家の中
屋敷に入るなり、地裏ムカサは目の前の呪香ミツコの肩を掴んだ。強引に振り向かせる。
「『彼女のテリトリー』とはどういう意味だ? ミツコ、何を知っている?」
靴を脱ぎかけて振り返ったミツコの不景気な顔が、二人を出迎えた女の顔に重なった。
ムカサは驚いてミツコの肩から手を放した。
見知ったミツコの顔が、相変わらず鋭く暗い目で見つめてきた。見間違いだったのだろうか。ムカサは、全身が汗ばむのを自覚した。
――恐れている? 俺が?
「何も知らないわ。ただ……感じない? 裏界でも月匣でもない、異質な場所かもしれないわ」
「聞いたことがない。そんな場所が……俺たちウィザードが全く知らない場所が存在するはずがない」
「行ってみればわかるわ。ほらっ、あそこ」
ムカサは勘違いしていた。ミツコは確信をもって動いていたわけではないのだ。ミツコは、危険な場所に迷うことなく踏み込める人間なのだ。
前方の部屋の戸が開いていた。女が顔を出した。だるそうに、壁にもたれかかるようにしていた。
ムカサが女に向かって歩き出すと、女の顔は部屋の中に消えた。長い髪だけが、廊下にはみ出している。
――まるで、誘っているようだな。
女が隠れた部屋の手前で止まる。ムカサの背にミツコがぶつかった。
「なに?」
とげとげしいミツコの言葉が、実に心地よかった。足元に、女の髪の先端が垂れている。ミツコの言葉には答えず、ムカサは深く息を吸い込み、部屋の入口に立った。
廊下にまで垂れた長い髪の持ち主が、天井から逆さ吊りにされていた。足首を縛られ、天井から吊るされていた。明らかに死者の顔で、口が大きく空き目玉が飛び出さんばかりに床を見つめていた。
吊るされた女の下にはちゃぶ台があり、逆さ吊りの頭部がちゃぶ台に触れず、両腕が無造作に投げ出されていた。下にできた水だまりは赤くなく、湯気が上がっているのは、逆流した尿だろう。ムカサは突然現れた光景に、身動きができなかった。
吊るされた女が動いた。動いたのは体の身ごく一部だった。眼球のみが、飛び出さんばかりに見開かれた眼球の黒目が、床に向いていたはずの眼球が、ムカサを凝視した。
「どうしたのよ」
苛立ったミツコの声にすら、ムカサは恐怖した。ムカサ自身が驚くほどの速度で振り向くと、ミツコはムカサの様子を不審に感じたのか、割り込むように部屋に入り込んだ。
「駄目だ」
「何が?」
ミツコの鋭い視線、真っ黒な頭部越しに、ムカサは再び部屋の中を見た。
部屋の中では、ちゃぶ台に向かって不景気な顔つきをした女が座っていた。
誰もぶら下がってはいない。
ムカサは女の顔を見つめた。先ほど吊られていた女に間違いない。
「失礼します」
どういう気分でいようとも、ミツコの言い方は愛想がない。ムカサは声を出すこともできず、ただ小さくうなずいてから、部屋の敷居をまたいだ。




