迫る音 救う音
力強い魔力の本流に、地裏ムカサは見事に吹き飛ばされた。手足に力が入らず、身動きができなかった。
「壁の中から出られたのは一人だけみたいね……一人だけでも、助けることができてよかった。まだ生きているわね」
影が落ち、影の持ち主が、ムカサの顔にかぶさった扉の破片を持ち上げた。
「……ムカサじゃない。あなた、囚われていたの?」
「……なんのことだ? 俺は、扉を開けようとしただけだ」
扉を破壊した本人であるらしいミツコは、怪訝な顔でムカサを覗き込んだ。ムカサがいることを承知で攻撃してきたわけではないようだ。しかし、頑丈さでは自信があるムカサが身動きできなくなるほどの攻撃なら、ほぼミツコの全力に違いない。
「囚われていたのよ。扉というか壁の中に、三人の姿が浮かび上がった」
「……助けるために攻撃したのか? 乱暴だな。相変わらず」
「失礼ね。私の腕を掴んで、壁の中に引きずり込もうとしたのよ。仕方なかったのよ」
「……そうか。事情はわかったから、助けてくれ」
呪香ミツコに助けを求めるのは屈辱だが、ムカサは動けなかった。ミツコはムカサの頭の後ろに手を差し入れ、持ちあげた。
「私の攻撃をまともにくらって、生きているのは誉めてあげるわ。動けないの?」
「少し、時間がかかりそうだ」
「仕方ないわね」
ミツコはムカサの体を持ち上げようとしたが、結果的にあきらめ、そのままムカサの頭部を抱いて座り込むことになった。
ムカサは決して認めたくなかったが、ミツコと会ったことで精神の動揺が収まっていることを感じていた。ミツコが一人の時に何があったのかはわからないが、ミツコも同じように感じているようだ。いつもより、少しだけ優しいような気がした。
二人の時間は長くは続かなかった。
重いものを引きずる湿った音が、階段を上ってくる。
「侵魔だと思うか?」
音の正体について、ムカサは尋ねた。ムカサは推測ができていた。ミツコは、一階で何があったのか知らないはずだ。あえてムカサは尋ねてみた。
「私、さっき月匣が出せなかったのよ。普通の侵魔じゃないわね。目的がわからない。ただ私たちを怖がらせようとしているみたいにも思えるし。あるいは、性格の悪い魔王かもね」
「なるほどな……」
魔王の数は多いが、落とし子であるムカサは、契約者である魔王を想像した。目覚めれば世界が滅びるとまで言われている魔王であり、直接会ったことはない。わずかだが、体が動いた。ムカサは上半身を起こした。
一階と二階をつなぐ階段の最上段に、白い手が覗いた。
ゆっくりと、黒い頭がせり上がる。
見覚えがあった。
顔があるはずの場所に、後頭部があった。
ムカサが首を折り、捩じったのだ。
二階の廊下に、女の上半身が乗った。頭部がごとりと落ちた。
自分の頭を重たい荷物のように引きずりながら、女ははいずり、ムカサとミツコに近づいてくる。ムカサの手足はまだ、動かなかった。
「ミツコ、あいつの狙いは俺だ。逃げろ」
ミツコが手を離し、ムカサの体が廊下に倒れた。ムカサはミツコが逃げるのかと思ったが、ミツコは常にムカサの予想を裏切る。
「脅かされて逃げるなんて、魔女としてのプライドが許さないわ」
倒れたムカサをまたぎ、ミツコが箒を構えた。
廊下を這う女が吠えた。悲鳴のような、遠吠えのように音だった。
一階の玄関から、扉を叩く音が響く。
「地裏、呪香、いるのか!」
古文教師、犬神ヤシャの呼び声だった。




