↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

第五話


 家族の声が聞こえてくる庭。

 

 縁側に座る玄兎は、薬草を磨り潰す手を止め、空を見上げる。


 昨夜の雨は遠退き、空には満月が輝いていた。


 今頃、時雨は儀式の最中だろうか。

 昨夜、障子越しに重ねてくれた手の温もりを思い出し、玄兎は深く息を吐く。


 幼い頃はなんの躊躇もなく越えられた線。

 大人になった今では、無理には越えられないまま、毎夜通い続けることしか出来ない。


 家の中から子供が喧嘩する声と泣き出す赤子の声が聞こえた。

 玄兎はゆっくりとそちらへ視線を向ける。


 兄の子たちは皆、元気がいい。

 幼い頃から、弟妹の泣き声とそれを世話する両親の声に囲まれていた玄兎には聞き慣れた声だ。


 玄兎は小さく笑い、肩の力を抜いて薬の調合に戻る。


 家族から頼まれている分。

 玄兎の携帯する分。

 そして、明日の夜、時雨へと渡す分にはまだ足りない。


 淀みの苦しみや痛みに対しては気休めかもしれないが、今の玄兎は手を動かさずにはいられなかった。


「……玄兎」


「……母さん?」


 いつの間にか傍に来ていた母が玄兎の手元を覗き込んでいた。


 弟妹や孫が起きている時間だというのに……珍しい。


「どうかしたの?」


 調合の手は止めずに問いかければ、母は俯いたまま玄兎に言葉を返す。


「……今夜は、出掛けないのね」


 玄兎は一瞬手を止める。

 しかし、すぐに傍に置いていた薬草を手に取り、薬研に入れていく。


「うん。明日はまた出掛けるから……俺の分の夕飯は気にしないでいいよ」


 明るい調子で返すと、母はまた一つ深く息を吐く。

 そして、意を決したように、勢い良く顔をあげて真っ直ぐと玄兎を見つめた。


「……あなたが、村外れの家の方へ向かうのを見たと、お隣から聞いたわ。本当なの?」


「……本当だよ」


 薬研で薬草を磨り潰しながら、玄兎は母から目を逸らす。


「……やめなさい」


 予想通りの母の言葉に玄兎も静かに息を吐く。

 手を止めて、顔を上げれば、久しぶりに玄兎だけを映した母の瞳があった。


「……なんで?」


「あなたの気持ちも分かるわ。あの子も、悪い子では……ないんでしょう? けどね……母さんも、父さんもあなたに危ない目にあって欲しくはないのよ」


 心から玄兎を心配してくれている母の瞳。


 幼い頃から、ずっとこの瞳を独占できていれば、玄兎はこうしてはいなかったのかもしれない。


 だが……。


「……少し、出てくるね」


「……玄兎!」


 呼び止める声を無視して、草履を履いて夜道に出た。


 静かに月夜を歩く玄兎が思い出すのは幼い頃の時雨だった。


 真っ直ぐと玄兎を見てくれる瞳。

 玄兎の話に相づちを打ちながら、溢していた笑い声。


 悲しみすら表に出せずに震えていた肩。


 今の玄兎を作っている思い出。


 今の時雨は、どうだろうか。


 声は少し低く落ち着いていたが、澄んで綺麗な声のままだった。

 

 最後に会った時は目線もあまり変わらなかったが、玄兎だって背が伸びたのだから時雨も成長しているだろう。


 背が伸びていれば、綺麗な顔立ちの時雨に見合う凛とした美しさが出ているはずだ。

 背が低ければ、優しい、愛らしい性格に良く似合う、可愛らしい雰囲気になっているのかもしれない。


 幾度となく思い描いていた未来を抱きながら、玄兎はぐるりと周囲を見渡し、歩く。


 道端に咲く、小さな花が目に映り、潰してしまわないようにそっと摘み取った。


 通いなれた道の先。

 村外れの小さな家。


 今夜は明かりが灯ることはないと分かっていても、玄兎は庭へと足を踏み入れる。


 縁側にまだ色鮮やかに咲いている花を置き、そっと障子に触れた。


 温もりが残っているはずはないと分かっている。


「……時雨」


 呟いた声は、寂しく光る月に照らされ、消えていった。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。