四緑カオリ
木像が動いたとはっきり理解したところで、犬神ヤシャはその正体を看破した。床に並べられた修羅の像は、すべて陰陽師である四緑カオリの式神なのだ。
「大きな地震があったから、心配になって来てみたんです。上のお店は酷いことになっていたし、扉も開いていたから……心配になって」
「そう……地震が……気づかなかったわ」
カオリは床の上に座り直した。髪をかき上げる仕草は、昨日見たカオリと服装以外に何も変わらない。この地下室が、四緑カオリにとっては当たり前の日常なのだ。
「カオリさん、それよりあれは?」
「『あれ』って?」
犬神が天井を指し、カオリが見上げた。
天井はコンクリートがむき出しだった。天井がある。天井だけがある。
――消えた?
犬神がカオリに尋ねたかったのは、天井のコンクリートに浮かび上がっていた女の顔についてだった。女の顔から、何かがカオリに向かって落ちたのだ。
「さっきまで、あそこに居たんです」
「そう……何かがいたかもしれないね。でも、私にはわからないわ。ずっと眠っていたから。私は、産れついてのウィザードじゃないのよ。目の前で侵魔に両親を殺されて、陰陽師に弟子入りした。力が足りない分は、私自身に術を施して、肉体とプラーナを強化したの。いわば、強化人間ね。その代償に、私は一日に一度、この部屋で睡眠をとらないとならないの。ある種の呪いの力で、私はプラーナを強化しているのよ。眠りに落ちている間、決して目覚めることはない。その間に起きたことは、何も知らないわ」
カオリが嘘を言っているとは思えなかった。全く動揺なく、淀みなく話していた。この部屋の何かが、女の姿をした何かを呼び寄せたのだろうか。
犬神は、見たことをそのままカオリに伝えようとして、思いとどまった。言ったところで、何が変わるわけでもない。ただカオリを不安にさせるだけだ。天井に浮かび上がった女の顔が、カオリに敵意を抱いているとは限らない。いずれにしても、カオリはこの部屋を捨てるわけにはいかないのだ。犬神は、呪いの家で地裏ムカサを脅かした存在を見ていなかった。見ていたかもしれないが、意識はなかった。
「……じゃあ、カオリさんがたまたま起きたところに居合わせて、俺は運が良かったということですね」
「そうね。でも、お店が開く時間までしばらくあるわ。お腹が減ってお店に来たのなら、もうちょっと待ってもらわないと」
「ただ待っていても退屈ですから、手伝いますよ。地震で、一階のお店はかなり荒れています」
「そう。助かるわ」
カオリが立ち上がると、取り巻いていた無数の木像が出口までの道を空けた。カオリが犬神に笑いかけた。
犬神は舞い上がり、忘れていた。
三人のウィザードが行方不明になったそもそもの発端は、この店から始まっているのだ。




