再突入
地裏ムカサの前に、見知った家が建っていた。
都市伝説で呪いの家と呼ばれ、3人のウィザードが行方不明になった場所だ。
来るつもりはなかった。学校に向かって歩いていたはずだった。
だが、目の前に呪いの家がある事実は否定しようもない。
――精神操作か……。
ムカサは自らの額に手を当てた。
昨晩、レビュアータに触れられた場所だった。
ムカサは学校に向かっているつもりで、呪いの家に向かってしまったのだ。そもそも、昨日も呪香ミツコを追いかけてこの家にたどり着いただけで、道順も把握していないのだ。
来るつもりはなかったのだ。背を向けて立ち去ることもできる。だが、それではまるで逃げるようだとムカサは感じた。
龍使いであるムカサは自らの肉体に絶対の信頼を置いている。ウィザードであれば、肉体の強さだけではどうにもならない相手がいることは身を持って知っているが、それでも逃げたくはなかった。
だが、ムカサがこの場所にいること自体が、すでに操作されているという事実を物語っている。
魔王レビュアータは言った。呪いの家の正体は、世界結界の垢のようなものだと。明確な意思を持たず、強いプラーナを持つ存在を捕食するかのように取り込んでいるのだと。
勝てなければ、プラーナを奪われて存在ごと消えるしかない。
ムカサは進むべきかどうか、結論を出せないまま、呪いの家の前に立ち尽くしていた。
「あれ……ムカサまでいたの? まあ、やられっぱなしってわけには行かないわよね」
ムカサは文字通り飛び上がって驚いた。
まるで天気の話でもするかのように、いつも通りの不景気な顔で、呪香ミツコが背後から話しかけたのだ。
「……ミツコ?」
「何よ、もう入ったの? 酷い顔よ」
ミツコは手鏡を出した。化粧道具ではない。魔法のための小道具である。
鏡の中で、ムカサ自身の青白い顔が見返してきた。
「いや……本当だな。体調が悪いのかもしれない」
顔色が悪いのは、レビュアータに大量の血を吸われたからだとわかっていた。昨晩の出来事がただの夢ではなかったことは、地震によって学校が休校になったことでも間違いなく、何より、ムカサの首筋には体内まで貫かれた牙による傷跡が残っていたのだ。
だが、魔王レビュアータが訪れたのだとは言えなかった。ミツコが知れば、レビュアータをののしるに決まっている。誰にも知られたくなかった。地震の正体を知れば、快く思う人間がいるはずがない。
「そう。学校が休みになったから、私はたっぷり寝たわ。調子がいいから一人でも行く。ムカサは外で待っている?」
「……いや」
――『学校が休みになったから、たっぷり寝た』?
ミツコは確かにそう言った。ムカサはいつもの登校時間に家を出た。たっぷり寝る時間など、無いはずだ。
空を見上げ、ムカサは間違いに気づいた。
太陽が天頂に近い。昼頃だろう。
ムカサは普段通りに登校したつもりで呪いの家にたどり着き、入るべきかどうか迷ったまま、ほぼ半日、立ち尽くしていたのだ。
得体の知れない相手だということを、ムカサはあらためて自覚した。
「ミツコは、どうしてまたこの家に来た?」
ムカサをかわして家に入ろうとしていたミツコの背に問いかける。ミツコは面倒くさそうに振り返り、答えた。
「私は来たわけじゃないわ。家にいたくなかったから外に出たら、いつの間にかここにいたのよ」
つまり、この家に来ようと思ってきたわけではない。
それなのに、ミツコは迷わず家に乗り込もうとしている。
ミツコの心の強さに、ムカサは舌を巻きながら、表情は動かさなかった。
「俺もいく。やられっぱなしってわけには行かないだろう」
ムカサが言うと、ミツコが薄い笑みを浮かべた。薄気味の悪いと思い続けていた笑顔が、この時だけは頼もしく思えた。




