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残された言葉

祭り、最後のお話です。

まずはここまで読んでくださった皆様に心からの感謝を。

本当にありがとうございます。

 どのくらい時間が経ったのだろうか。

 まだランタン流しは続いているため、そこまで時間は経過していないのだろう。

 抱き合っていた二人はお互いに涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を見合わせて思わず笑う。

「ひどい顔...」

「...アンタだって」

 二人はそのまま身体を離すと、座り込んだまま目の前に広がる川と街の景色に目を向けた。

 水面を多くのランタンが揺蕩う(たゆたう)。幻想的で温かな(ひかり)は、まるで街全体を包み込んでいるかのようだ。

「きれいだね...」

「そうだな...」

「ねえ、君のせいで寿命が縮んだから何かお詫びしてよ」

 いたずらっぽくかすさは笑う。

「お詫びってーー」

 かずさは先ほどハンスが買った桜の簪をバッグから取り出す。

「これ、髪につけてよ」

「え......わかったよ」

 ハンスはお願いされるままに簪を手に取る。

 嬉しそうにかずさは笑い、後ろを向いた。

「どこに挿せばいいかわからん...ここらへんか」

 一人簪を様々な向きに変えて悩むハンスがおかしくてかずさはまた笑った。

 決まったのか中央のリボンに添わせる形で簪を挿しながらハンスは言う。

「さっきは助けてくれありがとうな」

 振り返ったかずさはまた街の方に身体を向け膝を抱えるとハンスを見る。

「どういたしまして。私の能力(ちから)は君を救うためにあるからね」

 優しく笑うかずさに(わずか)かに頬を染めたハンスは川の方に顔を逸らす。

「なんだそれ...」

「そして、そんなハンス君に大切な贈り物があります」

 かずさは今度は身体ごとハンスに向き直ると、バッグから巾着袋を出した。

「贈り物...?」

 小首を傾げ怪訝そうなハンスに、かずさは巾着袋から小箱を取り出した。

 それを見た瞬間、ハンスは目を剥いた。

「それ、どこで...なんで…」

「君、これ妹ちゃんの私物、捨てたんでしょ...ダメだよ」

 かずさはあえて疑問には答えず、そのままハンスの目の前で小箱を開ける。

 

 中には小さな手紙が入っている。宛名はーー、


『お兄ちゃんへ』

 

 ハンスは震える手でそれを受け取ると、(かす)れた声でつぶやく。

「ルナ...ルナの字だ...」

 そして胸で抱きしめた。さっきもあんなに泣いたのに、嘘のように涙が止まらない。

「ルナ...ルナぁ...」

 かずさはそっと寄り添い、優しくハンスの背中をさする。

「ね、読んでみなよ」

 ハンスは嗚咽を漏らしながら、ゆっくりと封筒を開ける。

 手紙を開き、その懐かしい妹の筆跡にまた、涙があふれ出てくる。

 視界が歪んでうまく読めない。それでも、腕で涙を拭って、ハンスは読見始めた。



『お兄ちゃんへ』

 この手紙はお兄ちゃんがルナに会いたいと思ったら読めるようになってます。

 お兄ちゃんいつも本当にありがとう。

 お兄ちゃん、ルナがおらんくなって、自分のこと責めよらん?そんなことせんでね。

 ルナはお兄ちゃんがいつも傍にいてくれてすごく幸せやった。

 お母さんがおらんくなってもお兄ちゃん、ルナのために毎日クタクタになるまで働いて、自分のお金も時間も全部使ってくれて。

 お母さんがおらんくなってさびしくて夜に一人で泣いとったの、お兄ちゃん知っとったっちゃろ?だから、8さいの誕生日にくまちゃん、買ってくれたっちゃんね。あの時、すっごくすっごくうれしかった。

 お兄ちゃんは今もルナのために大学の人や商人の人、遠くのお医者さんにまで病気の治し方聞きに行ってくれてるって聞いた。

 

 でもね、ルナわかってる。この病気もう治らん。

 お兄ちゃん、ルナおらんごとなったらきっと、また悲しむやろ?ルナだってお兄ちゃんと離れたくない。残されたお兄ちゃんがすごく心配。

 だから忘れんで。お兄ちゃんはルナをお兄ちゃんのいっぱいいっぱいで幸せにしてくれたこと。お兄ちゃんにはお兄ちゃんが幸せにしてくれたルナとの楽しかった思い出をいっぱいいっぱい思い出してほしいな。そうやってお兄ちゃんもルナの分もたくさんたくさん生きて、幸せになってほしい。

 これはルナからお兄ちゃんへのお願いじゃなく、命令です。おにいちゃんはこれからしょうがいをかけてこの命令をすいこうするとよ。

                        『お兄ちゃんが大好きなルナより』




 読み終わったハンスは再び手紙を胸に抱く。

 涙は既に尽き、嗚咽だけで泣いている。

 便箋にはところどころ涙の乾いた跡があった。それでも努めて、明るい文面にまたハンスはまた胸が苦しくなる。

 

 (ルナ)はどこまで強い人間だったのだろう。最後の最後まで、泣き言一つ言わなかった。辛くても、心配かけないようにいつも笑顔を作ってーー。

 妹が他界してから自分は今まで妹の事さえ思い出さないようにしていた。ずっと現実から、妹の死から目を逸らし続けていた。

 妹はあんなにいい子だったのに、自分のかけがえのない存在だったのに。あんなに幸せな日々を記憶から消し去ろうとした。

 それでも、妹はまだこんな自分を支えてくれる。亡くなった今ですらーー。



「本当に優しい妹だったんだね...」

 かずさはハンスに静かに語りかける。

 かずさにはこの手紙は読めない。しかしハンスの様子を見て、やはりハンスを救う言葉を残していたのだとわかった。

 かずさは既に遠くの川下に行ってしまったランタンを見ながら小さくつぶやいた。

「とっても温かい(ひかり)だったね...」

 




 去っていく者は思い出を残していく。残された者はその思い出を抱えながら生き、次の者へとまた残していく。積み上げてきた記憶はその人そのものだ。時に支え、意志になり、人を導く。

 

ーーなら、それを失う自分はいったい何者になるのだろう。


 年に一度の祭りは最後のイベントを終え、街中からランタンの灯が消えていく。

 人々は各々帰路へ着き、街は静かに夜へと沈んでいく。

ここまで長い文を、時間をかけて読んでくださってありがとうございました。これにて第一章の物語はほぼ終わりました。

引き続きお付き合いいただけると幸いです。

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