大人たち
犬神ヤシャ《いぬがみやしゃ》はテーブルに置かれた、会計のための伝票を取り上げた。花屋兼喫茶店に共に入った生徒二人が退出して、数分後のことである。
財布を取り出しながらレジに近づくと、犬神の動きを察した美しいマスターがレジ台の前に立っていた。結局、まともに話はできなかった。
店長を勤める四緑カオリ《しろくかおり》が金額を読み上げ、犬神が財布から金を取り出す。カオリはしきりに時計を気にしていた。
唯一の客だ。早く出ていってほしいとでも思っているのだろうかと思いながら、沈んだ気分で犬神は金を置いた。犬神がお釣りを受け取るために待っていると、カオリが不意に言った。
「二時間ぐらいなら空けられるわ。バイトの子が来るまで一〇分ぐらいあるけど、待っていてもらえるかしら?」
「……何……を?」
驚いた犬神の言葉が詰まったのは、犬神がわずかな言葉を発する間にカオリの表情が曇ったからだ。
「あの子たちが心配じゃないの?」
――あの子たち……。
カオリが言う『あの子たち』が地裏ムカサと呪香ミツコだと理解するまでに時間がかかった。それだけ、犬神の意識はカオリに集中していたのだが、カオリ本人に悟られたくなかった。恥ずかしかったのだ。カオリに視線を戻すと、綺麗に整った眉が、客には通常見せないだろう角度になっていた。
「ああ……俺だけでも十分だと思っていたけど……そんなに強力な相手だと思いますか?」
「正体不明、それこそが最大の脅威だと思うけど?」
「その通りだな。しかし、次の授業が……」
仕事があるのは事実だ。だが、カオリの顔が非常に険しくなりつつあった。犬神は選択の間違いに気づいた。
「……あったが、ウィザードを狙うような奴が相手なら、そんなことも言っていられないな。マスター……カオリさん、協力いただけますか?」
「もちろん。そのつもりよ」
店のロゴが入ったエプロンを外すカオリの姿に見惚れた犬神は、突然背後のドアを開けて入ってきた店番のアルバイトに飛び上がることになった。




