罪と罠
地裏ムカサはウィザードの中でも落とし子と呼ばれる魔王との契約者であると同時に、龍使いである。体内の龍脈を操り、常人を超えた体術を駆使して戦う。つまり、イノセントよりはるかに強いウィザードの中でも、身体的な強さがとびぬけているのだ。
並外れた身体能力を持つムカサが、動けずにいた。邪魔なちゃぶ台を片腕の一振りで払いのけても、膝から股にまで這い登ろうとしている小さな者は恐れた様子もなかった。
子供の割にはあまりにもはっきりとした目鼻立ちをしている小さな顔と、赤ん坊のような短い手の持ち主が、ちゃぶ台が払われたことで全身をあらわした。
ごく普通の子供に見える。性別がわからない。簡素な白い布のような衣は、顔と腕以外のすべてを覆い隠している。
――この家の子供だろうか。
まともな家とは思えない。
まともな女とは思えない。
まともな子供とは思えない。
だが、確証はない。
まともではなくとも、生身のイノセントかもしれないのだ。ムカサが子供を振り払い、打ち所が悪ければ殺してしまう。
「君は、誰だ?」
ゆっくりと、確実に、青白い子供はムカサの足を上ってくる。体の大きさからは、まだ2歳程度の幼子だ。ムカサの右足から、腹部に到達しようとしていた。子供の返事はない。
子供の伸ばした手が自分の腹部に達する寸前、ムカサは手の甲で遮った。
突然、子供の手が膨れ上がった。大きく、干からびた、長い指をもったしわだらけの手だった。遮ろうとしたムカサの手首を掴んだ。
驚いたムカサは、喉から出かけた悲鳴を飲み込み、反射的に腕を振り払った。
子供の姿が、宙を舞う姿が見えた。
ムカサの足が動く。全く動かなかった足に、力がこもるのを感じた。
宙を舞う子供の先には、家を支える太い柱があった。
ぶつけてはいけない。
ムカサは床を蹴った。
龍使いであるムカサの身体能力であれば、子供が柱にぶつかる前に抱きとめることもできたはずだった。
子供が、柱に激突した。
ムカサが伸ばした手をすり抜け、目を剥いたままの子供が、口から血を吐きながら、床に落ちた。
落ちた子供のそばに膝をつき、首の動脈に手を伸ばす。
冷たい。仮に死んだとしても、今死んだばかりとは思えないほどだった。
目を見開いたままだった。
ムカサを掴んだしわだらけの手はどこにもなく、子供の手はあくまでも子供特有の短い手だった。
――死んだ……いや、殺した? 俺が?
言い訳ができる状況ではない。
ムカサが自らの罪の重さに硬直していた時、背後の扉が開いた。
髪を乱した女が、悲鳴を放った。




