサは動かなくなったカオリを寝かせ、自らの首筋に触れた。カオリは魔王の毒に触れ、動けなくなったのだろう。深層心理の奥に住むカオリのもっとも醜い部分が魔王の毒に触れ、直接影響を受けたのだ。
魔王の毒は、ムカサの体内から消えつつあった。時間はあまりない。ムカサは前方に跳んだ。




