消える世界
地裏ムカサの前に、白い手が落ちていた。
手首から先は部屋の中にあるのだろうか。
あるいは、手だけなのだろうか。
開け放たれた扉の手前で、ムカサは足を止めた。
恐れている、とはムカサ自身は認めなかった。
だが、足を止めたのは事実である。
白い手は動かなかった。
廊下に零れ落ちてから、少しも動かなかった。
ムカサは白い手から目を放し、一歩踏み出した。
女が倒れていた。
死んでいた、と断言できる。
首の骨が折られ、頭頂部が床に落ちていた。
ムカサが殺した、そのままの姿だった。
傍らにはおさな子が倒れていた。口から血を流し、焦点の定まらない目をムカサに向けていた。
現実のはずがなかった。床で死んでいた女が、さっきは玄関で迫ってきたのだ。ムカサ自身が拳を打ち込み、霧散させた。
ムカサは自分の手を見ていた。手が、赤く染まっていた。
血にまみれたように、赤く染まって見えた。
女の姿は霧散した。
そのはずだった。
手に、感触が残っていた。
残っているはずがない感触だった。
女の胸を抉り、心臓を掴み、引きずり出した感触が、手に残っていた。ムカサが行っていないはずの記憶だ。
精神が操作されている。
その事実を、ムカサは感じた。
目を閉ざす。
体内に意識を集中させる。
レビュアータの注ぎ込まれた毒が全身を巡っていた。
目を開ける。
女の死体も、幼子も消えていた。
ムカサの前には、ただ廃墟のような荒れた部屋があるだけだった。




