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二条兄は見たッ!

それは伊波が副会長として任を任されてからほんの一週間後の事だ。初日には大量に積まれていた書類の山も今は書類の丘と呼べる程度には少なくなっていた。いつも通り二人分のお茶を淹れながら伊波はこの数日間の事を考える。朝一番に生徒会へと顔を出し、放課後にはいの一番に書類仕事を片付ける。疲れていそうな時には労い、常に自分を頼るように言ってきた。


「いつもありがとうございますです」

「いえいえ」


自分の席に座り一息。伊波は横目で岬を見る。早とちりなのかもしれないと本人は思うがすでに数日間。まったくもって距離が縮まった気がしないと言うのが焦燥感を掻き立てていた。任せられる仕事が増えた訳ではない、話し方が柔らかくなることもない。ずっと、席に座りなにも言わずに岬は仕事を片付けるのみである。


各々の部活動に対する予算案についても初めの三日で知らない間に終わらせていた。言ってしまえばこれ以上甘やかす部分がなかった。噂通りもしくは以上に非の打ち所のない完璧超人だと伊波は思う。


「……少し席を外します」

「ああ、はいどうぞ」


桟唐戸が閉まり、伊波は更に息を吐いた。岬が居なくなり張っていた体が緩まった気分だ。


といっても仕事の手を緩めることはなく少しだけ()()()()が響く空間で淡々と書類を処理していた。


そうしていると自分の制服の袖を引っ張られる感覚を覚えた。横を見れば丸一週間会計としての仕事を放棄していた二条兄妹の妹。二条二科が立っている。なんの事かと伊波は彼女らが根城としているソファを見ると兄の姿は無かった。二科へと踵を返す、彼女の片手にはゲーム機が握られていた。


「……どうしたんだ急に」


兄の方とはこの一週間事あるごとに絡まれているせいか少し打ち解けていると言う節はあるが二科とはあまり話したことがないなと伊波は思った。つまり話題がないのだ。どこか掴み所の無い瞳を向けたまま二科は言う。


「一郎は岬ちゃんが好きなの?」

「………………」


伊波は押し黙る、一郎と名前を呼び捨てにされたからではない。二科の目に確信が宿った気がして今までの自分を客観視してみることにした。……確かに今までの行動、言動を省みれば二科がそう勘違いするのも当然だ。


その上で更に思考する。この勘違いは利益となるかならないか、伊波の頭のなかでその天秤は確かに利益に傾いたのだ。


()()、バレバレだったかな?」


伊波はあえてその勘違いを利用することに決めた。岬を依存させると言うこと、それは自分に恋をさせることでもある。だからこそここで腐っても自分より岬を知っているだろう二科の協力を得ることができれば心強い。逆であった場合は更に現状は厳しくなるのだが、進展させる為の博打でもあった。


伊波は決して岬が好きではない。ただ尊敬はしていた。少しはにかむように微笑む


「わざわざ聞いてきたって事は助け船を期待しても良いのかな?」

「勿論、私は生きる計算機の片割れなの。大船に乗ったつもりで居ることね」


意味深な笑顔、怠そうにしていた目を少し見開く彼女を見て伊波は唾を飲んだ。勿論なんの対価も無しに手助けを期待するほど彼の頭はお花畑ではない。


二科は親指と人差し指をくっつけて笑った。多分始めてみる満開の笑顔だ。


なる程なと伊波は思う。根城となる彼女達のソファを見るとゲーム機とそのソフトが乱雑に散らばっている。勿論それだけのソフトを買うには金が必要で――


「いくらかな?」

「とりあえず五は欲しいの」

「……もうちょっと加減できないか?」

「じゃあ四、超絶スーパーアルティメットセールなの」


たったの二割引きじゃないか、と伊波はため息をついた。勿論財布にそんな大金を入れて歩けるほど彼は裕福ではない。


そろそろバイト増やすか、とキリキリ痛む自分の腹をさすりながら胃薬を手に取った。


「明日、払うから今教えてくれ」

「……分かった、払わなかったら覚悟するの」


二科に屈むよう手招きされ、自分たち二人しか居ないと言うのに耳打ちをされた。確かに有益な情報とアドバイスは岬が帰ってくるまで続き翌日の彼女はそれはもうホクホク顔で居たと言うことだけを言っておこう。







二科のアドバイスを聞いた後。生徒会の仕事もある程度終わりを迎え伊波は帰路についていた。帰路、と言っても学園の石畳を出口から右に進めばある寮である。


校舎と同じく和風で作られた寮は一見上等な宿とも思える風体である。男子寮と女子寮に分けられたそれはその規模と比例するように多くの生徒が住まう場所でもある。海に沿ったこの学園はそれほど他の県からの入学生が多いと言うことだ。


学園と同じように中に入っても人の声は途絶えない、温泉宿のように設置された卓球台では多くの生徒が遊んでいるし普通に温泉もある。その温泉こそが入寮希望者を引き上げているらしい、と知り合いの寮生から聞いた。


普通ここをまっすぐに進み階段を昇れば部屋に行けるのだが伊波はそこを左に曲がった。進めば進むほど食べ物の匂いが漂ってくるのだから目的地は勿論、食堂一択である。


こちらを見ると慌てて席を譲ろうとする善良な生徒達を咎めながら伊波は厨房へと向かった。


「おう?注文なら前から――って副会長さんじゃないか」


この寮において数少ない大人、頭に手拭いを巻いた少し体格が太めの男こそがこの食堂の料理長である。彼の後ろでは料理部や委員の生徒が忙しなく料理をしていた。各言う伊波も皿洗いのアルバイトとして度々お世話になっている場所である。


何故ここに居るのか?


二科曰く岬はドが付くほどの朴念仁らしい。それに関してはなんの浮わついた噂も無いと言うことを聞いてからは薄々感づいていたのだが。


多少強引に行かなきゃ堕ちることはないと聞いた伊波は二科のアドバイスのお陰もあり彼女に弁当を作ることにした。


「すまんが皿洗いなら今日はもう空きがないぞ?」

「いえいえ、今日は皿洗いじゃなくて」

「ほう――へぇ?副会長さんもそんな時期になったのかい」


()()()()類いの相談が絶えないのがこの厨房であると伊波は知っている。料理長は言わずもがなせっせと支度をしている料理部、主に女子の目がキラリと光った。


「ええ、予想通り。後で厨房を使わせてもらって良いでしょうか?」


料理長も言わずもがな、にやりと笑って小指を立てるその姿。やっぱりお節介な人だなと伊波は思う。


「勿論、作りたい人が居るんです」


キャアーと叫ぶ背後の女子連中に白い目を向けて伊波は今日何度目かになるため息を吐いて身を引き締める。


完璧超人と謳われる生徒会長。


無論彼女の弁当を見たことのある伊波は舌を巻いた。確かな彩りと計算され尽くした栄養。伊波は今からそれと同レベルと言えなくとも彼女が感心してまた食べると思いたくなるほどの弁当を作らなければいけないのだから









関係を進展させると言う決意を胸に伊波が料理を始めた一週間後。なにも知らない二条兄妹の兄こと一斗は性懲りもなく会計の仕事を放棄してゲームをしていた。……と言ってもなにも感ずか無いほど一斗は鈍くない。


「兄ぃ、何乙ってるの……!」

「まだ一乙だ妹よ」


この一週間で何故か()()()()()()()()妹を彼は見る。毎日毎日惣菜パンで済ましている筈だった二人。ところがちょうど一週間前からどこからともなく謎の弁当を持ってき始めたのだ。無論彼女が料理に感心を移すとは思っていない。そもそも料理をさせればなにかと変なものを作るのだからそれを処理する一斗は何回も三途の川を渡りかけていた。


それで色々嗅ぎ回ってみた結果が……今日も今日とて懲りずに岬の書類仕事を補佐する新副会長こと伊波なのである。


問いただしはしたが妹はなにも口にしてくれない。一度口を閉ざした妹はよほどの見返りがない限り口を割らないのだからしばらく放置してみる事にしたのだ。


そろそろ終わる頃合いだろう、窓から見える日が紅に染まり沈もうとしていた時。伊波が席を立つ音がした。相変わらず二人分の茶を淹れているようで律儀な物だと一斗は思った。自分も二条も例の書記も、岬に甘えたままだと言うのに彼は良くやっている。


なにも一斗に取ってその理由の目星が付いていない訳ではない。むしろなに食わぬ顔で膝に座っている妹はきっとすでにそれが何かを断定しているだろうと。


ただ一斗は妹とは違うのだ。すぐに答えを憶測で弾き出す判断の早い妹とは違い一斗は列記とした証拠を探し時間を掛けてゆっくりと疑問を解き明かすのが好きな性分だ。


ゲームを一旦止めて、その鋭い目で伊波を観察する。……最初こそ伊波が狙った女を堕として遊ぶような遊び人だと思った時期もある、ただ彼の周りを探って至って純粋な好青年だと気づいた。


ゆっくりと、一つ一つを解き明かしていく最中。息を吐いた。なにも言ってくれない妹の推理眼さえあればもっと楽だと言うのに。


二科が予測し、一斗がそれを確定させる。だからこそ二条兄妹は二人で一つなのだ。


「会長」

「はい?なんですか?」


――動いた


眼を見開いて後ろを見る一斗、そして二条。それを見て一斗は笑う。なるほど、例の弁当の件はこれか。流石の一斗にも仮定が一つ産まれた。


「――明日のお弁当、俺が作りますよ」

「……くっ……クククッ!やりやがったな二科」


面白くなってきた、と一斗は思う。そして確信した。この一週間二科が食べていた弁当、そして身辺を探った時に聞いた――副会長が夜な夜な厨房を借りていると言う噂。伊波一郎はあの生徒会長を堕とそうとしている。


「い、いえそんな。申し訳ないです」

「ちゃんと栄養は考えて作りますよ、いつも忙しいのにお弁当作るのだって疲れるでしょう?」

「そうですけど……でもですね」


中々食い下がらない岬に伊波は王手を掛ける、と一斗は肌身で感じた。この一週間おそらく弁当の練習をしてきた男だ、きっと食い下がらないと言うことも予想していたはず。


「もう食材も買ってしまいましたし、今回だけですから。お願いします」

「あ……しょうがないですね、分かりました。お願いするです」

「ええ、任せてください会長。腕によりをかけますよ」


予測通り会長が折れて伊波の勝ちとなった。きっと明日だってなにかと理由を付けてまた弁当を作ろうとするだろう。となれば流石の会長も何かを自覚するかもしれない。そうなった場合を想像すると一斗は楽しみでしかなかった。


まだ一斗にとって全てが解き明かされたわけではない。伊波一郎は本当に岬が好きなのかもしくは違う理由があるのか、それは解けていないが一旦傍観の立場に身をおくことに決めた。


気づけば笑みを浮かべていた口を更に歪ませて、彼は立ち上がる。


「兄?」


そのまま伊波へと歩いていき肩を叩いた。頭にはてなを浮かべるようにこちらを見た伊波が何故か面白くて。


「ハッハッハッいやさ、俺めっちゃガリガリだろ?」

「まあ誰から見てもそうだと思うけど」

「じゃ、俺にも弁当作ってちょ――ってイッダァ!」

「あ、兄ぃ……」


あまりにも馴れ馴れしい態度のせいか脛を蹴られて踠く身を呆れたように見る妹。


それでもきっと、この日。二条兄妹にとって伊波一郎はただの新人から面白そうな新人に昇格したのだった。





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