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7/12

味変

私は、スーパーに向かう。

店員さんに、福神漬けのコーナーはどこかと聞き、

向かった。

ただ肝心の商品がない。

私は店員に尋ねた。

店員は端末を使いだす。

「ちょっと待ってください。在庫があるようなので、いまから補充します」

そう言われた。


しばらく待つと、ガタゴトとカートに揺られて、福神漬けがやってきた。

「お待たせしました。いくつご入用ですか?」

店員に尋ねられる。

一つと答えようか。

それとも……。


「ふたつで」

私は答えた。


店員は福神漬けをふたつ渡してくれた。


……

「ただいま」

私は吉田荘に戻った。


「おかえり」

返事がある。

あれは、すずりさん、向さん、心さんの声だ。


前は「お疲れ様」とか「ご苦労様」だったのに、

そう思った。


「お疲れ様」「おかえり」

単なる挨拶に過ぎないが、

大きな違いがある。

ねぎらいの意味か、

ここが戻るところであるという意味かの違い。


「お疲れっす」

つれさんと、なるさん。

業務を一緒にこなす戦友としての、ねぎらい。

そんな風に感じた。


私はスーパーの袋に入った福神漬けを、

テーブルに置く。


しわくちゃのスーパーの袋。

角はもう破れそうだ。

何回使ったかわからない。


「じゃあ、食べましょうか」

私は言った。


皆一斉に準備をしだす。


「じゃあ俺はレンジで」

なるさんは言った。


「なるさん。ダメよ。メラミン食器は電子レンジNG」

すずりさんが言った。


皆すずりさんに注目する。

まるで知らなかったかのように。


「そう。婆ちゃんが言ってたわ」

すずりさんは笑った。


私たちは福神漬けの汁をカレーに入れ始めた。

大体小さじ一杯くらい。

そして混ぜる。

婆ちゃんの味だ。


私は、

黙ったまま、口の中にカレーを投入し続けた。

コクがあり、まろやか。そして優しい。

「一週間がんばったね」

そんな婆ちゃんの声と笑顔が浮かんだ。


(かしゃかしゃかしゃ)

それほど広くない食堂の中に、

スプーンがカレーをすくう音だけが響く。


(ずるずるずる)

聞き慣れない音が混じる。

(ずるずるずる)

(ずるずるずる)

(ずるずるずる)

色んな方向から。


「さっきまで婆ちゃんの味だったのに……、


なんか味が婆ちゃんの味じゃなくなったよ」

すずりさんは言った。


私はすずりさんの方を見る。

彼女はうつむき、じっとカレーを見つめていた。

彼女の目から一粒の涙が落ちた。


私は食堂の棚からティッシュペーパーを箱ごと取り、

テーブルの真ん中に置いた。


皆一斉に手を伸ばす。

(ちーん)

様々な音を立て、

鼻はかまれた。


「花粉症かな」

なるさんは言った。


「急に目に来て」

つれさんは言った。


「なに言ってんだよ。みんな泣いてるじゃねぇか」

向さんは赤ら顔で笑った。


その目も薄っすら赤みがさしていた。


「向さんも目が赤いわよ」

すずりさんは、涙をふきながら、微笑んだ。


「これはあれだよ。福神漬けだ。福神漬けが目に来たんだ」

向さんは照れくさそうに笑った。


「でも、突然でしたね。婆ちゃん」

心さんは、台所にある婆ちゃんの写真を眺めた。

皆の視線は写真に集中する。


「婆ちゃん、変わった人だったな」

向さんは言った。


沈黙が走る。


「ここ、皆変わってませんか?」

つれさんは呟いた。

皆の視線がつれさんに集中する。


「いや。いい意味ですよ」

つれさんは苦笑いをした。


「違いねぇな。変わり者をまとめて世話してたのが、婆ちゃんだったんだな」

向さんは笑った。


「私、五年前に両親をなくしてね。親戚付き合いもなくて、婆ちゃんがお父さんの知り合いだったから、ここに来たの」

すずりさんは言った。


空気が沈む。


「もし婆ちゃんがいなかったら。私どうなってたか……」

すずりさんは言葉を飲み込んだ。


「あゆむを見てると、私と同じだ。そう思う。

あの時婆ちゃんがいたから、私は楽しく生きてる。

あゆむにとって、私が婆ちゃん代わりになりたい」


「そうだな。婆ちゃんがいなかったら、俺も今ごろどうなってるか……」

向さんはカップ酒を一口飲む。


「俺、昔商社マンだったんだよ。でもな。博打で借金作ってしまって、女房と離婚。会社もクビになって、そこで流れ着いたのが、ここなんだ」


向さんが商社マン。

まったく面影がない。

私はその事に少し戸惑いを覚えた。


「お前ら、俺が商社マンだって事に違和感を覚えただろ」

向さんは笑った。


「商社って言ったってピンキリだ。それに俺はスポーツやってて体育会系の枠で入ったクチだ」


その言葉に皆頷いた。


「頷いてんじゃねぇよ」

向さんは楽しそうに笑う。

こんなに楽しそうなのは初めてだ。


「私、婆ちゃんに、壊れるのがいいって事もあるのよ。

人間関係も壊れるから、大事にするし。

壊れるから、新しい出会いもある。

それに自分の人生だってそうよ。

もし私がずっと200歳まで生きたら、きっと飽きちゃうわ。

だからな、壊れるってことは、まんざら悪くもないのよ。」

そう言われた」

すずりさんは言った。


私は言葉を噛みしめる。


「婆ちゃんが亡くなって、吉田荘は一度壊れた。

それは悲しい事だったけど、でも今、吉田荘は生まれ変わった」

すずりさんは続ける。


「引き継ぐところは引き継いでいきますしね」

私は言った。


「とりあえず、カレーは引き継いだんじゃねぇの?」

なるさんは言った。


「具材がボロボロですけどね」

つれさんは笑った。


私はずっと考えていた。

料理の素人が、

婆ちゃんが残したレシピを楽に引き継ぐ方法を。


「あの。料理の話なのですが、一週間ほど連続でカレーにしたらダメですか?」

私は尋ねた。


「いいよ」

すずりさんが言い、皆頷く。


「どうしてか、聞いていい?」

なるさんは言った。


「私達、料理経験がありません。でも一週間同じメニューを連続で作ると、単発で作るのと比べて、上達が速いような気がするんですよ」

私は答えた。


「あぁそれはあり得るかもな。ラグビーの練習でも、苦手分野の練習を集中してやったことがある。しんどいのはしんどいが、伸びが速いからな」

向さんは頷いた。


「という事は、婆ちゃんのレシピ、全メニューで一週間同じメニューになると」

心さんは尋ねた。


「そうなります」


皆表情が曇る。

カレーは一週間連続でも大丈夫でも、他はきついか。


「わかった。美味くなるなら、ぜんぜん良いわ」

すずりさんは言った。

皆頷いた。


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