味覚の記憶
俺らは、包み終わり、それぞれの部屋に戻った。
夕方になり、
すずりさんと、向さんが帰ってきた。
向さんはいつものように、カップ酒を持っている。
「なんかカレーの匂いがする。私、荷物置いてくる」
すずりさんは、部屋へと戻る。
「ひさしぶりだな。カレー」
向さんは、食堂の椅子に座った。
「男三人で作ったカレーですから、婆ちゃんの味が再現できてるかどうか」
俺はカレーを温めなおす。
カレーの匂いと共に、つれさん、ひぐらしさんもやってきた。
「できたんすね」
「なんか美味そうな匂いですね」
続いて、すずりさんもやってくる。
「わぁ、婆ちゃんのカレーの匂いだ」
ウレシイ事を言ってくれる。
俺たちは、カレーを皿に盛りつける。
心さんは、いつも少し遅い。
俺たちは先に頂くことにする。
「いただきます」
俺らは一斉にカレーを食いだした。
美味い。
普通に美味い。
でも、
婆ちゃんのカレーには少し遠い。
「婆ちゃんのカレーじゃない」
すずりさんは言った。
「なにかが違うな」
向さんはカップ酒を片手に、
匂いを嗅いでいる。
「保温はした。レシピ通りにした。隠し味にインスタントコーヒーも入れた。なのに何故」
ひぐらしさんは首を傾げる。
「まぁいいんじゃねぇか。美味いのは美味いし」
向さんは、カレーを口に運ぶ。
「ねぇ。福神漬けは入れた?」
すずりさんは言った。
「俺は福神漬け食わないから、入れてない」
「うんうん、違うの。婆ちゃんは隠し味に福神漬けの汁をほんの少し入れてたの」
皆のスプーンの動きが止まった。
冷蔵庫に視線が集中する。
俺は冷蔵庫に近づく。
冷蔵庫を開ける。
冷蔵庫には福神漬けがあった。
ただ中身を見ると、ほんの少し、あと一人前。
「どうする?」
俺は一人前の福神漬けを前に、言葉を失う。
「じゃあ、私が試してみる」
すずりさんは言った。
皆頷く。
すずりさんは、残りの福神漬けを汁ごと投入した。
そして、その汁をカレーに混ぜこむ。
そして一口。
皆の視線が、すずりさんの口元に集中する。
ごくり。
唾を飲みこむ。
すずりさんは目を閉じる。
(かちかちかち)
時計の針の音がはっきりと聞こえる。
時間がゆっくりに感じる。
「これ。これ婆ちゃんの味」
すずりさんは言った。
皆の視線が、すずりさんのカレーに集中する。
「一口食べてみて」
すずりさんは言った。
おいおい。良い歳したオッサン達が、
女子高生の食べてたカレーを食べるなんて。
絵面的にアウトだろ。
皆そんな顔をした。
「もう。ちゃんと自分のスプーンで食べてよ」
すずりさんは言った。
その言葉に安心してか、
皆スプーンを洗い、すずりさんのカレーをすくう。
「米は取らないでね」
俺たちは、
カレーを一口食った。
沈黙。
皆目を閉じる。
皆の表情は雄弁に語っていた。
「これだ」
つれさんは、
レシートを確認しだす。
「福神漬け、福神漬けは……、
あった! 同じスーパーです」
「じゃあ、私買ってきます」
ひぐらしさんは、スーパーへと走った。
食堂の中は沈黙だった。
婆ちゃんのカレーを再現できた喜びはある。
しかし……、
よくよく考えれば、
この荘の人たちと、ロクに会話したことがない。
接点がない。
なにか会話の糸口を探さなくては。
俺は考える。
まったく思いつかない。
「ねぇ。婆ちゃんとの思い出って何かあります?」
すずりさんは言った。
俺は思い出す。
何かあっただろうか。
「カレーに入った福神漬けを食べなかったら、
次から福神漬けが入ってなかったことかな」
俺は答えた。
「僕は何かと世話を焼かれました。
大家と言えば親も同然。店子と言えば子も同然。そんな風に言われて」
つれさんは頭をかく。
「俺は天井の雨漏り直してくれと言われて、直したら五千円小遣い貰ったことかな。いらねぇよ。と突っ返したら、カップ酒が五千円分。レシートをお釣りと共に部屋の前に置いてあった」
向さんは懐かしそうに笑った。
「私は、このメラミン食器」
すずりさんは、カレーの皿を触る。
「メラミン食器?」
俺は呟く。
「そう。メラミン食器って割れないでしょ。私その頃、喧嘩して人間関係が壊れちゃったの。それで婆ちゃんに、
割れない食器っていいね。
この食器みたいに、人間関係も壊れなかったらいいのに。
そう言ったの」
「それでどう言われた?」
向さんは、カップ酒を一口飲んだ。
「そう?
うちはこういう所だから、この食器使ってるけど、
壊れるのがいいって事もあるのよ。
人間関係も壊れるから、大事にするし。
壊れるから、新しい出会いもある。
それに自分の人生だってそうよ。
もし私がずっと200歳まで生きたら、きっと飽きちゃうわ。
だからな、壊れるってことは、まんざら悪くもないのよ。
そう言われた」
すずりさんは、懐かしそうに言った。
「婆ちゃんっぽいな。
壊れることは、まんざら悪くもないか……」
俺は呟いた。
「ただいま」
玄関で心さんの声がした。
すずりさんは、食堂のドアを開ける。
「心さん。おかえり! 婆ちゃんのカレー再現できたよ」
すずりさんは嬉しそうに言った。
「へぇそうなんだ。荷物置いたらすぐに行きます。
あっそうだ。これお土産です。
食後に皆で食べましょう」
心さんは、スーパーの袋をすずりさんに手渡した。
数分後、
心さんは着替えを済ませて、食堂へやってきた。
食堂の様子を見て、
「もしかして、待ってくれたんですか?」
そう言った。
「今は福神漬け待ち」
すずりさんは笑った。
「はは。そうですか」
照れくさそうに心さんは笑った。
「それで心さん。このお菓子は?」
「これはうちの会社のB品です。パッケージの印字ミス。ほら、ここの表記のデータが間違ってしまって、廃棄処分はモッタイナイからと、従業員に配られたんですよ」
「へぇ。そんなB品もあるんですね」
俺は言った。
「このパターンは珍しいです。だいたいは焼きすぎとかなんですけどね」
「レアパターンいいっすね」
つれさんは身を乗り出した。




