15話 鏡に映る星
危うく串焼きを落としそうになった。腰に佩いた剣に手を伸ばし、その所在を確かめる。なぜ、という疑問で頭が埋め尽くされる。周囲の人はまだこの異常に気付いてすらいない。ただ雲一つない空に雷が鳴った程度のものだろう。この場で奴の危険性を認知しているのは俺だけだ。
「何そう構える必要はない。今日私は君に会いに来ただけだ。攫うつもりも周囲に害を及ぼすつもりはない」
「何が、目的だ」
「言っただろう?君に会いに来ただけだ。立ち話もなんだしそこのベンチにでも座ろうか」
そういいナルバレックはベンチに座りこちらにも座るように促す。信じて良い、のか?ここで戦えば周囲に被害が出るなんて考えなくても分かる。それに今の俺じゃ奴には勝てない。あの絶対的な余裕は奴の自身の現れだ。
何をするかわからない。今はとりあえず指示に従おう。
「そう怖い顔をしないでくれ。同族に嫌われるのは悲しいんだ」
「それはあんた次第だろ」
「なるほど、なら今回は君に嫌われないように努めるとしよう」
鷹揚に、その柔らかい笑みは本当に敵対するつもりがないのだろう。訳が分からない、なぜ今彼女はここにいる。俺を攫うつもりがないのなら何でここに来た。
「いやなに、前回無理やり連れ去ろうとした件で仲間にこっぴどく怒られてね。今回は説得しに来たのさ」
「説得?言っとくが俺も雪もあんたらの仲間になんか、」
「まあそう決めつけるのはよくない。判断を下すのは私の話を聞いてからでも遅くないだろう?」
話だけなら聞いても損はない。少なくとも俺たちはこいつらの目的もその正体も何も知らないんだ。結論が変わらなくても、情報を聞き出すことはできる。それに俺1人じゃ対応できなくても、あと何人かいれば取り押さえる事だって。
「話だけなら」
「そうか、よかった聞いてくれるか。内心ひやひやしていたんだ。君が応じてくれないと私も手持ち無沙汰になってしまうからね。それは君にとってもよくないんじゃないか?」
冷ややかな瞳、乾いた声、その言葉の意味をくみ取ることは難しくはなかった。こいつは今この場にいる全員を人質にしたんだ。それも八つ当たりに近い形で人を殺すと。それだけのことが出来るだけの力を持っているのは知っている。
「それで俺に何を聞きたいんだ」
「おそらく昔アギナルドにも聞かれたと思うんだがどうして君たちは天龍を信じるんだ」
確かに昔あいつにもそう聞かれた。あの時は戦闘中だったからあれは俺を惑わすための戯言だと思っていたが、そう何度も聞かれるとなると違うのか。こいつらにとって天龍は信じるに値しない存在だと。でも俺はあの人に会っている。たとえ夢の中であってもあの優しさと包容力は間違いなかった。
「昔会ったことがある。その時はわずかな時間しかなかったけれど、あの人の優しさは本物だ。それに実際問題リヴィングスにはこうして龍害の被害が出ている」
「なるほど、理屈ではなく感情か。これは崩すのは難しそうだ。だが君はその身に龍を宿しているんだ。わざわざ人の側につくことはないだろう?」
「この世界は誰だってそうだろ。濃度の差はあれだれしも龍の血を、」
「そういう話じゃない。君や私は見てくれこそ人のものだが、その身に龍核を宿している。そこかしこにいる有象無象とは違ってね。だから君の本質は龍そのもだ」
龍核、龍体内に存在する力の源。それが俺たちの中にあることはわかっている。普通の龍人にはないもの、確かにそれだけ見ると俺は人とは言えない存在なのかもしれない。改めて自分という存在が人間とは違うものだと実感する。
だがそれがなんだというのだろう。前にノルディックは言っていたナルバレックは人であったころと今の自分を分けていると、だから俺が不思議でたまらないのだ。子龍になってもまだ人であったころを引きずっているのが。
「それがなんだ。例え俺が龍だろうが人を助けるって決めているんだ。そこをおまえにとやかく言われる筋合いはない」
「頑固だな。人として生まれ人の側に立つのは分かる。だが龍として生まれ変わったのなら、龍の側に立つのが自然な事だろう。まあいいさ、若気の至りという奴だろう。いずれ君も分かるさ」
「言っておくがそんな日は来ない。今度はこっちが聞くぞ、あんたらの目的はなんだ」
「私たちの目的か、それは少々難しいな。私たちはただ家族なだけだ。それぞれに目的があり、互いに協力することもあるが、本質的には別の目的を持っている。アギナルドで言えばそうだな、彼はこの国の滅びを望んでいたな」
家族、その言葉にはあまり縁がない。孤児院の人たちがそうだと言えばそうなのだろう。兄や姉のように慕っていた人もいたし、弟や妹のようにかわいがっていた子もいる。けれど彼彼女らはいつかどこかで分かれるんだ。そんな関係性を家族とは言えないんだろう。
ナルバレックはただ、子龍の俺を、それに雪を求めているだけに過ぎないのか?自分たちの目的遂行のための邪魔になるからではなく、ただ俺たちだけを求めていると?だからモースウィッグでアギナルドは俺を殺さずにいたのか。
「それであんたの目的は、ただ家族として子龍を集めているだけじゃないんだろ」
「私か?そうだな、それを話すためにはまず君に知っておいて欲しいことがある。君は我々龍のことをどのような存在だと認知している」
「どんなって、龍がこの世界に存在する生き物で偶に人に害をなす存在だ」
それでも中にはカノンやニースそれにアスターのように人とともにいる龍もいる。龍自体が悪いわけじゃない。もともとこの世界はそれでバランスがとれていたはずなんだ。でもそれを神龍は壊そうとしている。
「間違いではないがそれだと龍という存在の1割も理解できてないな」
「………………なら何だって言うんだ」
「龍という存在は人の敵として作られた創造物だ。君も知っているだろう?龍は完璧な生物だ、本来なら人を襲う必要などないはずなのに彼らは人と敵対している。可哀そうだとは思わないか」
「その話が本当ならそうだな」
人を襲うために被造されたのなら龍はその生き方を曲げられないのだろう。だからこそ終末の龍害がユーダニアを滅ぼしリヴィングスをも滅ぼしかけた。それが自意識の無い機械的な命令によってなされているとしたら、彼らは奴隷だ。
「私はね、アモウ、龍には自由に生きてほしいんだ。人も神龍も関係なく、ただ純粋に己の生を全うして欲しい」
「なら天龍の加護を受け入れればいいだろ」
「神龍の支配も天龍の融和も本質的には何も変わらない。龍本来の生き方を曲げている。それはわかるだろう?」
ナルバレックは諭すようにこちらを見る。業腹だけど龍のこともこの世界のことも俺はまだ詳しいくない。たとえどんなに言い返そうとそれへの返答はいくらでも持ち合わせているんだろう。
だけどそれなら俺たちは敵対しなくていいはずだ。神龍という共通の敵がいるのなら協力することだってできる、のか。
けれどそれをどれだけの人が受け入れられるのだろう。彼女たちが終末の龍害に加担していたのは間違いない。
「ならあんたは何で人に敵対する。神龍を倒す選択も取れるはずだ」
「人の敵という立場は結果としてだ。龍の味方をするのなら必然的にそうなる。それにどこにいるかもわからない神龍を殺すより手っ取り早い方法があるだろう?」
手っ取り早い方法?……………………ああ、くそ、そう言うことか。そんな奴が人と手を取り合えるわけがない。少なくともその選択肢を選ぼうと思えるだけで彼女は人にとって敵でしかないんだ。
「人の世の終わり、か」
「賢いな、そう龍が人の敵として作られたのなら、人という存在を消してしまえばいい。簡単だろう?だがそのために同族を殺すことになるのは私とて回避したいことなんだ」
「だがあんたは自分の手で人を殺そうとはしていない。少なくともあの時殺そうと思えばカウレスを殺せていたはずだ」
あの時状況だけならこいつは容易にカウレスを殺せただろう。ずっと疑問ではあった、彼女たちにとって敵であるはずの彼を殺さないのは道理には合わない。殺されたほうが良いなんて言うつもりはないけれど、それでも殺さなかったのにはそれ相応の理由があるはずだ。
「カウレス…………あああの騎士か。確かに邪魔建てした彼を殺そうと思ったが、殺しきれなくてな。それに私はね、龍には自ら勝ち取ってほしいのだよ。私が与えられる自由など本当に自由と呼べると思うか。それはただ頭がすげ変わっただけに過ぎない。勿論、助力はするし、目の前で龍を殺そうとする者がいるなら殺すまでだ」
「先に人の敵になったのは龍の方だろ」
「そうだな、それは否定しない。だがもうそれは遥か過去のことなのだよ。すでにもう人はただ存在するだけで龍を殺そうとしている」
「それは、」
違うとは言えない。俺が知っているのはユーダニアとリヴィングスだけだ。この国は違っていたとしても他の国じゃ率先して龍を滅ぼしているかもしれない。それだけの脅威を終末の龍害は見せつけたんだ。例え龍という存在に莫大な利益があったとしても、天秤の反対側には乗せられない。
「違うとは言えないだろう。君が悔やむことじゃない、愚鈍な奴らが悪いんだ。そんな存在君が救うに値しない」
「違う、確かにそんな奴もいる。だけどそいつらだって生きるために精一杯なんだ。誰を救うか救わないかなんてあんたも俺も決められない。俺は人の世界を救って決めたんだ。あんたとは違う」
一歩でも前に進んだのだからもう立ち止まることは許されない。選んだのなら俺はそれを全うしないといけないんだ。
「あんたが龍のために人を殺すって言うなら俺はあんたの敵だ。人とか龍とか関係ない、俺が何であれその事実は変わらない」
ナルバレックを拒絶する。ここで暴れるというのなら大人しくついていくつもりもあった。だけどこいつはダメだ、どんな道を歩もうが俺とこいつの道が交わることはない。いつまでも平行線をたどり、それを受け入れる事なんてできないんだろう。
ナルバレックの目つきが変わる。ほんのわずかな時間ではあったが、それは獲物ではなく敵へと向ける嫌悪の眼差し。だがそれもすぐに変わる、子供を見るような、未熟な生徒を見るようなそんな優しいとも思える目つきに変わり、その場から立ち上がる
「これ以上は無駄か。だがいずれ君は後悔することになる、人という種はどこまでも度し難いからな」
「分かっている。だけど後悔だけはしない。それは過去への裏切りだ」
「ふ、君という存在を理解することが出来た気がするな。次に会うまでその責任に殺されないことを祈っておこう」
雷鳴が轟く。周囲の人には認知できないほどの速度でナルバレックはその場から去っていった。龍の味方、人の敵、それは俺自身を反転させたもの。同族嫌悪、そんな感情を向けるものがもう1人出来てしまった。ああわかってる、あいつに悪意はない、人への恨みや憎しみで動いていない。だからこそ厄介なんだ。
しばらく龍眼でナルバレックの軌跡を見つめその場を去る。言った通りこの場からは去ったのだろう。なら俺も家への帰路につこう。
「ようアモウ、呑気に串焼き喰ってるたぁいい度胸じゃねえか」
後ろを振り返ることが出来ない。それはきっと死を意味する。周りの人の反応もナルバレックの時より顕著で俺へと視線を向けたり、その後ろへと視線を向けたりと忙しそうだ。だけどこのまま何もしなければただのされるだけだ、そんな醜態晒すわけにはいかない。
「串焼き1本で手を打ちませんか」
「ったく、3本よこせ、それと1人で無茶すんな。あんな奴の相手お前が請け負う必要ねえよ」
流石にダースニック王は気づいていたか。下手に刺激しなかったのは彼でもナルバレックの相手をするのが難しいからだろう。ダースニック王は俺の隣へと腰掛け串焼きを頬張る。
「で、奴の目的は?聞いたんだろ」
「はい、けど先に串焼きを食べきりません?覚める前に食べきった方が良さそうだ」
「なら半分よこせ。それと、よくやった。お前の判断のおかげでこいつらは死なずに済んだ」
頭をガシガシと撫でられる。周囲の人々は自分たちが死の淵に立っていたことなんて気づきもしなかっただろう。今だってギリギリの平和なんだ、これ以上の災禍は耐えきれない。
ただすくんで戦えなかっただけかもしれない。それでも結果として誰も死なずに済んだのならよかった。




