疑惑
弁護士に視線が集中する。
「まず断わっておきますが、皆さんのお気持ちは理解できますが、法的に喧嘩もハッキングもダメ、あと子供の前でお金の問題はデリカシーに欠けると思います」
「それ以前に、これは本質的にいくつかの法的な問題を含んでいます」
「まず人権問題。これは明確に差別案件です」
なるほど差別か。
確かに人権侵害だ。
「次に、この国では疑わしきは被告人の利益、疑わしきは罰せずという言葉があります。
これは犯人として疑いをかけるなら、証拠を出せ。そうしない限り、罪に問えない。
そして無罪推定の原則。これは有罪と立証されるまで、無罪として扱わなければならない。
という原則。
これを完全に無視しています」
この国の法律ってそうなっていたのか。
これは確かに弱者保護になっているのかもしれない。
「私は、その少年とその保護者に対して、名誉毀損で訴えを起こすのが妥当かと思います」
弁護士はそう言った。
食堂の中に冷たい空気が漂った。
重苦しい雰囲気だった。
名誉毀損。
それは確かにそうだ。
しかし、
名誉毀損で訴えまでするか。
いやでも、
あゆむは傷ついた。
それを補填させるには、相手にもそれ相応の対価を支払わせないといけない。
それはわかる。
「あの……。そもそもの話ですが」
ひぐらしさんが手を上げた。
皆ひぐらしさんに視線を向ける。
「そもそも、幼稚園側が現金で徴収するという制度自体に問題があると思いませんか?」
ひぐらしさんはそう切り出した。
「たしかに振込。もしくは個々で揃えるならこんな問題は起きなかったはず」
つれさんは頷いた。
「それにこの3800円のお遊戯代って、一体何なのですか?」
考えたこともなかった。
たしかに不自然ではある。
「たしかに気になりますね。ちょっと待ってください。私が内訳を聞いてみましょう」
弁護士が電話をかけだす。
(ぷるるるうるる)
「もしもし、あゆむ君の弁護士をしております……。それでこの3800円のお遊戯代の内訳を教えてもらえますか? はい……、はい……、それでその業者は……、はい、はい、はい、わかりました。ありがとうございます」
「少し待ってくださいね。少し不審な点があるので」
弁護士はどこかにメッセージを送り出す。
数分後
(ぷるるん)
着信が入る。
「知人に確認してもらったところ、この業者は市議会議員の親族が経営している会社だそうです」
弁護士はそう言った。
「市議会議員というと、便宜供与ですか……」
ひぐらしさんは尋ねる。
「便宜供与まで言えるかどうかは微妙ですが、グレーに近いと思う人も多いでしょうね」
「じゃあ。難しそうですね」
ひぐらしさんは力なく言った。
皆も諦め顔だ。
「いえ。
そんな事はありません。
問題は確実にグレーかどうかではありません。
現職の市議会議員が疑いのかかるような事をしていることに、
問題があるのです。
行政監視を専門にしている知り合いの市民オンブズマンがいます。まずは事実関係を見てもらいます」
弁護士はそう答えた。
「なんか、すごい事になってきたね」
あゆむは難しそうな顔をした。
「そうだね。難しいよね。お姉ちゃんもよくわからなくなってきた」
「それでどうする? 体力は? 鍛えるか?」
「僕も営業パーソンとして……」
「私も空手教えるよ」
あゆむはきょろきょろしている。
「あゆむはどうしたいんだ?
よかったら俺も稼ぎ方を教えてやるぞ」
あゆむはじっと考えている。
「あのね。あの。
教えてくれるのは、うれしいんだけど、大変なのは嫌かな。
遊びみたいだったらウレシイ」
申し訳なさそうに言う。
「体力を遊びでか……、できなくもなさそうだな」
「私も、空手遊び感覚で教えるよ」
「じゃあ、僕もコミュ力をつける方法を、遊び感覚で」
「稼ぐのも、あれも遊びみたいなものだからな。趣味の延長でやればいいか……」
「じゃあ、僕、遊び相手が増えたって思えばいいんだね」
あゆむは飛び上がるような勢いでその場に立った。
「うん。そうだよ」
すずりさんは、あゆむをきゅっと抱きしめる。
「それで、あゆむ君。その君に嫌なことを言った少年を訴えるか?」
弁護士はメガネをなおし、尋ねた。
「訴えるとどうなるの?」
「裁判にはならないと思う。示談になり、示談金の支払いで話が済むだろうな」
「あの子。貧乏になるの?」
「数十万程度だから、貧乏にはならないと思う」
「すごい怒られる?」
「どうだろうか?
そういう言葉って、子供の考えだけでいう事は少ない。
親が日々言ってる言葉や、親が見ているドラマなどの言葉が、そのまま出てることが多いんだ」
「だから、親も怒りたくても、その怒りをどこに持っていったらいいか、わからなくなり、苦しむかもしれないね」
「そうか。
苦しむのか……、じゃあ、家族が仲悪くなったりする?」
弁護士は考え込んでいる。
俺はあゆむがそこまで考える事に正直驚いた。
家族の仲が悪くなる。
その事を気遣う姿に胸が痛くなった。
いったい、
あゆむは何を想い、今まで生きてきたのだろうか。
「あゆむ。
嫌な事をされたのに、その子の家族が仲悪くなったりするのは嫌なの?」
すずりさんは、あゆむの頭を撫でる。
「どうだろう。
ざまぁみろ!って思う気持ちもあるけど、でも僕が我慢すれば、仲が悪くなるってのが防げるなら、我慢するかな」
胸の辺りが、ちくちくと痛む。
俺も今まで、
そうやって何度も我慢を重ねてきた。
俺はその事に何も感じなかったけど、
知ってる小さい子供が、
あの時の俺のように、我慢を重ねるのを見てるのは苦しい。
「あぁまったく馬鹿げている」
弁護士は言葉を荒げる。
皆驚いた様子で、弁護士を見る。
「……どうして被害者ほど、自分が我慢すればいいと思ってしまうのでしょう」
弁護士は頭を抱えた。




