街の誕生祭②
かずさはハンスを残して屋台で肉の串焼きを注文していた。
その間、先ほどの事を思い出し、あれはやりすぎたと内省していた。
あのまま自分の口元に着いたマスタードがハンスの口に運ばれるのは、なんだか恥ずかしくて思わず指ごとマスタードを口にしたが、後々考えると此方の方が数倍恥ずかしい事だと気づいた。
もんもんと先ほどの場面を思い出し、更に顔を赤らめるかずさに、
「お嬢ちゃん串焼き二本焼けたよ。おーい。」
串焼きの店主が目の前で香ばしい串焼きを振り、合図する。
ハッと我に帰ったかずさは慌てて硬貨を出し串焼きと交換する。
「ありがとうございます!」
「はい、ありがとう」
かずさはハンスがいる方向を見ると、ハンスはまだ先ほどの場所で固まっている。
自分よりよっぽど動揺しているハンスにさすがに気色悪かったか、と心配になり謝ろうと駆け寄る。
地元の幼馴染たちならまだしも、親しくなったとはいえ知り合って数日のハンスにしていい行為ではなかった。
串焼きを両手に持ったかずさは下からハンスの顔を覗き込む。
「ハンス、さっきはごめんね。さすがに気持ち悪かったよね...」
ばつが悪そうに謝るかずさに、ようやく我に帰ったハンスは顔を逸らした。
「いや、気持ち悪いとかじゃないけど、もうああいう事はするなよ。...驚くから」
「うん、しないよ」
ハンスが自身の行為に嫌悪感を抱いていないことに安堵したかずさは焼きたての串焼きを渡す。
「ありがと」
恥ずかしさが抜けないのか、今度はぶっきらぼうに礼を言うハンスにかずさはにこりとして答えた。
「どういたしまして」
一口、口にしたハンスは頷く。
「これもうまい、さすがアンタの鼻は効く」
「へへ、そうでしょ」
かずさも大きな口を開けてかぶりついた。
「ん~!これも美味しい!」
二人は食べ歩きながら引き続き出店を見ていく。
「そういえば、オレ何も払ってなかったな」
ポケットから財布を出そうとしたハンスをかずさは慌てて止めた。
「いらない、いらないよっ。これは助けてくれたお礼と泊めてくれたお礼と、あとごはん作ってくれたお礼!それに私、ここのお金持っててももう使わないし」
「そうか...」
ハンスはポケットから手を取り出す。
「アンタ、今日でいなくなるのか…」
ハンスは今まで気にかけていなかったその事実に、自分でも理由がわからずショックを受けている。
かずさもあえて目線を合わさずに出店を眺めて答えた。
「うん...」
そう、かずさはハンスと遅かれ早かれ別れる運命なのだ。でもそれは今すぐじゃない。
今は二人で楽しむための時間だ。
かずさはハンスの手を取り、走り出す。
「あっちで何か劇やってる!見に行こう」
「ああ」
ハンスもかずさにつられて、先の事を考えるより、今を楽しもうと気分を切り替えた。
二人は中央のステージで上演されている劇を見たり、見世物小屋を見物したりと二人で過ごす最初で最後の祭りの時間を楽しんだ。
行商人が開く露店通りを見ていた時、かずさの目に一つの装飾品が目に留まった。
それは桜を象った美しい簪だ。
その簪を見たかずさは故郷で助けた幼い女の子を思い出す。あの子もこれに似た桜の髪飾りをしていた。
思わず立ち止まったかずさに先を行っていたハンスが戻ってきた。
「何か欲しいものでもあった?」
聞かれたかずさはハンスを向く。
「え、いや、何もないよ、行こうか」
露店を離れようとするかずさだったが、ハンスはしゃがみ込み、かずさが見ていた装飾品を探す。
「どれが気に入ったんだ」
「いや、気に入ったとかじゃなくてーー」
「これか」
ハンスはかずさが見ていた簪を手に取りかずさに見せる。
かずさは思わずその美しい簪に見入ってしまった。それは確かに故郷の女の子を想起させるが、それ抜きにしても桜色の色使いや美しい装飾がとても魅力的だった。
その反応を見て目当ての物を確信したハンスは店主に向かって言う。
「店主、これは髪飾りですよね」
「兄ちゃん、お目が高い。そう簪だ。そりゃ遠く東方から仕入れたもんだよ。ここいらにはない花の形をしてるだろう。毎年春に短期間だけ咲く花なんだと」
「買います。いくらですか」
財布を取り出すハンスに店主は嬉しそうにする。
「後ろの彼女への贈り物かい。いいねえ。その心意気にマケとくよ。100ゲルドだ」
買おうとしているハンスをかずさは慌てて止める。
「いいよいいよ、そんな高いもの。私はただ見てただけだから!」
「いいんだ。オレが買いたいんだ」
そう言った手前ハンスは後に引けなくなった。内心思ったより高かった値段にショックを受けていたが、もちろんそんなそぶりは見せない。
財布から求められた紙幣を出し、店主に渡した。
「ほい、毎度。ありがとね」
簪を手に取ったハンスは立ち上がってかずさに渡す。
「オレが買いたくて買って、渡したくてアンタに渡す。それだけだ」
そんな事を言われたら受け取るしかなく、突き出された手の下に両手を広げた。
自分はそんなに物欲しそうな顔をしていたのだろうかーーしていたのかもしれない。
もう二度と会えない故郷への郷愁がここにきて出てきたのか。ハンスはその事を察したのだろうか。
手に置かれた桜の簪を見て、かずさはその美しい装飾に故郷の景色を見た。
かずさは自然と柔らかな笑顔をしていた。
ーー私、ハンスの優しさに貰ってばかりだなぁ。
「ありがとう、ハンス」
「おう」
ハンスも満足げに笑顔で返した。
夜は更け、いつの間にか祭り最後のイベント、ランタン流しの時間が近づいている。
多くの参加者たちが露店で買ったものや、家から持ってきた紙のランタンを持って川の方へ向かっていく。
「行くぞ」
今度はハンスが手を差し伸べ、かずさも嬉しそうにその手を取った。
「うん」
二人の祭りはまだ終わらない。
こってこてにこってこてを書いております。(←何言ってんだ...)
続編は午後五時までには投稿すると思います。第一章クライマックス、どうぞよろしくお願いします。
リアクション、とっても嬉しいです。読んでくださってありがとうございますm(__)m




