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子龍よ、天を頂け  作者: ハイカラ
臨炎の死活火山
99/100

18話 秘湯

8月までは毎日投稿になりそうです…………

「疲れたよぉ。なんであんなに厳しいのぉ」


「そりゃおまえが前にサボったからだろ。ちゃんと顔を出せばよかったのに」


いつものようにダースニック王からの指導を終えると雪はそんな弱音を吐いていた。あの日以来普段から激しかった稽古がより苛烈なものへと変貌し、常に限界まで絞られている気がする。俺の方はダースニック王が魔術を使うようになり、逆に雪の方は槍を使うようになった。

対人戦、人と戦うことを前提にするのは少しおかしい気がするけれど、ナルバレックのような人もいる。何かを押し通すには力がいることはわかっているつもりだ。その前に話し合いで何とかできるに越したことはないのだろうけれど。


「そうだ、この後温泉に行かない?私まだ行ってないんだよね」


「………………なら1人で入れるところ探すか?」


「へ?…………別に傷のことなんて気にしてないよ。あれ以外の傷も増えちゃったし」


あの事件以降雪はいろいろ気を付けていたはずだ。基本他人の目があるところで薄着にはならなかったし、公衆浴場みたいな場所からも足が遠のいていたはずだ。あれはどちらかというと他人への配慮、雪自身が気にしていたというよりも傷を晒すということ自体を忌避していた。


「それはそうだろうけど、いいのか?あんまり気分のいいことじゃないだろ」


「それはね。でもそんなこと気にしてたら気持ちよく温泉には浸かれないし、この世界の人はそんなこと気にしないでしょ」


「それはまあそうかもしれないけど、まあいいか。じゃあどこに行く。あまり近場の温泉はお勧めできないぞ」


湯は一つしかないし、お転婆な姫様が出没する可能性もある。できる事なら結婚の件は雪たちには内緒にしておきたい。それで取り乱したり反対することはないのだろうけれど、変に気を使われるのは困る。


「ん~なら秘湯ってとこに行ってみない?最近そういううわさ話を色々聞くんだ」


復興はすでに魔術や龍核解放で吹き飛ばす段階は終わって新たな都市開発へと移行している。俺はその手伝いはできないが雪は色々手伝っているみたいだ。細かな装飾は無理みたいだが、道路の敷設や巨大建造物の骨格のような規模の大きいものを任されているらしい。そういう作業の中で仲良くなった人から聞いたのだろう。

とは言え秘湯か。そういう珍しい温泉が近隣にあるとも思えない。疲れたなんて言っていたのをもう忘れたのだろうか。


「俺はまだ疲れ切ってないし、雪がいいならそこでいいよ。ああけどちょっと待って剣を取ってくるから」


山道を行くなら龍にも気を付けないといけない。龍害が観測された地点はここからだいぶ離れているから遭遇することはないと思うけど、はぐれた龍と遭遇するかもしれない。アドは一応木の枝でも展開できるがもって数秒だろう。そんな綱渡りの状態で戦いたくない。

普段訓練に使っている模造刀を持ってくる。刃は潰してあるが、アドの刻印には耐えられるだろう。

雪の所に戻るとレティも一緒に待っていた。


「ん?レティも一緒に行くのか?」


「はい、アモウとユキを迎えに来たら温泉に行かないかと誘われたので。私も温泉には興味があったんです」


最近は家を出る機会が買い物程度しかなかったからちょうどいいか。普段レティには家事やらなんやらをやってもらってるんだ、今日ぐらい羽を伸ばして休んで欲しい。

レティが来るとなると歩きよりもカノンとニースに乗った方が早いか。あの2匹も最近は近くの川で遊ぶか近所の子供たちにせがまれるときぐらいしか飛んでいるところを見ていない。運動不足で龍が体調を崩すとは思えないけどいざという時に動きが鈍っていては彼女らも死にかねない。


「じゃあカノンとニースで飛んでいくか。それでどこにあるんだ?その秘湯は」


「えーっとね。マルセレスから北北東のブランド―ラ火山だって。そこに近くは霧や湯気で視界が悪くて地上からは見つけにくいんだけど、空からなら簡単に見つかると思う。台風の目みたいに温泉自体には霧も湯気もないみたいだから」


「じゃあさっそく行きましょう。どんな温泉か楽しみです」


意外とレティが乗り気だ。最近は俺も雪も外にいることが多かったからあまり構ってやれなかったからかな。確かに3人で外出するのはだいぶ久しぶりな気がする。

龍付場に行きカノンとニースに鞍をつける。やはり心なしか太った気がするな、まあ不自由なく暮らせている証拠か?たまには一緒に飛んであげないとな。

カノンの上にはなぜかアスターが寝そべっており仕方ないから膝の上にのせて一緒に連れて行く。


雪とレティが乗っているニースが前に出て先導してくれており、特段迷うことはなさそうだ。リヴィングス西部は山が多くそのどれもが火山であり、時折噴煙を上げている。そこまで大きな噴火は最近では観測されてないそうだが、火山なんていつ噴火しても不思議じゃない。その山々の中でなおも異様なのが遠くに見えるポカペトル死火山。この国で唯一の死火山であり、最も高い山だ。地上からだと他の山が邪魔してあまり見る機会がないが、上空からだとよく見える。


けれど今回の目的地はその手前も手前、そろそろ見えるブランド―ラ火山だ。この辺の地理はある程度頭に入っている。龍害討伐に向けての準備でアルバートさんの色々で調べていたら自然と覚えていた。あの日以降ちょくちょく顔を見せており、魔術に関するあれこれを教えてもらう傍ら調べものをしていた。まだまだアルバートさんの子供達、カレンちゃんとソーヤ君の足元にも及ばないぐらいだけど魔術の知識も着実と学べている。


そんな風にカノンに身を委ね色々と考えていると山の中腹に霧が出ている山が見えた。位置的にもあれがブランド―ラ火山で間違いないだろう。本当にあの周りだけ霧が出ており、下から昇ったら間違いなく迷ってしまいそうだ。


「そろそろだよー天羽君!下、下見てて!どこかに穴があると思うから!」


「わかった!けどあんまり遠くに行くなよ、霧の中だとはぐれるぞ!」


おのおのの下降して秘湯を探す。その場所だけ台風の目のようになっていると言っていたが、それがどれだけの大きさなのか分からない。もしかしたら思った以上に小さいかもしれないから注意して探さないと。

少なくとも上空からは見えないわけだからそこまで大きいわけじゃないだろう。それに本当に穴が開いているかもわからない。噂に尾びれがついてそう言われるようになったとしても不思議じゃない。けれど探す手掛かりはそれしかないんだ。

そんな風に下をくまなく探していると、二つの目と目があった。


「くっそ!ここでか!」


カノンの手綱を引き反転させる。霧の中から出てきたのは中級の龍とそれに追従する下級の龍の群れ。アドの龍核解放なら一撃だけどそれだと剣がもたない。帰りにまた襲われたら本当に木の枝で戦うことになる。


龍の群れは一糸乱れぬ動きで俺とカノンを追ってくる。下級だけの群れなら大した知性もないってのに中級が加わると面倒さが跳ね上がる。群れは俺たちを追いこむ役割と待ち伏せする役割に別れまるで狩りをするかのように俺たちを追い込んでいく。

ただ今回は相手が悪かった。俺はただの餌だ、すでに遠くには魔術を刻み終えた雪の姿と詠唱を紡ぐレティの姿が見えている。それなりに遠くにいたはずだけどすぐに察知してくれたみたいだ。心強いことこの上ない。

二手に分かれた龍の群れは狩りやすい量になり、彼女たちの存在に気づいたときにはもう遅かった。


「『ブレスオブブレス』!」

「過流の精霊よその権威を示せ『騒乱の下風』!」


上から吹き下ろすような風が二種。方やその圧倒的な出力で龍を地面に押しつぶし、片や龍を包んだ風が内向きに吹き荒れることで龍をずたずたにする。ミンチでサイコロならどちらがましかと考えたけどどちらも嫌だな。


「危なかったね天羽君。こんなところに龍がいるなんてね」


「ほんとだよ。下から急に現れた時は本当にびっくりした」


「驚いたアモウの顔は見て見たかったですね」


やめてくれ、そんなところ見られてうれしい人はいない。龍がいる可能性は考えていたけどまさか目的地の近くにいるなんて。とはいえこれで周辺の龍の群れは片付いただろう。後は秘湯を見つけるだけなんだが。


「霧が散ったから見つけやすくなったな」


「そうですね。あ、あれじゃないですか?あの湯気が立っているとこ」


レティの指す方向に確かに湯気が見えた。注視しなければ見えないそれをよく見つけたな。レティの素の目の良さはやはり抜きんでている。森育ちだと目がよくなるのだろうか。


「流石レティ!ほらいくよ、天羽君も早く早く」


ニースの腹を蹴り雪は全速で温泉へと向かう。よほど楽しみだったのだろう。とはいえ俺も秘湯には興味がある。まあ多分期待しているよりは普通の温泉なんだろうけれど、それでも秘湯と呼ばれるぐらいには気持ちのいい温泉なのだろう。

雪たちの後を追い温泉へと急ぐ。近づくにつれ温泉特有の鼻を突くような臭いがしてきた。目の前に現れたのは自然に囲まれた温泉、マルセレスにある他の温泉のような透明度の高いものではなく、白く濁ったものだった。先に温泉についていた雪の感想はというと。


「おお!…………ん?普通の温泉とあんまり差がないんじゃないかな?」


「どう、でしょう?私は温泉に入ったことがないですから、いまいち他との差が」


「秘湯なんてそんなもんだろ。こういうのは雰囲気でごまかされてるけど他とそこまで差はないだろ。けど温泉であることには変わりないんだ。早く入って温まろう。


ブーブーと不満を垂れる雪ではあるが、なんだかんだ楽しみなようで張り切って温泉に仕切りを作っていた。俺と雪はお互い気にしないにしてもレティがいる。いくら何でも一緒に入るのはまずいだろう。


温泉は若干熱いが浸かれなくはない温度だ。こういう源泉垂れ流しの湯は何となく熱い湯が多い気がしてたんだがそうでもないのかもだ。


「きもちぃ~」


「ああ、ユキが溶けてます」


「そりゃ雪は解けるものだからぁ当然だよぉ」


「ユキと雪に何か関係があるですか?」


仕切り越しにそんな2人のほのぼのやり取りが聞こえてくる。さっき龍を一撃で討伐していたとは思えないや。でもそうか固有名詞はそのまま聞こえても一般名詞は別の発音でレティには聞こえるのか。


「俺たちの世界で雪はユキって言うんだよ」


「ああなるほど、ユキ、ユキ、ゆき。私もいつかアモウたちの世界の言葉をしゃべれるようになりたいです」


「カタコトのレティはちょっと見て見たいかも。でも残念だなぁここまで来るのにだいぶ時間かかったのに」


「いいじゃないですか。ここにも偶に人が来るならあの龍の群れは危険でしたし、ちょうどよかったですよね」


俺たち以外だと逃げかえるのがせいぜいだろうし確かにちょうどよかったか。それにある種の達成感があった方がこういうのは気持ちがいい。

それからしばらくは雪がレティに日本語の発音を教えたりしていて、帰りにはのぼせた2人を俺が苦労して運んだのだった。


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