14話 会敵
「そうだ。アモウ、龍害について何か聞いてますか?」
食後2人で食器を洗っているときにヴォルフがそう聞いてきた。西部砦から逃げ出した龍害がまだどこかにいる事しか俺は知らない。どのみち老級はすべて倒しているんだ、大したことはできないだろう。
「いや何も、何か動きがあったのか?」
「ええ、今日の追跡で龍の群れの住処を見つけたのですけど、やはり龍害規模にまで増えてますね。確認は取れませんでしたけどおそらく上級以上はいるとみて間違いないでしょう」
「はぁ、厄介だな。いや、どうにでもなりはするんだろうけれど、まだこの街は復興が始まったばかりなのに」
ようやく龍害の被害を乗り越えて新しく一歩を踏み出しているというのに、近くに龍害がいるだなんて知ったら、安心できるはずがない。
そのための第2兵団なんだろうけれど、龍害討伐に全ての兵を投入するわけにもいかないはずだ。俺たちだけで、不可能ではないだろう。ただ俺も雪も本調子じゃない、そのうえレティだって隠してはいるがまだ傷が痛むはずだ。
「第2兵団の団長は知ってるんだろ。ならその人の判断に従うよ」
「それがそちらも厄介でして、よく言えば部下の話をよく聞くいい人なんですけど、悪く言えば少し優柔不断なところがあって、まあつまり、判断を決めかねているんです」
「………………確かに厄介だけど、それでもこの国のことに関して決めるのはこの国の人たちだろ、俺が勝手に動いたってどうしようもない」
俺にそんな大局的な判断できない。少なくともこの国、いやこの世界で俺や雪は行動に対しての責任の取りようがない。だから間違えるわけにはいかないんだが、正解なんて分かりようがない。だからきっといつか間違える、責任なんて取りようがないのに。
「そうですね、僕もそれには賛成です。でも助力を請われたら助けに行くんでしょう?」
「それはもちろん、行動への責任は取りようがないけど、この力の責任はどこでだって果たさないといけないから」
———
槍の穂先が頬を掠める。しっかりと避けたはずの穂先は陽炎のように揺蕩い想定していた軌道からずれていた。どういう突きをしたらそんな軌道になるか気になるがそんなことに意識を割いてるわけにはいかない。
引かれ再度振るわれる槍を剣で受け流し、開いている距離を縮める。魔力で加速された切っ先は音よりも速く、空気を鳴らす。ダースニック王の死角、閉じた眼では見ることできない右側からの袈裟斬り。それでも彼は反応する。長く構えていた槍を短く持ち、俺と間に無理やり割り込まれた。僅かな拮抗、それもダースニック王の蹴りが俺の腹へと放たれ、距離を開けられる。
「気が散ってんな。なんだ、まだ悩み事か」
「そりゃ色々ありますよ。フィオレのことも、あなたのことも、それに龍害の件どうするつもりですか?」
稽古は一時中断、俺は真面目にやってるつもりなんだけれど、ダースニック王からみると気が散って見えるようだ。そんなことじゃダースニック王に勝てるわけがない。
「どうするも何も俺は引退してる。ヘルウィックの判断に信じるだけだ。あいつはまだ若いがしっかりと物事を考えられる。ま、ちと答えを出すのが遅いがな」
「少なくともすぐに動くことはないと」
「どのみちお前は行くなよ。ヴォルフの奴は構いはしねえが、お前らはまだ療養中だってこと忘れるなよ」
「老級がいないなら俺の出る幕じゃないってことぐらいわかってます。龍単体ならともかく龍害相手は俺がいたって大して変わらない」
「分かってるならいい。ああそれと、フィオレの件は断ってもいい。気に入ったなら貰っとけ」
「そんな気軽に決めれるわけないじゃないですか」
そもそもどういう意図があってフィオレとの結婚を勧めているのか俺には理解できない。この世界の結婚の適齢期なんて知らないが、それでもあの年、というか見た目では早すぎるだろ。
「どういう意味で俺たちは結婚させられそうになってるんです?」
「そりゃ色々だ。俺が分かる範囲ならそうだな、子龍の血筋が欲しいってのと後は国外への牽制だな」
「………………子龍の血筋は分かります。けど国外への牽制って」
「お前も知ってるだろ。今のリヴィングスに他国の侵攻を防ぐ手立てはないんだ」
それは行きの龍車で聞いた。つまりは俺というか子龍とのつながりを誇示したいってことなのだろう。それだけ子龍という存在はある意味で抑止力になりうるほどの影響力を持つほどなのだろう。
「理解はできます。俺だってリヴィングスが危険に晒されるのは嫌です。でもフィオレの将来を捧げるなんて」
「お前の将来でもあるんだがな。雪やレティシアは気にするだろ」
「俺自身は多分納得できればそれでいいんだと思います.あの2人はどうでしょうね。それに一番はフィオレの気持ちだ」
結婚なんて言ってもどこまで本気にしていいかわからない。フィオレはまだ成人をしていないとも言っていて、いやだからか。
「この国の成人の儀って何をするんですか」
「ああ、フィオレから聞いたのか。リヴィングス王家の成人の儀はな、言ってしまえば龍の討伐だ。それも上級のな」
「………………いくら何でも無理じゃないですか」
「そうか?王家の血を引いているならそんぐらいできて当然だ。何も1人でやれなんて言ってないんだ。数人でも数十人でもやり遂げれば問題はねえ。ま、俺は1人でやったけどな」
そういうものだろうか。いやでも子龍の力を手に入れてすぐの俺でも上級は倒すことが出来たんだ。なら俺以上に長い時間しっかり訓練すれば問題はない、のか?
下手に自分自身が大きな力はもっているとフィオレ自身の魔力量が多いのか少ないのか分からない。少なくともダースニック王よりは少なかった。
「ていうか雪はどうした?一緒じゃねえのか」
「え、ああ雪なら復興の方で居残りしてます。なんでも建築関連の魔術に興味があるとか」
「さぼりか、いい度胸だな。だがあいつらの魔術技術は知っておいて悪いもんじゃねえか」
「そんなにすごいんですか」
魔術は門外漢だからどう凄いのか分からない。俺が使える魔術と言えばアドの術式だけで、それ以外は術式だけなら理解できる程度だ。それも理屈ではなく発動される魔術の種類が分かるだけ。それが分かれば対処も可能になる。
「魔術はいわば龍の模倣だろ。それを人の生活にまで堕としこむのは至難の業ってのは理解できるか」
「まあ感覚としては」
「んでもってそういった魔術は基本的に魔力の閾値が低く容易に飽和現象を起こす。繊細な魔力コントロールと低い出力が必要だ。言ってしまえば龍の血が薄い方が向いてるんだよ」
こういうことをダースニック王が知っているのは少し不思議な気がする。興味がないこと以外はどうでもいいと思ってそうな人ではあるけれど意外と博識なところもある。年の功という奴だろうか。
けれど彼の言う通りなら雪や俺は絶対に習得できない。子龍なんて血の濃さで言えば間違いなく一番だ。それが薄まることもないのだろう。なら雪があれを学んだところでどうしようもないはずだ。
「自分が出来ないこと知るのもいいもんだ。俺だってできもしないくせにこういった知識は無駄にある」
「なら俺も見に行こうかな」
「あ?お前は雪の代わりにいつもの倍に決まってるだろ」
足に魔力を込める。逃げる算段は付いている。雪が街に残ると言いだしてからこうなることは何となくわかっていた。だから余力を残して戦ってたんだ。
訓練所の壁を駆けあがり屋敷を抜ける。吹き抜けの訓練所は暑いことこの上ないがこういう時はありがたい
「あ!おい逃げんな!」
「今日は気が散ってるんで早めに上がらせてもらいますよ!」
背後からものすごい勢いで迫るダースニック王の気配を感じる。けれどトップスピードはこちらが上だ。万全とはいかなくてもそう易々とは捕まらない。それに最近はずっと街を通って復興現場に行ってたんだ、地の利はこちらにある。
ここはいわば仮住居のようなもの、計画もなく作られた路地は曲がりくねった迷路のようなもの。いくつかの角を曲がり、魔力を抑えその場に隠れる。
ほどなくしてダースニック王の魔力が見えなくなってから路地から出た。すでに時刻は昼過ぎで周囲は賑わっている。ヴォルフの言う通りそこかしこからいい匂いがしていて食欲をそそられる。
「何とか撒けたか。雪のせいでひどい目に会いかけた。でも次が怖いな」
明日なんて言われるか分からない。ダースニック王が過去のことでねちねち怒ってくる姿は想像できないが、純粋に稽古で打ちのめされそうだ。大丈夫そう簡単にやられはしないはずだ。
抜け出した罪悪感もほどほどに、空きっ腹にこの匂いだ、食欲がそそられるのもしょうがない。金はいくらかある。ノルディックに貰った金額が予想よりも多かったうえに、リヴィングスからも謝礼としていくらか貰っている。元々は馬鹿みたいな金額に吊り上がっていたが、使い切れるわけないのでリヴィングス滞在中に必要な金額にしてもらった。
金はあるに越したことはないのだろうけれど、それでもありすぎるとトラブルのもとになる。俺たちが抱え込むよりはずっとましなはずだ。
適当な店を探していると、串焼きをしている店があったのでそこの串を買うことにした。せっかくなら街をゆっくりと見て回りたい。
「おじさん、水龍の串焼き5本頼む」
「あいよ、ん、あんたもしかして子龍様か?なら金は要らねえよ。いくらでも持って行ってくれ」
「いや、代金は払うよ。金に困ってるわけじゃないんだ」
「そうか?ならおまけしてやる。ちょっと待ってな」
店主はそう言って明らかに5本以上を袋に詰め始めた。厚意は嬉しいんだが、いいんだろうか。いや受け取らないのもそれはそれで、か。下手したら変な噂が出回りかねない。この店の商品は子龍が拒んだ、とか。
「はいよ。帰ってもう一人の嬢ちゃんにも食わせてやってくれ。あんたらのおかげでこの国は龍害を乗り越えたんだからな」
「そう言うことなら遠慮なく」
龍の肉は腐るほどあるし多少多く貰っても問題はないか。結局20本も入れてくれたし数本は食べ歩きして残りはみんなで食べよう。
串焼きを1本手に取り頬張る。甘辛いソースが龍肉とあいとても旨い。ただやはり濃いめの味付けなので喉が渇く。少し邪道かもしれないが串から外してパンと一緒に食べたらちょうどいい具合になるだろうか。
そんな風に街を歩いていた時だった。澄み切った青空、雲一つない晴天、つかの間とは言えこの空間は確かに平和なものだった。
けれど目の前には一条の雷。まさしく青天の霹靂のような印象を受ける女性が目の前に現れた。
「久しぶり、というほどでもないか。また会ったなアモウ」
子龍ナルバレックが眼前に立っていた。




