婆ちゃんの隠し事
「この一文字は『玉』っぽいですね」
「っぽいです」
「この払い方は『人』じゃないですか?」
「トだと思ってましたが、たしかに……」
「じゃがいも、にんじん、たまねぎ……カレーの材料と一致します」
「おぉ、なるほど。こうやって、少しずつ解読していけば、謎は解けそうですね。
つまり、婆ちゃんのシステムはコピーできる」
「う~ん。それはどうだろうか?」
なるさんは言った。
二人ともなるさんを見る。
「いや。確かに婆ちゃんのシステムは表面上はコピーできる。でもな、婆ちゃん、カレーにこのレシピ以外のものを入れてたぞ」
「なるさんは、婆ちゃんが料理しているのを見たことがあるんですか?」
僕は尋ねる。
「うん。何度かな。なんか黒い粉みたいなのを入れてた」
「黒い粉、なんだろう」
「この台所にある黒い粉を探してみたらどうですか?」
ひぐらしさんは、台所をあさりはじめた。
僕らも続く。
「これどうですか? 黒砂糖」
「こっちは違うよな。インスタント珈琲だ」
「他には? ないな。この二つか。
黒砂糖、インスタント珈琲どっちだ」
ひぐらしさんは、再び検索を始める。
「あぁ、あったあった。これだ。インスタント珈琲だ。なんかコクが出るって」
「よかった。これで謎が解けましたね。まぁ完コピはムリでも、少しずつやればいいんじゃないですか?」
「なんか。婆ちゃんとあんまりしゃべんなかったけど、会話してるみたいだ。なんか色々工夫してたんだな」
なるさんは、
ため息をついた。
「なんか婆ちゃんの隠し事を暴いちゃったみたいな気がします」
ひぐらしさんは笑った。
隠し事か……。
僕は自分も隠し事が多い事を思い出した。
「僕も隠し事あるからな。婆ちゃんの気持ちわかります」
「俺も隠し事だらけだ」
「私もです」
皆笑った。
「亡くなってから、こうやって謎が暴かれるのって、どんな気分なんでしょうね」
「どうだろうな。偉い王様にでもなった気分じゃねぇの?」
「それはツタンカーメン的な?」
ひぐらしさんは笑った。
ひぐらしさんが、そういう言葉を使うのは意外だった。
「ひぐらしさんって、もう少し、堅い人だと思ってました」
僕は思わず漏らす。
「以前官庁に勤めていましたから、古巣のニオイが取れないのかもしれませんね」
ひぐらしさんは目を細めた。
「官庁に勤めてたのに……」
なるさんはそう言いかけ、言葉を飲み込んだ。
「はは。
これは別に隠し事をしてた訳じゃないんですが、実は政治がらみで上司とやり合って、干されちゃった。
よくある話ですよ」
その顔は笑ってはいたが、
なにか切なげであった。
こんな顔を僕は何度か見たことがある。
会社に辞表を提出した日、
直属の課長もこんな切なげな顔をしていた。
「胃が痛いよな。
わかるよ。
営業とクライアントが脳無しなばっかりに、お前らに苦労かけてすまないと思ってる。
でもな。俺もどうしようもないんだ。
抗議すれば、俺が干されちまう。
お前らと俺の人生を天秤にかけて、俺の人生を常に選んでしまうんだ」
そう言っていた。
「組織って残酷ですね」
僕はそう呟いた。
「たぶん婆ちゃん、スッキリしたんじゃないかな」
ひぐらしさんは、食堂に飾られた婆ちゃんの写真を見た。
「なんでそう思う?」
なるさんは、ひぐらしさんを横目で見る。
「いや。私が今スッキリしたからですよ」
ひぐらしさんを見る。
たしかに、その顔は少しスッキリしたような顔をしていた。
「僕は、SEでデスマーチで胃が耐えられなくなって、会社辞めました」
「俺はパワハラで辞めた。でも辞めてから、その件を会社に全部送ってやった」
そう二人は続いた。
ひぐらしさんは、少し驚いたように、でも嬉しそうに笑った。
「本当だな。スッキリした。婆ちゃんもきっとスッキリしてるわ」
なるさんは笑った。
そこから、しばらく僕たちは隠し事の告白を続けた。
「同胞」
ひぐらしさんは、そう呟いた。
同じ月を包むと書いて同胞。
吉田荘が月なのか、あゆむが月なのかはわからない。
もしかすると月とは、志のことなのかもしれないし、
月は女王や女性を意味するのかもしれない。
まったく意味はわからないけども。
同胞という言葉は、しばらく僕の心を暖めた。
一人きりで孤独だと思っていたのに、
こんなに近くに、そんな仲間ができるなんて。
婆ちゃんが残してくれたのは、家じゃない。
居場所だったんだなって、
そう思えた。
(ぽつぽつぽつ)
大きな雨音がし始めた。
僕はスマホを開く。
「明日は雨みたいですね」
「じゃあ明日は買い物か」
「私、午前中なら行けますけど」
「俺も行く」
「僕も行きます」
「じゃあ三人で行きましょう」
僕たちは三人で買い物に出かける約束をした。
……
明朝。
僕たちは、婆ちゃんがよく使っていた近くのスーパーに向かった。
ただ予想に反して、
値引きシールは貼られていない。
僕たちはがっくりと肩を落とし、肉のパックを見る。
近所のおばちゃんが通りかかる。
「あらあなたたち。吉田さんの所の……」
そう声をかけられた。
僕たちは挨拶をする。
「お婆ちゃん残念だったわね」
「そうですね」
ひぐらしさんは苦笑いをした。
「それで、吉田荘は続けるの?」
「はい。私たちが、管理人のような事をするということでおさまりました」
ひぐらしさんは答えた。
「吉田のお婆ちゃんも、よく雨の日に来てたわね」
「ご存じなんですか?」
僕は言った。
「そりゃそうよ。雨の日に来るの。吉田のお婆ちゃんから教わったんだから」
「でも、値引きがされてないんですよ」
「そりゃそうよ。
ここはね。スーパーとの駆け引きなの。
でも時間が経つと、必ず落ちる。
ほらあそこ見てごらんなさい。店員がドアを出たり入ったりしてる」
僕たちは指されたほうを見る。たしかに店員の様子がおかしい。
「いったん離れるわよ」
おばさんは、僕たちをお菓子コーナーに誘導した。
「ここでお菓子を見るふりをして、値引きシールが貼られるのを待つの」
「ほう。なるほど。プロですね」
ひぐらしさんは感心している。
「プロじゃないわよ。本当のプロは吉田のお婆ちゃん。彼女は本物よ」
おばさんは、じっと店員を観察している。
その様子はまるで張り込み中の刑事。
もしくは諜報活動中のスパイのようだった。




