表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/5

生徒会長は人たらし

生徒会副会長の朝は早い。


と言っても今日は普段より特別早い。ポツポツと食堂で出す朝ごはんを作りに来ている料理部部員達の中に伊波は混じっている。手元には所謂曲げわっぱと呼ばれる木の弁当箱が色とりどりの食材で彩られていた。あの弁当さえも完璧に作ってしまう生徒会長を甘やかす為に一週間と言う準備期間を設けてやっと及第点――料理部部長曰く――のそれを作り上げたのだ。


緊張した面持ちでそれに蓋をして、伊波はため息を吐いた。安堵なのかそれとも不安なのか、伊波はどっちもだと思う。一週間と言う期間で及第点を出せた安堵とこれで生徒会長を少しでも懐柔できるかと言う不安。たまたま居合わせた恋バナ好きの料理部部長にさえ教えを乞いたのだから成功してくれなきゃ困ると伊波は思う。


仮にこれが成功してしまえば、そう一週間の間に一日か二日でも彼女に弁当を作るようにできればついに伊波は彼女の日常の一部を担うことができるのだ。ある意味一番ハードルが高いとも言えるそれを実行できれば後は芋づる式、ゆっくりじっくりことことと岬を堕落させてしまえば良いとほくそ笑みながら生徒会室の戸を開いた。


「――あら、今日も朝早いですね。いつもお疲れ様です」


それはこっちのセリフだと伊波は思う。これでも朝練の生徒より少し早くには登校していると言うのにそれが至って普通かのように椅子に腰を掛けている岬を見て眼を見張るのは一体何回目か。それに今日は普段より遥かに早い。そもそも普通の生徒は朝食を食べている筈だと言うのに、改めて実感する岬の超人ぶりに自ずと伊波の身は引き締まる。


「昼食、作っておきましたから後で感想くださいね」


綺麗に包まれた曲げわっぱを見せびらかして彼女の机に置く。すると岬は作業の手を止めて眼を見開いた。置かれたそれと伊波の間で視線を右往左往させながら笑う。


「ほ、本当に作ってくれたんですね」

「それは勿論、約束しましたからね」


少し困ったように眉をひそめて


「別に疑っていた訳じゃないのです……その、あまりこう言う事をしてもらった事が無いし、してもらう義理も無いですし」


本当に反応に困っているのか感謝をしてくれる彼女の頭には常にはてなが浮いているような気がした。この生徒会長、朴念仁と言うよりもはやラノベ主人公なのではないかと思う。実のところを恨みを持っている伊波とは違い他の生徒からは正に仏のように慕われている彼女なのだから弁当や飯を貰う事は多いと思っていた。……もしや昨日のように頑なに拒否しているのだろうかと思うと改めて多少強引に約束を取り付けられて良かったと思い少し安堵した。


「会長はもう少し甘えても良いんですよ」

「甘える、ですか。あまりそうやって甘える自分が想像できないです」


これは長くなるな、と伊波は思う。肩を竦めて席に着いた。定期的に弁当を作る約束をするためにどうするか、もし失敗した場合はどんなアプローチに出るか。ジンジンと痛み始める頭を振って、書類を一つ取った。


「なんかやけに多くないですか、書類」

「最近部員強化の為に多くの部活が新たな予算案を通してくるんです、まだ始まったばかりなのに熱心な物ですね」


つまるところ会計の仕事ではないかと。伊波は奴らの姿が見えないソファに眼をやってため息を吐く。そろそろやってきた福が尻尾を巻いて逃げていきそうだなと思いながら。


「そういえば会長、料理部からも新しい予算案が一つ――」


部活動が活発すぎるのもまあ大変だと思いながらやがて授業開始の十分前になるまで書類を処理していた。


授業と言えば常に成績上位を求められる伊波は存外授業を良く聞いて良くノートにしている。それこそ副会長を目指す前は夢にも思わなかった習慣だが今になればこれが普通でもあった。


そうこうしていれば勿論時間が過ぎるのだって早い。窓から見れば太陽は既に真上に昇っていた。昼休みのチャイム、終わる授業。それぞれが食堂や教室で弁当を広げるなか勿論伊波は生徒会室に向かう。


「あ、ちょっと待ってよ副会長クン」

「――貴方は」


道半ば少し厄介なのに出会ったと思うが足は止める。それは一重に彼女が料理部の部長その人であるからだ。何しろ岬が満足するであろう弁当を作るために頼った人こそが彼女、蔑ろにすることはできないなと思い手招きをする彼女の席、及びその正面。向かい合うように座った。


――深山木葉


真ん丸な垂れ目に丸い顔、かわいらしく親しみやすい狸顔と痩せすぎず太すぎず。何故か着ているエプロンがウエストを締め付けて丸っこい体のライン強調させていた。にやりと笑い眼を細める表情が印象的な三年の先輩である。


「わざわざ足を止めてくれてありがとう、例の件についてどうだったのか気になってね」


例の件について、十中八九弁当の件についてだと伊波は確信していた。なにも彼女だって無償で自分の料理の技術を教えるほどバカではない。追加の部費の交渉を餌に彼女は協力を申し出た。何はとまあれ恋バナ好きでもあるらしく部費と恋バナ、理由としてはその二つで半々であると言っていた。


「それについては安心してください、ちゃんと言っておきましたし了承してくれましたよ」


眼を細めたまま更に笑顔が増す


「そうかそうか!やっぱ君は話が分かる人間だね、副会長クン」

「まあ実績としては申し分無いらしかったので俺を通さなくても直接言えば良かったんでは?」


料理部はコンテストに加えて食堂での働き、そして各行事でもほぼ必ず活躍している部活なのだから岬としても部費の増量は問題なかったのだ。


深山は手を前に出してあわあわとそれを振る


「いやいや、あの人いつも忙しそうだろ?いつもいつも肝心なタイミングを逃してしまってね……それに他の役員はまったく顔を見せないし」


困り顔で言ったそれを聞いて伊波はああ、と納得していた。岬はそもそも神格化されすぎているし二条兄妹は常に生徒会室に籠っている。そもそも書記は未だに顔を見せていないのだからつまり


「――僕としてはほんッとうに副会長クンが居てくれて良かったと思うのだよ?話しやすいし面白そうな話しも多いだろう?ああそうだ、もう一つ部費の増量についてなんだが」

「ってちょいちょいちょい!」


どさくさに紛れて部費増量と書かれた紙を取り出してくる深山を伊波は止めた。またキリキリと痛み始める胃を押さえながら苦笑を浮かべ


「貴方良く図々しいって言われません?」

「ん~?いやまさか、副会長クンが話しやすすぎるせいだろうかね?」


すっとぼける深山にこれ以上言っても効果はないだろうとため息を吐く。そしてその書類を取り上げ眼を通した、案外高いわけではなく新しい食材の取り寄せについて……これなら少し時間を置けばなんとかなるだろうと思案して伊波はそれを自分の前に置いた。


何はどうあれ深山にはこれから振り回されそうだとも思いながらも他の料理を伝授してもらう約束もしているのだからある程度のお願いを聞くのはやぶさかではない。


嬉しそうに手を合わせる彼女に尻尾があれば、高速で揺れていただろう。


「……あまり期待しないでくださいよ?」

「いやあやっぱり副会長クンは話が分かるッ!よっ!色男!弁当気に入って貰えるといいね!」


上機嫌な彼女に少しばかり敵わないなとも思い確かに想いを込めて紡がれた言葉に心が暖まると同時に――恋をしていると嘘をついている罪悪感にも苛まれた。


少し俯いて、伊波は歩を進める。せめて役には立ってやろうとその真新しい書類を持って。


「少し遅れました」


三回ノックして戸を開けるといつものように岬が席に座っていた。姿勢をただし、目の前に書類ではなく手渡した弁当を置いている以外は。


怪訝な眼を浮かべながら伊波は書類を自分の机に置いて問いかける。


「ど、どうしたんですか?そんなに改まって」

「ああ……その、男性の方の手料理を食べるの始めてなんです」


そう言いながらも蓋をされた曲げわっぱ睨み付ける岬。多分普通の生徒がされたら泣いて詫びるだろう目付き、案外彼女にも女の子らしい部分があるのだなと伊波は思い。その蓋を開けてしまう


「なんだか分かりませんが、ただの弁当なんですから食べてくださいよ」

「……!す、凄い綺麗ですね」


予想していなかったのか、料理において大事な色のバランス、そして健康バランスが整えられた弁当を見て彼女は眼を見開いた。それを見ると伊波は少し安堵してまた身を引き締めた。見映えと健康よりも大事な味がこの後には待っているのだから。


岬も覚悟を決めたのか恐る恐ると言った風にだし巻き卵を手に取り、一口。丁寧に咀嚼する様を伊波は固唾を飲んで見ていた。箸を置くことなく鮭の塩焼きを一口。……行儀良く食べて、一拍


「落ち着きます。本当に美味しいです、伊波君」


蕩けるように微笑んで見せた。それだけ言い残して食べる、食べる、食べる。ピンと張っていた背は少し丸まっていつも張り積めていた表情には穏やかな笑みが浮かんでいる。


それを見て伊波は不覚にも、そう。大変至極不覚にも。目の前の女の子が、かわいいと思ってしまった。


それでも、伊波は頭を振って邪念を振り払う。


「良かったら定期的に作りますよ……いや、一週間に一日二日程度でも良いんで作らせてください」


頭を下げた


きっと、復讐のために


「――い、いいんでふかっ!!!」


始めてみる表情、態度、所作だった。眼を見開いてだし巻き玉子を口に含んだまま胃に入れ忘れた彼女は酷く滑稽で。


「ぁ、はい。ククッ、良いんですよ会長。だからそんながっつかないでください」


きっと、復讐のため


今日は笑って、伊波は勝利を確信した。





奥から、ソファから来るつんざくような目線を無視して伊波は岬が弁当を食べ終えるまで待っていた。


先ほどの食いしん坊は身を潜めいつもの岬が弁当を食べ終わり、合掌。


「久しぶりに自分以外の料理を食べたのです、ありがとうございます伊波君」

「これぐらいなら全然、満足しましたか?」

「ええ、毎日食べても飽きないでしょうね」


微笑む彼女に一瞬伊波はたじろいだ。薄々気づいていたが中々人たらしだと伊波は思う。伊波の計算されたそれとは違い純粋な、勝ち目のないたらし。だが伊波が恋に落ちるほどではない、今でも伊波はこれからどうやって更に彼女の日常を侵食するか考えている。


そんな時、岬が突然立ち上がり伊波の前に立った。身長差のせいか岬が大きく伊波を見上げたまま。端から見ればどちらかが生徒会長かなんて分からないだろうなんて伊波は頭の片隅で思う。


目の前に立った彼女に何を言うかも分からず、岬は言った。


「放課後、私に付き合うのです」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ