地下室にいたもの
地裏ムカサは、歪んだ部屋を見つめた。地下室の中に、同じ大きさの立方体の水ようかんが詰まっているかのようだった。
「カオリさん!」
ムカサの背後から、部屋の所有者であるはずの四緑カオリの名を、教師の犬神ヤシャが叫んだ。
「どうなっているんですか?」
「俺にもわからない。さっきは、ただの部屋だったんだ。ただ、陰陽師の術で結界が張られていただけの、カオリさん以外の人間が入れないように細工されただけの部屋だった」
『普通の部屋』には聞こえないが、ムカサはその部分は無視した。それどころではなさそうだからだ。
「カオリさんは、中ですか?」
「そのはずだ。カオリさんは強化人間だ。いったん眠りに入ると、体力が回復するまで目覚めない」
「では、これはカオリさんの術ですか?」
ムカサは、悪意が渦を巻いているような部屋を指で示した。部屋の中に立方体の水よかんがあり、真っ黒いもので覆われている。休憩のためにこんな術を使うとは思えなかった。何かに浸食されようとしているとしか見えない。
「カオリさんの休憩中に、カオリさんを狙っている奴がいる。今朝、俺は天井に不気味な女の顔が浮き出ているのを見た。その時は、カオリさんはただ眠っているだけだった。部屋には、ただ式神がたくさん置いてあるだけだった」
「では……力をつけたというわけですか。ミツコを飲み込んで、次はカオリさんというわけか。そろそろ、魔王誕生か……」
ムカサは昨晩の魔王レビュアータの言葉を思いだした。世界結界の垢ともいえる存在が、力をつけ、魔王となろうとしている。魔王として目覚めれば、今までのみこまれたウィザードは消滅することになるだろう。
「『魔王誕生』? 地裏、お前は何を知っているんだ?」
「俺の知っていることを言っても、カオリさんを助けることはできません」
「……では、どうする?」
尋ねられても、ムカサに解るはずがない。ムカサは地下室に向けて手を伸ばした。部屋の内側の物体に触れるが、手ごたえはない。物理的な現象が起きているわけではないらしい。
「突っ込んでみますか?」
「危険だぞ。正体の知れない相手と、カオリさんの式神を、同時に相手にすることになるかもしれない」
「それならまだいいでしょうが、俺たちが手を出したことで、式神の力が分散して、カオリさんが取り込まれるかもしれませんね」
ムカサは言いながら、触れたのはまずかったかもしれないと思った。背後で、犬神が息を飲むのがわかる。
見守る時間はあまり長くなかった。
手を出しかねている二人の前で、歪んでいた空間が収束した。
部屋を覆うようかんのようなゆがみも、渦巻く悪意もない。地下室の中にはただ、カオリが横たわっているだけだった。
「カオリさん!」
犬神が叫び、走り出した。邪魔はない。部屋の中には、カオリ以外には何もなかった。カオリを守るはずの式神の、痕跡さえ残していない。
犬神が走り、横になるカオリにたどり着く。カオリの目が開いた。犬神が抱き起こそうとする。ムカサも床を蹴った。
カオリの口が、大きく開いた。あまりにも大きく、口の限界も顎の限界も超えていた。カオリ自身の顔よりも大きく、口が開いた。カオリを抱き起こそうとしていた犬神は気づかなかった。ムカサは犬神の背後から、カオリの横面を殴りつけた。
「地裏?」
驚いて振り返る犬神を退け、ムカサは床に倒れるカオリを押さえつけた。




