時間の価値
あゆむが戻ってきてから、二週間が過ぎた。
俺ら三人は不器用ながらも、なんとか乗り切った。
しかし時間が足りない。
俺たちは、昼食堂でカップラーメンを食いながら会議を行った。
皆、俺と同じカップラーメンの味が違うバージョンだ。
安さと味で吉田荘のブームとなった。
(ずーずーずー)
電気ポットに列を作り、
お湯が足りなくならないか気にしながら、お湯を入れる。
俺は、
カップ麺の蓋の部分をしっかりと折り畳み、圧着させる。
ひぐらしさんと、つれさんは、カップ麺の蓋の部分に、箸を載せている。
蓋が開かないようにだろう。
見てると、何度も蓋が開き、箸がひっくり返る。
その都度、
箸を置き直す二人。
「このやり方いいよ」
俺はふたりにカップ麺を見せる。
二人ともまじまじと見るが、
理解していない。
「なにが違うんですか?」
ひぐらしさんが尋ねる。
「この蓋の押さえの部分を少しダーツ状にして押さえると、蓋が開きにくいんですよ」
「あぁ。なるほど。今まではこの押さえを一点でしか押さえてなかった。でもこうダーツ状、ひだ状にすると、摩擦係数が上がり、蒸気の熱で開かないわけですね」
ひぐらしさんは納得している。
「おぉすげー。あざす」
つれさんは驚いている。
二人ともしばらくカップラーメンを見つめていた。
その瞳は、
夏休みの自由研究に没頭する少年のようだった。
俺もこんな風に自由研究したっけ。
そんな事を思い出した。
あっそうだそうだ。忘れるところだった。
「あの、時間足りてますか?」
俺は切り出した。
時間がない問題を共有し、なんとか解決したい。
そう思ったからだ。
ひぐらしさんは、腕を組みしばらく考える。
「良好とは言えない状態ですね」
「僕もパンパンです」
やはり、男三人で親代わりはムリがあるのだろうか?
絶望とまではいかないが、
大変だなという重荷が、背中にのしかかるような感触を感じた。
少し鳩尾辺りに、気持ち悪い感覚が流れる。
(ぷるるるる)
アラームが鳴る。
皆一斉に蓋を開ける。
蓋はあれ以来、
一度も開かなかった。
俺は開かない蓋に小さな満足感を感じ、
ラーメンを二口すすった。
麺と共に、醤油ベースのスープが流れ込む。
まぁまぁ美味いな。
「やはりムリがあるのですかね?」
俺は呟く。
ムリがあるという発言はネガティブなのだろうか。
そんな事を思った。
「う~ん。どうでしょう。まだまだ無駄が多いような」
ひぐらしさんは、メガネを曇らせながら、カップラーメンをすする。
無駄が多い。
それはなんとなくわかる。
でも何が無駄なのかわからない。
「SE的な観点から言えば、どうですか?」
俺はつれさんに尋ねる。
「自動化、不要業務の削減、定型化辺りが順当なところかと」
当たり障りのないところなのだろう。
俺は少しイジワルにそう思った。
「自動化といえば、食洗器の導入とかはどうですか?」
ひぐらしさんは言った。
食洗器の導入か。
悪くはないが、
それでいいのか?
少し疑問に思った。
「財源は?」
俺は尋ねる。
「ふふふ。前職に戻ったみたいだ。
食費から浮いた部分を充当。
もしくは皆から徴収というのは」
「皆から徴収案は、僕たちはともかく、すずりさんには重荷かと」
つれさんは慎重だ。
「なにかこの状況をひっくり返すようなアイデアはないですか?」
俺は二人を見る。
二人とも腕を組む。
俺は気にせずラーメンを食ってたが、二人の食は進んでない。
あぁしまった。やらかした。
こういう場合は、一通り食ってから切り出すべきだろう。
「あぁすみません。先に食ってください」
俺はカップラーメンを食うように勧める。
二人はカップラーメンをすする。
「そもそも、いつ時間が足りないと感じますか?」
ひぐらしさんは言った。
「俺は朝」
「僕も朝です」
「私もです」
なるほど、全員朝の時間が足りないと感じているのか。
すると、ここに現状打破のヒントがあるかもしれないな。
「それは送迎、朝食、買い物。ここ辺りが一度に来るからですよね」
俺は言った。
二人とも頷いた。
「そういえば、勤めていた頃、
時間についてアドバイスしてもらった事がありました。
えっとなんだっけ」
ひぐらしさんは考え込んでいる。
この人でも、すっと思い出せない事もあるんだ。
「スキマ時間を使えだったか……」
スキマ時間を使うのは悪くはない。
ただ吉田荘運営にスキマ時間を使えるのか。
二人はじっと、ひぐらしさんを見る。
「そうだ。たしか……、
それぞれの時間で価値が違う。
優秀な人材は、上手く時間の価値を交換する」
そう言った。
それぞれの時間で価値が違う。
深い言葉だ。
「たしかに、それぞれの時間で価値が違う。あるよな」
「そうですね。夏休みの途中と、夏休みの最終日は価値がまったく異なる。
じゃあ、
僕らにとって、一番価値のある時間は……、
朝ですか?」
「だと思います」
「上手く時間の価値を交換するとは、具体的にどういう事なの?」
俺はひぐらしさんを見る。
「そうですね。
その当時、私は来たものから順番に時間を使い、細かい業務をしていました。
たとえば備品の申請とか、そういうのです。
しかし朝はメールの確認とか、会議とか重要な業務がイロイロあって、よく詰まりを起こしていたのです」
二人とも頷く。
まぁよくある光景だ。
「しかし先輩は、
順番にやるのではなく、業務を仕分けして、繁忙期以外に回せるものは、すべて繁忙期以外に回せ。そう教えてくれたのです」
二人とも頷く。
「まぁ私は、今まで投資家でやってたので、忘れていたのですがね」
ひぐらしさんはバツが悪そうに笑った。
俺は思い返す。
朝の時間。
朝じゃなくてもできる事をしていなかったか?
俺は頷いた。
皆も頷いている。
「俺できそうです」
「僕も」
「私も」
「じゃあ。会議は終了だな」
俺が言うと、二人は頷き、片付けが始まった。
皆それぞれの部屋へと戻り、
動き出した。
……
それから数日が経ち、
朝のバタバタはウソのように消えていた。
朝食の下準備を夜に済ませる
保育園の持ち物を前夜に玄関へ置く
買い物リストを昼に作る
ゴミ出しを前夜にまとめる
そんな細かな事を、丁寧に重ねた。
三人とも落ち着き、スムーズに業務をこなしている。
昼の食堂。
いつものようにカップラーメンを食べながら、尋ねた。
「その後、時間の交換は上手くいってますか?」
「僕は、上手くいってると思います。
案件で徹夜することが減りましたし、朝もスムーズです。
よくよく調べると、価値のない時間って、上手く使えてなかったので」
「改めて、先輩の偉大さに感服しました。時間が体感1.5倍くらい使えてます」
ひぐらしさんの1.5倍使えている。
これは過大な表現ではないな。
俺はそう思った。
俺たちは、吉田荘の他の住人にも、この事を共有した。
以前の吉田荘はまるで渋滞だらけの道路。
それが今はスムーズに流れ始めた。
俺は思い出す。
サラリーマンだったころを。
電車に揺られ、
毎日疲弊していた、
あの頃を。
もし、あの時この言葉を知っていれば、俺の人生は変わっていたかもしれない。
そんな風に思った。




