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3/12

食事と調理


会議の終わったあと、

僕は不安で胃が痛くなっていた。

僕は胃が弱い。

業界大手のエンジニアの仕事を辞めたのも、デスマーチに胃が耐え切れなくなったから。


以前、高校からの友人に言われた。

「君は思考過多だ。

東洋医学の考えによると、思考は胃にくる。

論理的に考えるのも良いが、思考過多は減らしたほうが良い」


なるほど、理屈はあっている。

しかし、

僕に思考を減らしたほうが良いというのは、

なかなかの難題だ。


僕が不安になったのは、

食事のシステムだ。


前任者のシステムを承継するか、

新しいシステムを構築するか。

前任者のシステムを承継するのであれば、

不安要素は激減する。

しかし、

新しいシステムを構築するのであれば、

不安要素は増大する。


僕は食堂に行き、

婆ちゃんのレシピと献立表、

そしてレシートを取り出した。


食堂で一人、

レシピを見る。

めくる。

まためくる。


読めない。

読めない。

まったく読めない。


みみずの這ったような字。

おそらく、

達筆というのだろうが、

デジタル世代の僕には、

罰ゲームのようだった。


僕はレシートを見る。

レシートであれば、

どんな食材を、

どこでどの程度、

どのくらいの価格で購入しているか、

一目瞭然でわかる。


見てみると、

近くのスーパーで、

半額、20%引き、30%引き、

ばかりだった。


僕は不思議に思った。

なぜこんなに半額、20%引き、30%引きで買えるのか?


僕はなるさんを呼びに行った。


(こんこんこん)


「はい。あいてるよ」

なるさんの声がする。


「おじゃまします。つれです。あの食材の調達について、疑問があって」


「あぁ、ここは狭いから、食堂のほうに行こう」


なるさんの部屋には、

物であふれかえっていた。

壁に設置された棚には、おびただしい量の箱と本。

そして無数の段ボールがあり、

隅っこのほうに、寝袋が転がっていた。


「あぁ、これ。全部商品。人の住むところじゃないだろ。まるで倉庫だ」

なるさんは笑った。


「なるさんも寝袋なんすね。僕もSEの頃から、ずっと寝袋です」


「身体は痛くなるけど、案外良いよな」


「枕どうしてます?」


「俺はエアー枕。つれさんは?」


「僕はタオル丸めて使ってます」


「へぇ。あとで試させてよ」


「いいっすよ。僕もエアー枕試させてください」


僕たちは食堂についた。

なるさんは、お腹が空いたとカップラーメンを持ってきた。

見かけないパッケージだ。


「珍しいラーメンですね」


「あぁこれ。近所のディスカウントストアで売ってて、まぁマズくはなかったから、箱買いしたの」


なるさんは、カップラーメンにお湯を注ぎ、スマホのタイマーをあわせる。


「いくらなんすか?」


「87円」


「安いっすね」


「だろ」


「それで、このレシート見てどう思います?」


なるさんは、箸を顎にあて、レシートをじっと見つめていた。


「すげぇな。バーゲンハンターだ」


「ですよね。なぜこんなに安く買えてるんでしょうか?」


「こういうのはなぁ。時間だな、タイムセールなんじゃないか?」

なるさんは、レシートの時間を確認しだす。


「あれ?時間はバラバラだな。じゃあ曜日か?」


(ぷるるるるる)

アラームの音がする。

なるさんは、

カップラーメンの蓋を開け、ラーメンを食べだす。

醤油の良いにおいがする。


(ずるずるずる)

なるさんは、何口か食べる。


「味見してみる?」


「いいんすか?」

なるさんは、カップラーメンを差し出す。


(ずるずるずる)

僕は、一口食べる。


「ありがとうございます。美味いですね」


「一口じゃわからないだろ。もう一口食え、それにスープも」

なるさんは、レシートを見ながら言った。


この人、

良い人だ。

そう思った。


僕は一口とスープも貰った。


たしかに、二口食べ、スープを飲めば、感覚は変わった。


「たしかに、味の認識が変わりますね。なかなか美味いです」


「だろ……。

あのさ、過去の天気ってわかる?」


「えっと、ちょっと待ってください。この付近で良いんですよね」

僕はスマホで検索を始める。


「そう。この日付で調べてみて」


「これです。この日は朝は晴れてますが、午後から雨ですね」


「じゃあ、この日は?」


「その日も一日雨ですね」


「これは?」


「その日もです」


「これだな」


「えっ、雨ですか……。つまり婆ちゃんは雨の日を狙っていたと」


「うん。そうだと思う。そういえば婆ちゃん、だいたい雨の日に買い物行ってたよな」


「そう言われてみれば、雨の日に大変だなと思ってたんですよ」


「あれ違うな。雨の日を選んでいたんだ」


「そういえば、台風が近づいた日も行ってましたよね」


「さすがに荒れまくってる日は、出かけてなかったけど、雨の日狙いだったんだな」


「じゃあ、この買い方が一番安いんですか?」


「どうだろう。

ディスカウントでまとめ買いと、勝負してみないとわからないな。

でもディスカウントでまとめ買いは体力がいるから、婆ちゃんの体力でという前提なら、この買い方は賢いと思うけどな」


「なるほど。あと、このレシピ読めます?」


僕はレシピを差し出す。


なるさんは目を細める。


「達筆だな。まったく読めない。ひぐらしさんか、向さんならどうかな?」

そう言われ、

僕たちは、向さんのところへ聞きに行く。


「うわ。婆ちゃんの字か。達筆だから読めねぇな」

とあっさり言われた。


次は、

ひぐらしさんのところだ。


「レシピの判別ですか?

見せてください。たしかに読めないですね。

あの献立表があったんじゃなかったですか?」


「あぁあります。持ってきます」


「いや。私も行きます」

ひぐらしさんは食堂についてきてくれた。


「たしか先々週の金曜日はカレーでしたよね」


「そうですね」


「じゃあ、この字はカレーですね」


「おぉ、なるほど」


「あとはちょっと待ってください。カレーのレシピを見てみます」

ひぐらしさんは、スマホでカレーのレシピを検索しだす。


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