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喫茶店 五芒の月の裏側
犬神ヤシャの前で、店の厨房に続くと思われる扉が音もなく開いた。
誰もいない、誰も開けていない。それなのに、扉が開いた。
不自然な現象に驚きおびえるほど、繊細な神経を持ち合せなかった犬神は、開いていたのだから仕方がないと判断し、カウンターの奥に入った。
厨房には誰もおらず、地震の跡を片付けなかったのだろうと思われた。道具が散乱していたのだ。
あるいは、避難所にでも行ったのだろうか。
四緑カオリとの再会を棚上げされた犬神は、肩を落として帰ろうとした。
厨房から出ようとした。
その足が止まった。厨房からカウンターへ戻る短い通路に、すぐ手が届く場所に、扉があった。花屋と併設しているので、花屋へ行くための扉だろうか。花屋の経営者も同一人物である。店舗をつなぐのは、使用する人間からすれば当然のことだ。
「カオリさん?」
呼びかけながら、扉に手をかける。抵抗もなく扉は開いたが、花屋への通路ではなかった。
階段があった。階段は下に向かっていた。明かりはなく、昼間でも暗かった。
もう一度呼びかけようと口を開き、犬神は思いとどまった。理由はない。地下へと続く階段が持つ雰囲気が、犬神に思いとどまらせた。
階段を下る。
行き止まりの部屋に、四緑カオリはいた。




