結論
あゆむが訴える事はなかった。
皆それぞれ色々考えた。
「訴えない事で、相手が学習せずに同じ過ちを繰り返すのではないか」
「あゆむが誰でも許すようになれば、つけこまれるんじゃないか」
「他の子たちの、これからの為にも成敗しないといけないのではないか」
「訴える事が相手の為になるのではないか」
「訴えたら、逆恨みされるのではないか」
「そんな事に時間を費やすことこそ、あゆむにマイナスなのではないか」
色々考えた。
大事にはならなかったが、日々そんな会話を繰り返した。
日々は何事もなかったかのように過ぎる。
あゆむは、
空手を習い、体を鍛え、コミュ力や稼ぎ方を学んだ。
皆遊び感覚で教えるため、いろいろ工夫した。
あゆむは、
楽しそうに遊びながら学んだ。
一ヵ月ほどした後、
市民オンブズマンが、別の市議会議員に働きかけ、市議会で調査が始まった。
不正とまで言えるものはなく、市議会議員が罪に問われることはなかった。
ただ、
あの教材については、必要性の根拠は少ないとなり、廃止となった。
そして、その他の教材も調べられ、再検討された結果、
その多くが廃止となった。
金額にして約二万円。
これだけの金額が、必要なしと判断され、廃止となった。
あゆむの一件が、
市の教育現場を変化させた。
ある日の事、俺は保育園の保護者の一人に声をかけられた。
よく見かける顔だが、名前は知らない女。
「あのあゆむ君の保護者の方ですよね」
「はい。そうですが」
「あゆむ君の事件のおかげで、負担が減りました。皆感謝してるんですよ」
そう言われた。
俺はうれしくて、
仕事をしながら、
一日中そのことばかり考えていた。
俺はあゆむに伝えた。
「お前のおかげで、皆負担が減って良かったってさ」
あゆむはきょとんしていた。
意味や因果関係がわからなかったのだろう。
「なんか、わからんけど。褒められた」
そう健気に喜んでいた。
今日はカレーの日だ。
あゆむが褒められたから、
俺は商店街で、鶏のから揚げをたっぷり買った。
3000円分。
かなり多量のから揚げだ。
鶏肉屋のおかみさんは、
「ここのパックだけじゃ足りないから、ちょっと待ってよ。いま揚げるから」
と大慌てで、から揚げを揚げた。
あゆむが褒められた事が、
自分のことのように、うれしかった。
食堂に皆が集った。
「"あゆむ君の事件のおかげで、負担が減りました。皆感謝してるんですよ"そう保護者の一人に言われたんだ。
俺、うれしくなって、商店街でから揚げ買ってきた。
これは俺のおごりだから、みんな食べてくれ」
多量のから揚げのパックが食卓に並ぶ。
カレーの日なのに、から揚げが主役のようだった。
「そうか。じゃあ乾杯しよう」
向さんは立ち上がる。
「酒はないですよ。二人は未成年だし」
ひぐらしさんは答える。
「麦茶でいいんじゃない?」
すずりさんは言った。
「僕、麦茶好き!」
あゆむは嬉しそうだ。
皆頷き、
麦茶を注ぐ。
全員にいきわたるように、少しずつ注いでいく。
グラスが全員にいきわたる。
「じゃあ乾杯」
向さんは言った。
「乾杯」
皆、乾杯をしあう。
あゆむは、皆が楽しそうなのをみて、はしゃいでいる。
から揚げをほおばり、
カレーを食べる。
そしてたまに麦茶を飲む。
「大家と言えば親も同然
店子と言えば子も同然」
俺は呟いた。
「古典落語でよく使われる台詞ですよね」
ひぐらしさんは、から揚げをカレーにつけて食べる。
「らくだ、長屋の花見なんかだよな」
と向さん。
「俺思うんですよ。
大家が親で店子が子なら、店子どうしは何なんだろうって」
「家族じゃないの?」
すずりさんはまっすぐな目でそう言った。
「僕たち家族なの?」
あゆむはうれしそうに言った。
「私はあゆむが、私を家族として認めてくれるなら、大歓迎よ」
すずりさんは、あゆむの口についていたカレーをティッシュペーパーで拭き取る。
「じゃあ、家族ね」
あゆむはすずりさんに抱きついた。
皆うらやましそうに見ている。
「ごほん。あの、良いですか?」
ひぐらしさんが手を上げる。
皆ひぐらしさんを見る。
「この国の制度上は、私たちは赤の他人です。
でも疑似的に家族と呼ぶのは、自由だと思うのです。
私は皆さんを家族と思っても良い。
さしつかえない。
それは、ありがたい。
うーん。うまく言えませんが、やぶさかではない。
そう思うのですが、私と同じ意見の方、挙手いただけますか?」
「挙手ってなに?」
あゆむが尋ねる。
「手を上げてって事」
すずりさんは、膝の上にあゆむを乗せる。
「じゃあ、皆家族って呼べたら良いなって思う人は、手を上げてって事?」
あゆむは質問を重ねる。
「そうよ」
すずりさんは、あゆむの頭をなでる。
「じゃあ。僕はーい」
あゆむは手を上げた。
つられて皆、手をあげだす。
照れくさいという気持ちはある。
でも胸の奥がぎゅっとつままれたような感覚になる。
「では全員賛成ということで、吉田荘の住人は家族であると見なします」
ひぐらしさんは照れくさそうに言った。
皆恥ずかしそうに下を見ている。
あゆむは嬉しそう。
大人は照れくさいのだろう。
素直に喜べるあゆむが、
正直羨ましいとも思えた。
「では万歳三唱。万歳!万歳!万歳!」
向さんは万歳をはじめた。
あゆむとすずりさんはケタケタ笑いながら、万歳をする。
「ほら。つれさん、なるさん、ひぐらしさん、心さん。あゆむが見てるわよ」
「では気を取りなおして、万歳三唱。万歳!万歳!万歳!」
向さんは再び万歳をはじめた。
皆恥ずかしそうに万歳を行った。
息が切れ、
皆の顔が少し紅くなった。
食堂は温かい笑いに包まれた。
本当の家族でも、
こんなに温かさを感じたことはなかった。
俺はそんな風に思った。
(がしゃん)
食堂にあった婆ちゃんの写真が倒れて、テーブルの上に落ちてきた。
俺は写真を起こす。
婆ちゃんの口元には、あゆむのこぼしたカレーのあとが、ちょっと付いていた。
「あっ婆ちゃんの写真が、拭かなきゃ」
俺はティッシュペーパーを取り出す。
「ダメだよ。婆ちゃんもカレー食べたいってさ」
あゆむはそう言い、指をさして笑った。
カレーのついた婆ちゃんの写真はとても満足そうだった。
「本当だね。婆ちゃん、美味しいって言ってるよ」
すずりさんは、あゆむを抱きしめた。
俺たちはしばらくそのまま写真を眺めた。
吉田荘には、今日もカレーの匂いが漂っていた。
END
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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