17話 成人の儀
「それで、何か呼び出される理由に心当たりはあるか?」
「ない、ことはない。あるんだけどあまり考えたくないというか」
目の前には立派な屋敷。フィオレにあてがわれたものらしくダースニック王の屋敷と違って、煌びやかな装飾が施されておりどこか浮世離れした見た目だ。
俺は今日フィオレに呼び出される形で屋敷に招かれていた。ローランドは俺の護衛として一緒に付いてきてくれており、日差しの強い今日の天気だと彼の黒のローブはとても暑く見える。
「お待ちしておりましたアモウ様。本日は急にお呼び建てして申し訳ございません」
「いえお気になさらず。ジュディッカさんも苦労しますね」
明け方彼女がわざわざ家まで知らせに来たのだ。そう遠くは離れてないとはいえ、人に行かせるなんて。そういう立場なのは理解しているつもりだけれども。
「ローランド殿もお久しぶりです」
「ああ、確か以前は数年前の隊長の叙勲式だったな」
「ええ、あれからもう4年ですか、年を経るにつれ時間の経過が早く感じられますね」
300年も400年も生きていたら4年前なんてそれこそ数か月前程度の認識何だろうか。俺にはまだ理解できそうにもないしそうなりたいともあまり思えない。
「さてあまり姫様を待たせるわけにはいきませんね。申し訳ないのですがローランド殿は別室にて待っていただけますか?姫が2人で話したいと言っているので」
「俺は構わない。ここの警備なら問題ないだろう」
「悪いローランド、下手に巻き込むのもそれはそれで悪いから」
ジュディッカさんに案内されてフィオレがいる部屋へと足を運ぶ。内装も凝っていて、ところどころに魔力の痕跡が見える。あれだけ細かな装飾をつくるのにいったいどれだけの時間と集中力がいるんだろうか。
「ここが姫様のお部屋です。改めて感謝します、アモウ様。もう少し姫様の我儘に付き合ってあげて下さい」
「………………ジュディッカさんは知ってるんですか。例の件は」
「ええ、彼女の母、王妃様とは古い仲なので色々と話を聞いております。聞きたいことはわかりますよ。ですが私にはその質問に答える資格がありません」
「そう、ですか。いえ、どうせ今から本人に会うんです。その時に色々聞きますよ」
本当はジュディッカさん自身がどう思っているかも聞いておきたかったんだが、そういう空気でもない。
ジュディッカさんは役目を終えたからか部屋の前から去り、その場には俺だけが遺される。女子の部屋の中に入るなんてこと今まで雪以外ではなかったからか、妙な緊張感がある。無作法なんてあの姫様は笑って許してくれそうだけれども、それだと格好がつかない。
意を決して扉をノックする。すぐに入ってきていいと帰って来たので改めて深呼吸をして部屋へと入った。
部屋の中は屋敷の外観や廊下とは違って意外とシンプルな見た目をしている。そのためか、真っ赤な髪をふわりとなびかせ黄緑色のドレスを着た少女がひと際目立つ。目を奪われなかったと言えば嘘になる。この部屋の飾りつけなんて彼女一人いれば十分だと思えるほど、フィオレの立ち振る舞いは洗練されたものだった。
「アモウさん、今日は来て下さりありがとうございます」
「来るのはいいだけど、当日はやめてくれ、手土産も何も準備できなかった」
「いえいえ、今日は私がもてなしますから。さ、座ってください。アイスティーなんていかがです」
「助かる。やっぱりまだまだ外は暑いな」
岩月も終わりに差し掛かろうとしているのにこの国はまだまだ暑い。秋なんて来ないんじゃないかと思えるほど、気温が下がることなく連日酷暑が続いていた。
気分はメキシコにでも旅行に行った気分だ。まさかこのまま一年中熱いなんてことないよな。
天気の話もほどほどに、用意してくれたアイスティーで喉を潤す。香り高い茶葉で俺でも高い茶葉だって分かる。ストレートで飲むのもおいしいだがフィオレはミルクにシロップと結構俗っぽい飲み方をしていた。
「私苦いのは苦手なんです」
「ならジュースでよかっただろ。俺は好きだけどな、この紅茶」
最早ラテなんじゃとも思えるほどにフィオレの紅茶は原型を保っておらず、甘い匂いがこちらにも漂ってきた。しばらくは紅茶を楽しもうと思っていたんだがフィオレがぶっこんできた。
「ふふ、お返事はまだですか。アモウさん」
「ゔ、あのなぁ…………まったく、そもそもフィオレはいいのか、結婚なんて」
あまりのストレートさに飲んでいた紅茶を吹きかけた。あまり考えたくなくて放置していたフィオレの件。正直なんでこうなったか一から聞きたいんが、はたしてフィオレ自身も知っているのかどうか。
「いいえ?私は私に課された役割を果たすまでですよ。この国の姫である以上この国に尽くすまでです」
「その気持ちは、わかるけど、」
「ならいいじゃないですか。それとも私ではご不満ですか?」
「少なくとも俺には君の人生に責任を持つことはできない」
誰か1人の人生に集中できるような状態でもない。それに言ってしまえば俺は今は無職なんだ。甲斐性なんて姫の夫に求めるのも少し違う気がするが、それでもなんかこう座りが悪い。
「大丈夫ですよ、いざとなれば私が支えますから」
「いやそうじゃなくて、」
「ええ、分かっていますとも。ふふ、今までのはちょっとした冗談です。聞き流してもらってよかったのに、アモウさんったら律儀に考えこんじゃうなんて」
やり辛い。人生経験はあちらの方が悔しいが上なのだ。そのうえ環境が姫という特殊と言わざるを得ない立場。人の悪意にさらされるのにはなれているのかもしれない。
「俺で遊ぶのはやめてくれ。で、どうして俺とフィオレなんだ?別に代替案ってわけじゃないけどカウレスとだってよかったはずだ」
「あら?アモウさんは私よりもお兄様がよいと」
「いい加減に…………いや今のは俺の言い方が悪かった。カウレスと雪との結婚だってあり得たんじゃないのか?」
カウレスはすでに成人だ。俺も雪も成人じゃないけれど、両方未成年の俺とフィオレよりもいい気がしてしまう。それに直にカウレスは王にならざるを得なくなる。子龍とリヴィングスとの繋がりを他国にアピールしたいのならむしろそっちの方が良いのではないだろうか。
「何といいますか、それだと逆に距離が近づきすぎるのですよ。私はリヴィングス王家を離れられる身ではありますが、お兄様はその未来が確約されています。そこにユキさんが嫁ぐとなると、子龍の私物化に見られると言いますか」
「まあ、言いたいことはわかる。それで誰が主に主導して進めてるんだ?」
「そうですね…………裏で手を引いているのはお母様ですが、表で頑張っているのはシュトラウス公爵ですね。もしかしたらお会いしたことがあるかもしれません、彼は今第四兵団の団長ですから」
シュトラウス、第四兵団の団長、ああ、あのおじいさん。終末の龍害前に一度だけ顔を見たはずだ。その時は話すことはなかったけど、そうかあの人が。
というかフィオレの母親も賛同しているのが質が悪い。普通娘を職業不定で1人よりも多くの誰かを優先するような人に送り出すか。そこらへんはやはり価値観のずれというか、俺では考え付かないような世界に生きている。
「あのおじいさんか」
「ああ、いえ、元シュトラウス公ではなく、現シュトラウス公なのです。先代のローグ殿は先の龍害で殉死なさり、今は息子のテオドリック殿が後を継いでいるんです」
「そうか、あの戦いで」
「彼の治める領地はテノティトに近く、政治的な影響力も強いんです。それにどちらかと言えば子龍という存在に対して懐疑的な立場であり、始祖龍討伐に反対しているんです」
アギナルドも言っていたが、終末の龍害は見方によっては子龍によって生じた災害ともとれる。そのうえそれで父親を失ったんだ。子龍に懐疑的担っても不思議じゃない。けれど、それじゃあ俺とフィオレとの結婚を勧めているのはなぜだ。
「とはいえ子龍という存在が現実にいる以上、それを最大限利用しようと考えているのでしょう。強かというか、図太いというか、とにかく私の印象としてはいけ好かない人です」
「最後だいぶ個人的な印象が入ってるけど、まあいいか。で、フィオレ自身どう思ってるんだ。さっきみたいに誤魔化すなよ」
「別に誤魔化してるわけじゃないですよ。いつかどこかの国に嫁ぐことになると思っていましたから、それが思ったより早かっただけです」
そう言うフィオレの顔は本当に何とも思ってなさそうで、それが逆に違和感を覚えさせる。ああ、分かってはいるさ、俺の常識にこの世界の住人を当てはめる方が悪いって。彼らには彼らの文化があって、それに準じた倫理観も持ち合わせている。結婚だってそれ自体は祝福されることなんだし、悪いことだけじゃない。ただやはりどうしてもこの見た目の女性が結婚するという事実に俺は戸惑っているのだろう。
「好きな人もいませんし、それにアモウさんはいい人ですよ。ご自身でわかっているかは分かりませんが」
「人としてはともかく夫として見るなら下の下だろ」
「ふふ、かもしれませんね」
少しだけ否定して欲しかったのは内緒にしておこう。俺も俺自身が誰かと添い遂げるところなんか想像できない。1人を特別扱いできない俺に、結婚という契約は絶望的にかみ合わない。
「話は変わりますが、近隣に上級の龍の龍害が発生しているのはご存じですか?」
「ん?ああ、西部砦から敗走した龍害だろ。討伐に向けて準備を進めている程度には知ってる。それがどうした?」
「実はですね。私もそれに同行することになりまして」
「なんで、ってあれか、リヴィングス王家の成人の儀か」
ダースニック王から聞いたけれど、この儀式も何というか。いやそりゃ国の軍のトップの一族なんだからそれぐらいできて当然のようにも思えるんだが、相手は上級の龍だ、下手をしなくても怪我するし、死にかける。
「できればアモウさんがいてくれた方が心強いなぁ、なんて」
「はあ、分かった。けどダースニック王には内緒にしてくれ。まだ行くなって言われてるんだ。あと手助けはよほどのことがない限りはしないぞ。周りにばれるし、儀式の域がなくなるだろ」
いざとなれば、なんて状況にはそもそもならないだろう。龍害討伐には第二兵団も全力を尽くすだろうし、フィオレのだってそう弱くは無いだろう。俺が想像するよりも強いかもしれないし、上級の龍も弱い部類かもしれない。
互いに話す話題もなくなってきた。聞きたいことは聞けたような聞けなかったような。けど結構いい時間だからそろそろ帰るとしよう。
「さてそろそろ帰るよ。これ以上ローランドを待たせるわけにはいかないし」
「彼の性格からして気にしてなさそうですけどね。でもこれ以上引き留めるのも気が退けますし、今日はこれぐらいにしておきましょうか」
席を立つと同時に部屋の扉が開く。頃合いを見計らっていたのだろうジュディッカさんが迎えに来てくれた。話は、いや彼女なら聞かれても大丈夫だろう。それに無暗に聞き耳を立てるような人でもない。
「それじゃあアモウさん、また今度お会いしましょう」
「次はもう少し建設的な話し合いができるといいんだがな」
「まあ、前向きに考えていると受け取ってもいいですか?」
「龍害の方をな。それじゃまた今度」
最後まで揶揄われた気がする。つかみどころのない性格というか無邪気というか、いや無邪気はないな。まったく、どうしたものか。
答えは出ないまま部屋を後にする。多分もう止められそうにないところにまで話は進んでいるんだろう。当事者の同意なんか知らずに、いやある意味自分の娘なら絶対に納得するという自身でもあるのだろうか。それもある種の呪いだな。




