サプライズ
翌日、かずさとハンスは普段通り何一つ変わらず朝食を取っていた。
いや、厳密にはハンスの気持ち以外変わらず、だ。
かずさを正面にして動悸がおさまらないハンスは胸がいっぱいでなかなか食が進まない。
対して目の前のかずさは大きな口を開け、ハムとチーズを乗せた薄切りパン頬張っている。
もくもくと食べ進めていくかずさだったが、全てのパンを食べ終えると、何かを思い出したように声を上げた。
「あ」
その謎の反応に、ハンスは尋ねる。
「何かあったのか」
ハンスからの問いに、今度はかずさが大きく目を逸らして、明らかに都合が悪い顔をした。
ハンスはますます怪訝に思う。
「......ハ、ハンス......。あ、あのね......実は......えっとぉ......」
明らかに言い淀むかずさに、ハンスはただ次の言葉を待つ。
「昨日......ティナ......クリスティーナに、私が能力者だってこと......バレましたっ!ごめんなさいっ」
「はぁ?!」
ハンスは驚きで、つい大きな声を出してしまった。
あんなに釘を差したのに、この目の前のお人好しはまたもやらかしたのだ。
はぁ、とため息をつくとハンスは頭を抱えた。
「あれか、昨日川に入った時なのか......」
かずさはバツが悪そうにして答える。
「う......うん。居てもたっても居られず......ほんとごめんっ!でも、ティナは誰にも言わないって約束してくれたからっ」
ハンスはかずさがクリスティーナを愛称で呼んでいることに気づき、二人がそれなりに関係を深めたことを察した。
「それを信じたってわけか......」
こういう、すぐに人を信用するところはかずさの長所だが、事ここに至っては短所にも成りうる。
「信じて大丈夫......だと思う」
かずさはかずさなりの根拠でその言葉を信じたのだろうが、だからといってハンスが信じる根拠にはなり得ない。
さらに恩人兼思い人の安全がかかっているからには尚更だ。
これは、自分であの王女様に確認するしかない。
「家、行ったんだよな。昼にそのお嬢様のとこに連れてってくれ」
ハンスの真剣な眼差しに、彼は彼なりに自分を案じていることを察し、一抹の不安を抱きながらもかずさは頷かざるを得なかった。
今日の天気は晴れ。暖かい秋の陽気を感じながら二人は元気に出勤した。
食堂の扉を開けて中に入ると、そこには仁王立ちしたエレナが居た。彼女はふっふっふっ、と何やらやら不敵な笑みを浮かべている。
奥のキッチンではレッカーが妻の様子をやれやれといった感じで見つめている。
異様な雰囲気を出すエレナに二人は息を飲む。
「エレナさん、何かーー」
「アンタには要はないよ、ハンスっ」
ハンスが尋ねると、エレナは食い気味に答えた。
「ハ、ハイ」
そう言ってハンスはそそくさと奥の部屋に荷物を置きに行った。
残されたかずさはにじり寄ってくるエレナに思わず後ずさる。
「い、いや......です」
「まだ何も言ってないわよ、かずさちゃん」
にっこりしたエレナはかずさの後ろに回ると背中を押し、店の奥へと押し出す。
エレナはなぜかウキウキした様子だ。
「な、なななんですかっ」
かずさはたまらず声を上げた。
ちょうど、部屋から出てきたハンスとすれ違ったかずさはハンスに表情で助けを求めた。
そんなかずさに、すまん、とハンスは無念の表情を返してキッチンに入って行く。
かずさの訴えも虚しく、二人は部屋の中へと消えて行った。
かずさは部屋に入った瞬間、絶対に嫌なことをされる、と覚悟した。
しかし、部屋に入ると目に映ったのは予想外の光景だった。
そこには、衣装棚の前にハンガーがかけられ、かずさの見慣れた鮮やかな着物たちが掛かっていた。
中には上だけ白衣の小袖で下は赤いスカートという初めて見る形もあったが、何はともあれその光景はかずさにとってこの上ないサプライズであった。
かずさは思わずエレナを見る。
「エレナさん......これ......」
エレナは豊満な胸を張り、自慢げに言う。
「実は馴染みの行商人に頼んで仕入れてもらったの」
かずさは近寄ると着物に触れて懐かしい肌触りを確認しながらエレナに言う。
「でも、値が張ったでしょう......」
エレナは屈託なく笑う。
「なぁに、このくらい。アンタの日ごろの働きに比べれば安いもんだわっ。これからはこれも着て店に出て頂戴っ」
かずさはエレナに向き直ると全力で返事をした。
「はいっ!ありがとうございますっ」
「でもかずさちゃんは何でさっきあんなに怯えてたの?」
着替えのために服を脱ぐかずさは答える。
「いやぁ、エレナさんがすごく笑っているのはてっきり何か、変な思惑があるのかと思っちゃって」
正直に答えたかずさに、口を尖らせるエレナ。
「失敬ねぇ。変な事するわけないじゃない」
言いながらエレナは、かずさが疑問に思った白衣と赤いスカートの衣装に手を伸ばした。
「これなんかおすすめよ。東の国の、なんだったかしら......。あ、そうそう、”ミコ”の伝統服なのよねっ」
「違います」
興奮気味に紹介したエレナにかずさは間髪入れず否定した。
「え、おかしいわね......行商人は確かにそう言ってたわよ、”ミコ”だって」
「違います」
故郷の幼馴染が来ていた衣装にはこんなに露出はない。
彼女はそんな破廉恥ではないっとかずさは頑なに否定した。
かずさはまず白い足袋をはき、着物の下に着る肌着や長襦袢を着付けていく。
そして、桜のデザインがちりばめられた桜色の着物を羽織ると、手慣れたように伊達締めを締め、赤い帯を巻いていく。
慣れた手つきに、エレナは感嘆する。
「上手ねぇ」
そして久しぶりに履く下駄に足を通す。最後にハンスがくれた桜の簪を付けたら完成だ。
化粧はエレナがあらかじめ施してくれた。
久しぶりに感じる着物独特の締め付けにかずさは無性に嬉しくなった。
かずさはエレナを振り返り、礼を言う。
故郷の着物なんて二度と着れないと思っていたのに、こうやってまた心地の良い生地に腕を通すことが出来たのだ。
エレナには感謝しかない。
「エレナさん、本当にありがとうございます!」
喜びを隠しきれないその表情に、エレナも微笑んで返す。
「どういたしまして」
丁寧に頭を下げると、かずさは待ちきれずに部屋を出ていく。
「準備してきますっ」
かずさは普段の足が出た衣装の時は恥ずかしいのに、今は自慢したくて仕方ない。
店に出ると目線を向けてきたレッカーたちにこれ見よがしに袖を持ち上げくるくると回って見せる。
その姿に、レッカーは笑う。
「おうおう、嬢ちゃん嬉しそうだな~。綺麗な服だ!よく似合ってる」
「ありがとうございますっ」
その評価にかずさはにっこり笑うと、次に瞳を輝かせてハンスを見た。
その表情は、どう?どう?と訴えてくる。
「ああ、よく似合ってるぞ」
気を抜くとニヤつきかねないので、ハンスは思わず仏頂面で答えてしまった。
しかし、そんな表情のハンスでも誉めてくれたことに満足したかずさは満足げに、嬉しそうにへへへ、と笑うと言った。
「ありがとう」
今まで見たことのないその笑顔に、ハンスは軽く昇天しかけながらエレナさんグッジョブ、と心の中で親指を立てた。
桜の着物を着たかずさは午後の営業でひと際目を引いた。
学生客は元より、他の客たちもかずさを目で追っている。
「すごいなぁ、あの子、小股ですごい速さで移動してる」
「そのうえ動きがスムーズだから、浮いてるように見えるぜ......すごい芸当だ......」
幸いにもかずさの芸当は特技、として認知されているようだ。
そんなかずさをハンスは仕事の間にいろんな意味でハラハラして見守るのだった。
すみません、次の話でメインイベントへと突入します。
思ったより、いろいろ書いてしまいまして...
あと、、、いつも私の拙いお話を追ってくれる皆様。怠けものの私がここまで書くことが出来たのはあなた方のおかげです。本当に、本当にありがとうございます。
まだまだ続きそうです、どうぞ最後までお付き合いいただけますと、大変嬉しく思います。




