まとわりつく影
地裏ムカサが外に出ると、すぐに呪香ミツコの背中を見つけた。どことなく浮ついた足取りで歩いている。ミツコの足取りがしっかりしているという印象を持ったことはなかったが、それでも違和感を覚えた。
普段から日課のように体を鍛えているムカサにとって、ミツコに追いつくのは簡単なことだった。すぐに背中に迫り、ミツコに話しかけた。
「おい、ミツコに助けを求めているっていうのは、誰なんだ?」
ミツコはいつものようにムカサの言葉を無視し、いつもとは違って嫌味を返さなかった。ミツコは正面を向いたまま歩き続けたが、ムカサの脚力は容易にミツコを追い越した。
反転してミツコの正面に回る。
「聞いているのか?」
立ちはだかった形のムカサに、ミツコは普段でも恨みがましい目つきなのに、さらにいぶかるような視線を向けた。足を止め、前方を指さした。ムカサの体の、さらに向こうだ。
ムカサが振り返るが、その先には誰もいなかった。
「ミツコ、しっかりしろ」
ミツコに向き直り、ミツコに向けて伸ばした手が、ミツコ自身にはじかれる。
「私はしっかりしている。あんたこそ、わからないの?」
「なに……が……」
ムカサが、驚きで言葉を詰まらせた。ミツコの首に、白い腕と思われるなまめかしい物体が巻き付いていた。どこから出現したのかはわからない。まるでマフラーのようにミツコの首に巻きつき、ミツコの首を締め上げようとでもしているかのようだった。
ほぼ条件反射で、ムカサは頭上を仰いだ。侵魔によって裏界が開かれたのなら、赤い月が登る。しかし、周囲は太陽が降り注ぐ昼日中だ。
――まさか、亡霊?
世の中のすべての怪異が侵魔と魔王の仕業だと知っているウィザードが幽霊の類を信じることはない。だが、そうとでも考えなければ説明がつかなかった。
ミツコの手がムカサの胸に触れる。普段であれば、ミツコを相手に不覚をとることはない。だが、ムカサはミツコの手から放出された力に吹き飛ばされた。
「ミツコ、待て!」
「まだ、私に用があるの?」
歩きださず、ミツコはまるで見下すかのようにムカサを冷たい視線で貫いた。
「俺も行く」
ミツコはしばらく考えた。ミツコの首に巻き付いた腕の持ち主が、ミツコの背後にいた。ミツコに重なるように、長い髪をした、長い髪だけが見える頭部が、ミツコの背後にいた。
「そうね……一緒に来たければ、お願いしてみたら? 考えなくもないわよ」
普段なら絶対に従わない。むしろ激昂していたかもしれない。ムカサは怒りを飲み込み、ミツコにまとわりつく黒い影を睨みながら言った。
「……お願いだ」
「勝手についてくるなら、邪魔したりはしないわよ」
ミツコが少しだけ得意げに見える。まだ正常な精神を保っているのだろうと推測できた。ムカサがうなずくと、颯爽と見えると自覚しているのだろう足取りで、ふわふわとミツコが歩きだす。
ミツコの背には、誰もいなかった。長い髪をした女の姿はなく、ただ制服の背中が見えるだけだった。




