不登園
「もう保育園には行かない」
あゆむは玄関の前で動かなくなった。
「どうしたんだ。あゆむ。保育園は行かないと」
俺は言った。
「だって。つれさん、なるさん、ひぐらしさん。みんな家の中にいるじゃないか」
あゆむは耳を押さえ、しゃがみこむ。
そう言われたら弱い。
俺たちは、ひきこもりだ。
「昨日なにかあったんですか?」
ひぐらしさんは、つれさんを見た。
「いえ……、
保育園の帰り際、保育園の園児一人に、
『お金を盗んだのはあいつだ。あいつは親がいないから』
そう言われたんです」
「それで、どうなったんだ」
「僕もどういうことか、わからなくて、とりあえず、その場は先生がおさめました。
今日僕が事情を聞いてきます」
「じゃあ、あゆむは今日はお休みさせようか」
俺が言うと、二人は頷いた。
……
20:00、食事をとったあと、
俺たちは吉田荘会議を開いた。
会議には弁護士も参加してもらった。
あゆむはバツが悪そうに、
同席している。
あゆむが同席することに、はじめは反発もあったが、本人がいない所で、いろいろ決めるのも問題があるだろうし、あゆむがこそっと聞く可能性もある。
だったら、いっそのこと、同席させようと決めたのだ。
「3800円のお遊戯代があったでしょ。あれが無くなったって話なんですよ」
つれさんは口を開く。
「それで、なんであゆむが疑われるわけ?」
すずりさんの顔は真っ赤になっている。
「先生によると、あゆむ。その子に親がいないって、よくイジワルされてるみたいなんですよ」
つれさんは、言いにくそうに答えた。
「あゆむ。私が空手教えてあげる!喧嘩が強くなれば、イジワルもされないわ」
すずりさんはあゆむの肩を持った。
「うん。すずりの姉ちゃん。僕強くなる」
あゆむはやる気だ。
まぁたしかに、
あゆむは細く弱そうだ。
舐められるのも無理はない。
喧嘩の強い者には、だれも逆らわない。
世界の法則だ。
これで話は終わった。
そう思った瞬間。
「それは頂けねぇな」
向さんは口を開く。
「なんでよ。イジワルの原因は喧嘩の弱さよ」
すずりさんは譲らない。
皆、向さんをじっと見る。
「あのな。
空手で強くなってどうする?
空手家のワンパンは凶器だぞ」
向さんは、目を逸らしつつそう言った。
「でも。自分の身を守らないといけないじゃない」
「それは否定しないよ。
でもな。
この国では暴力は使ったらおしまいなんだ。
職業柄そんな奴はたくさん見てきた」
沈黙が走る。
「でもな。強くなるのは悪い事じゃない。空手を教えてもらえば、自信がつく。それに抑止力になることもある。ただな。俺だったら体力を鍛える。力の強い人間や足の速い人間には、あまり喧嘩を売ってはこない。だから、あゆむ。俺が鍛えて強い男にしてやる」
向さんはあゆむの肩を持った。
「じゃあ僕、空手をすずり姉ちゃんに、体力を向さんに鍛えてもらうよ」
まぁ向さんの言うのは正論だ。
暴力は振るったら、それで終わりだ。
保育園や小学校で詰む。
そんな可能性だってゼロじゃない。
その点、体力は無言の圧力になる。
「ちょっと待って。人間関係はコミュニケーション力よ」
心さんが言った。
「いや。アホな奴にはな。恐怖が一番強いんだ」
向さんも黙ってはいない。
「いいえ。コミュニケーション力。実際の外交関係だって、軍事力は必要だけど、外交の積み重ねで、誤解を解いていく作業も必要よ」
心さんの言葉に向さんは黙り込む。
たしかに、
体力だけでは限界がある。
コミュニケーション力だけで生きている奴もいる。
それはあるかもしれない。
「あゆむ。私が良い営業パーソンにしてあげる」
心さんはあゆむの肩を持った。
あゆむは混乱している。
「じゃあ僕、空手をすずり姉ちゃんに、体力を向さんに鍛えてもらって、コミュニケーション力を心さんに教えてもらうよ」
そう言った。
その言葉には、勢いがなかった。
ムリもない。
これでいけると思った案が出ても、
その都度、
別の案が出てくるのだから。
あゆむは、
五歳にして世間が一筋縄ではいかないことを学んでいるのだ。
「あの。それより真犯人を見つけるほうが良いんじゃないですか?」
つれさんは言った。
「真犯人……、探偵の真似事でもする気?」
すずりさんは少し楽しそう。
「真犯人を見つけるか……」
皆興味を持っているのがわかる。
「あの僕が保育園のサーバーにハッキングをしかけて、その当時の防犯カメラの映像を入手します」
つれさんは言った。
皆頷いている。
「僕も真犯人探す!」
あゆむも乗り気だ。
「ちょっと待てよ。真犯人って、しかもハッキングって。それ犯罪じゃん」
俺は言った。
「まぁそうですけど、こういう場合は大体ハッキングで問題画像流出ってのが、セオリーじゃないっすか」
つれさんは言った。
「いや。そうかもしれないけど、さすがにアウトだろ。子供がいるんだぞ」
「だったら、代案はあるんすか?」
「そうだな。ほら、金がなさそうに見えるから、お金を取るって思われるんだろ。だったら、金がありそうに見せたらいいんじゃないか?」
「金がありそうに見せる?」
つれさんは首を傾げる。
「そうだな。ブランド物を着せるとか、送り迎えを外車でやるとか」
俺は言った。
「その財源は?」
ひぐらしさんが尋ねた。
「財源か……。そうだな。あゆむにネットのフリマやオークションで稼ぐ方法を俺が教えよう。あと、ひぐらしさんが投資を教えたらいいじゃないか」
「えっ、それ私も教えて欲しい」
すずりさんは食いつく。
「俺も」
「私も」
そんな風に皆手を上げていく。
俺はOKと合図を出す。
皆嬉しそうだ。
「あの……本質的な問題からズレていると思うのですが……」
弁護士は手を上げた。




