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9/12

時間の価値

あゆむが戻ってきてから、二週間が過ぎた。

俺ら三人は不器用ながらも、なんとか乗り切った。

しかし時間が足りない。


俺たちは、昼食堂でカップラーメンを食いながら会議を行った。

皆、俺と同じカップラーメンの味が違うバージョンだ。

安さと味で吉田荘のブームとなった。


(ずーずーずー)

電気ポットに列を作り、

お湯が足りなくならないか気にしながら、お湯を入れる。


俺は、

カップ麺の蓋の部分をしっかりと折り畳み、圧着させる。


ひぐらしさんと、つれさんは、カップ麺の蓋の部分に、箸を載せている。

蓋が開かないようにだろう。


見てると、何度も蓋が開き、箸がひっくり返る。


その都度、

箸を置き直す二人。


「このやり方いいよ」

俺はふたりにカップ麺を見せる。


二人ともまじまじと見るが、

理解していない。


「なにが違うんですか?」

ひぐらしさんが尋ねる。


「この蓋の押さえの部分を少しダーツ状にして押さえると、蓋が開きにくいんですよ」


「あぁ。なるほど。今まではこの押さえを一点でしか押さえてなかった。でもこうダーツ状、ひだ状にすると、摩擦係数が上がり、蒸気の熱で開かないわけですね」

ひぐらしさんは納得している。


「おぉすげー。あざす」

つれさんは驚いている。


二人ともしばらくカップラーメンを見つめていた。

その瞳は、

夏休みの自由研究に没頭する少年のようだった。


俺もこんな風に自由研究したっけ。

そんな事を思い出した。


あっそうだそうだ。忘れるところだった。

「あの、時間足りてますか?」

俺は切り出した。


時間がない問題を共有し、なんとか解決したい。

そう思ったからだ。


ひぐらしさんは、腕を組みしばらく考える。

「良好とは言えない状態ですね」


「僕もパンパンです」


やはり、男三人で親代わりはムリがあるのだろうか?

絶望とまではいかないが、

大変だなという重荷が、背中にのしかかるような感触を感じた。

少し鳩尾辺りに、気持ち悪い感覚が流れる。


(ぷるるるる)

アラームが鳴る。

皆一斉に蓋を開ける。


蓋はあれ以来、

一度も開かなかった。


俺は開かない蓋に小さな満足感を感じ、

ラーメンを二口すすった。


麺と共に、醤油ベースのスープが流れ込む。

まぁまぁ美味いな。


「やはりムリがあるのですかね?」

俺は呟く。


ムリがあるという発言はネガティブなのだろうか。

そんな事を思った。


「う~ん。どうでしょう。まだまだ無駄が多いような」

ひぐらしさんは、メガネを曇らせながら、カップラーメンをすする。


無駄が多い。

それはなんとなくわかる。

でも何が無駄なのかわからない。


「SE的な観点から言えば、どうですか?」

俺はつれさんに尋ねる。


「自動化、不要業務の削減、定型化辺りが順当なところかと」


当たり障りのないところなのだろう。

俺は少しイジワルにそう思った。


「自動化といえば、食洗器の導入とかはどうですか?」

ひぐらしさんは言った。


食洗器の導入か。

悪くはないが、

それでいいのか?

少し疑問に思った。


「財源は?」

俺は尋ねる。


「ふふふ。前職に戻ったみたいだ。

食費から浮いた部分を充当。

もしくは皆から徴収というのは」


「皆から徴収案は、僕たちはともかく、すずりさんには重荷かと」

つれさんは慎重だ。


「なにかこの状況をひっくり返すようなアイデアはないですか?」

俺は二人を見る。


二人とも腕を組む。

俺は気にせずラーメンを食ってたが、二人の食は進んでない。

あぁしまった。やらかした。

こういう場合は、一通り食ってから切り出すべきだろう。


「あぁすみません。先に食ってください」

俺はカップラーメンを食うように勧める。


二人はカップラーメンをすする。


「そもそも、いつ時間が足りないと感じますか?」

ひぐらしさんは言った。


「俺は朝」


「僕も朝です」


「私もです」


なるほど、全員朝の時間が足りないと感じているのか。

すると、ここに現状打破のヒントがあるかもしれないな。


「それは送迎、朝食、買い物。ここ辺りが一度に来るからですよね」

俺は言った。


二人とも頷いた。


「そういえば、勤めていた頃、

時間についてアドバイスしてもらった事がありました。

えっとなんだっけ」

ひぐらしさんは考え込んでいる。


この人でも、すっと思い出せない事もあるんだ。


「スキマ時間を使えだったか……」


スキマ時間を使うのは悪くはない。

ただ吉田荘運営にスキマ時間を使えるのか。


二人はじっと、ひぐらしさんを見る。


「そうだ。たしか……、

それぞれの時間で価値が違う。

優秀な人材は、上手く時間の価値を交換する」


そう言った。


それぞれの時間で価値が違う。

深い言葉だ。


「たしかに、それぞれの時間で価値が違う。あるよな」


「そうですね。夏休みの途中と、夏休みの最終日は価値がまったく異なる。

じゃあ、

僕らにとって、一番価値のある時間は……、

朝ですか?」


「だと思います」


「上手く時間の価値を交換するとは、具体的にどういう事なの?」

俺はひぐらしさんを見る。


「そうですね。

その当時、私は来たものから順番に時間を使い、細かい業務をしていました。

たとえば備品の申請とか、そういうのです。

しかし朝はメールの確認とか、会議とか重要な業務がイロイロあって、よく詰まりを起こしていたのです」


二人とも頷く。

まぁよくある光景だ。


「しかし先輩は、

順番にやるのではなく、業務を仕分けして、繁忙期以外に回せるものは、すべて繁忙期以外に回せ。そう教えてくれたのです」


二人とも頷く。


「まぁ私は、今まで投資家でやってたので、忘れていたのですがね」

ひぐらしさんはバツが悪そうに笑った。


俺は思い返す。

朝の時間。

朝じゃなくてもできる事をしていなかったか?

俺は頷いた。

皆も頷いている。


「俺できそうです」


「僕も」


「私も」


「じゃあ。会議は終了だな」

俺が言うと、二人は頷き、片付けが始まった。

皆それぞれの部屋へと戻り、

動き出した。


……

それから数日が経ち、

朝のバタバタはウソのように消えていた。


朝食の下準備を夜に済ませる

保育園の持ち物を前夜に玄関へ置く

買い物リストを昼に作る

ゴミ出しを前夜にまとめる

そんな細かな事を、丁寧に重ねた。

三人とも落ち着き、スムーズに業務をこなしている。


昼の食堂。

いつものようにカップラーメンを食べながら、尋ねた。

「その後、時間の交換は上手くいってますか?」


「僕は、上手くいってると思います。

案件で徹夜することが減りましたし、朝もスムーズです。

よくよく調べると、価値のない時間って、上手く使えてなかったので」


「改めて、先輩の偉大さに感服しました。時間が体感1.5倍くらい使えてます」


ひぐらしさんの1.5倍使えている。

これは過大な表現ではないな。

俺はそう思った。


俺たちは、吉田荘の他の住人にも、この事を共有した。

以前の吉田荘はまるで渋滞だらけの道路。

それが今はスムーズに流れ始めた。


俺は思い出す。

サラリーマンだったころを。


電車に揺られ、

毎日疲弊していた、

あの頃を。


もし、あの時この言葉を知っていれば、俺の人生は変わっていたかもしれない。

そんな風に思った。

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