10話 最後の晩餐?
今日から再開します。頑張って2日に一本のペースで頑張ります。
「せっかく一息ついたんだし、今日の夜ご飯は私たちが作ってあげる!」
突如として家に来てそう宣言したフランの手には食材がこれでもかと詰め込まれた袋があった。
食材自体が高騰しつつある中よくそれだけのものを買えたなと思いつつ、同時にそれだけの食材を使いきれるのだろうかという疑問も浮かび上がる。
彼女の勢いに押しに弱い2人は当然押し負けて厨房は一気に賑やかになる。
「大勢との行軍って騎龍に乗ってると疲れるのよね。慣れない2人は余計疲れてるんじゃない?」
「私はそこまで疲れてないけど、レティは疲れてる?」
「…………確かに少し気疲れがあるかもしれませんけど、フランさん達って…………」
「いいから、いいから。あ、それとも全員で作る?そっちの方が楽しいかな?」
フランに押し切られるように雪とレティが厨房へと消えていった。その背中に一抹の不安を覚えながらもリビングで出来上がるのを待つ。俺が厨房に行こうが手伝えることがない。すると厨房からもう1人離脱してきた。薄緑の髪を短く切りそろえたセシルだった。
「よぉ、アモウの方は疲れてないか?」
「俺は龍車に牽かれてたがけだから。護衛の必要があるセシルたちの方が疲れてるんじゃないか?」
「あたしたちはほら、陛下の護衛が主な任務だからな。そういうのには慣れてるんだ。見ろよ、マリアもフランも無駄に張り切るぐらいには元気が有り余ってる」
たしかに。忘れがちではあるけど、彼女たちはこの国の言わばエリート的立ち位置にあたる。人生経験という面でも俺たちよりも圧倒的に上なのだ。ダースニック王の護衛で各地を飛び回っているならこの程度のことでは疲れないのだろう。
「まあ今回はそれが裏目に出たけどな。覚悟しとけよ、あいつらの料理は料理じゃない。いやフランの方は食えはするが常人受けする味じゃない。あたしも止めようとしたんだが、無駄に自信を持ってると厄介だな」
「そ、そうなのか?というかそんなもの食べて大丈夫か」
初耳だ。2人とも器用そうに料理を作れそうな感じだけど、そんなにひどいのか。いやでも雪もいる、それにレティも。雪は言わずもがなだけどレティだって最近作る料理は結構ちゃんとおいしい。手先が不器用だからか形は歪でもしっかり食べられる料理だ。きちんと2人がフォローしていれば問題ない、はず。
「あたしはもう慣れたけど、あいつらの料理を初見で食うにはだいぶ勇気がいると思うぞ。ま、死にはしないから安心しろ」
「それを聞いて安心できる奴の方が少数派じゃないか?というかローランドとアルヴァ―トさんはどうした?一緒じゃないのか?」
「男どもは逃げたな。陛下は行けって言ってたんだが、頑なに護衛として側にいるって言いやがった。普段ならアルヴァ―トなんかは喜んで奥さんの所に飛んでいくっていうのに、ったく、根性なしめ」
「なら、俺も、てわけにもいかないよな。はぁ、明日遅れないようにしないとな」
「陛下のしごきか?ランニングでわかってると思うがだいぶきついぞ。フランなんか最初はきつくて泣いてたからな」
厨房から「なんかいった~?」なんて気の抜けた声が気にしない。その後に「前、前を見て下さい!」なんて鬼気迫る声も聞こえた気がしたがこちらも気にしない、気にしないぞ。
いったい厨房ではどんな惨事が起きているのか。恐ろしいな、正直龍害よりも怖い。食事にここまで危機感を覚えたのはいつ以来だろう。元の世界で友人のバレンタインチョコを消費していた時以来か。あれもひどかった、手作りチョコという名の劇物だった。
「フランの奴暴れてるな。きっと火力に任せているんじゃないか?とはいえあいつよりマリアの方が調理過程は酷いぞ」
「変な事言わないでよー」と厨房からまた声が聞こえた。その直後には雪の悲鳴が聞こえた気がする。儀式がどうのこうの言っていたけどいったい何のことなのか。他人事ならまだ笑えるのに、やがて当事者になるのだから笑えない。
「いったい2人はどんな料理を作ってるんだよ」
「それはあれだ、見てのお楽しみってやつだ。あたしも今から反応が楽しみだよ
そういうセシルの目もどこか少し虚ろでどこか諦めているような気がした。一体彼女は何度地獄を見たのだろう。いずれ自分もそうなると思うと同情するしかない。
僅かだが臭いが漂ってくる。若干の刺激臭、濃厚なソースの匂い、そこだけ切り取ると辛めな料理かと思ってしまう。リヴィングスには唐辛子に似た食材があったと思うけどそれでも使っているのだろうか。
「何かいい対策とかない?」
「なくもないが、諦めてただ口の中に入れて嚥下するだけだ。下手に味わうなよ?3日は食事を受け付けなくなるぞ」
偉大な先達からの助言だ、肝に銘じておこう。
「ユキもレティシアも苦労してるんだろうな。あたしはもう諦めたよ、あいつらの馬鹿舌具合はどうにもならない。ま、諦めて付き合ってくれ、一応あいつらもあいつらなりに気を使ってやった結果なんだ」
「分かってる。今まであの2人が料理しているところなんて見なかったから。あんな戦いがこれからも続くとなると、確かに俺も気が滅入る」
それはきっとレティも雪も同じだろう。誰しもが望んで戦うわけじゃない。それを目的にする人も確かにいるんだろうけれど、俺は、違う。戦いなんてただの手段でしかない。俺がそれ自体を目的にすることなんてきっと来ないのだろう。
「そういう訳だ。あいつらの自己満足に付き合ってくれ。まあ今後酷い料理を食べても今日を思い出したら乗り越えられる。そう思えば悪くはないんじゃないか」
「つまりは人生で一番ひどい晩餐、てことじゃないか」
「ちなみに隊長はマリアの手料理を毎年食わされてる」
「…………可哀そうに」
割と本当に同情してしまう。優しいカウレスのことだ、毎年しっかり残さず食べているのだろう。それが彼女の自信を助長してしまっているのかもしれない。身内に優しいカウレスらしいと言えばらしいのだろう。優しさは時として毒にもなることは身をもって知っている。
厨房がさらに騒がしくなっており、そろそろ調理も終わる頃合いなのだろう。若干の悲鳴と、それを上回る食器か何かがぶつかるカチャカチャとした音が聞こえてくる。配膳ぐらいなら手伝えるかと、厨房に顔を出すと、
「うわぁ…………」
阿鼻叫喚という言葉がこれほどしっくりくる光景は無いだろう。調理器具が散乱し、食材の切れ端がシンクの隅に溜まっている。マリアさんとフランはやり遂げた顔をしており、雪とレティは疲れた顔をしていた。壮絶な戦いを切り抜けたかのようなそんな顔だった。
「…………やり、きった」
「冗談抜きで死ぬかと思いました」
「本番はむしろこれからじゃないか?」
俺がそういうと2人は今からこの料理を食べることを失念していたのか、がくりと俯いてしまう。食べることを忘れるほど料理に没頭いや、軌道修正に没頭していたのだろう。まあ気持ちは痛いほどわかる。俺だってあれを目にしたら、食べる気が、こう、なくなるというか。
「今回はまあまあの出来かな?次作るときはもっと豪華な料理にしたいな。食材があればだけど」
「まったく、フランはもう少し真面目に料理したらどう?私を見習ってさ。量が多けりゃいいってもんじゃないでしょ料理も調味料も」
僅かに火花が視線の間を行き交う。一体何を張り合っているのだろう。どんぐり以下だろ、流石に本人達には言わないけど。
うなだれている2人を先にリビングに行かせて、料理が盛り付けされている皿を運んでいく。
方や赤く煮えたぎっている見るからに辛そうな麺のようなもの、片や全くといっていいほど匂いのしないシンプルそうな料理。見た目だけなら食べられそうなのに、調理過程が未知の領域だから手に負えない。雪とレティの腕を信じるしかないか。
リビングには陰鬱とした空気が漂っている。製作者本人たちはそれがわかっているのだろうか。仮にわかっていたとしてもその原因までは理解していないのだろう。
食卓には多くの料理が並ぶ。その中でもひときわ目立っている存在がフランとマリアさんの料理だった。他の料理は見慣れた雪の料理やレティの料理、食欲がわくのは当然こっちなんだが、ある種の破滅的な好奇心は他の料理に向けられてしまう。どのみち状況は引き返せないところまで来ている。こんなことならヴォルフを引き留めておけばよかった。
「………………じゃあ、頂こうかな。うん、大丈夫、変なものは入ってなかったし」
「………………そうですね、少し刺激的なだけですよね」
自分に言い聞かせるように2人は料理へと手を伸ばす。すでに他は食べ始めており、セシルも2人の料理を食べている。一口一口が非常に遅く、噛まずに殆どを飲み込んでいる。それでも顔が少し青かった
俺も箸を伸ばし料理を皿に取る。どちらがましかといわれると難しいが、フランの料理は見た目もとっ散らかっており臭いも刺激的な一方でマリアさんの料理は一見まともに見えてしまう。けれど言い知れない不気味さがあり、結局フランの料理を選んでしまった。
龍の肉はそれ単体では意外とたんぱくな味で、鶏肉と豚肉を足して2で割ったような味なのだが、目の前にある赤く彩られている肉はどう見てもこってりしていて味が濃さそうだった。
恐る恐る料理を口に運ぶ。普段当たり前のように食べている雪の料理がどれだけ幸せなものだったか改めて思い知る。
口に入れると同時に、受け入れ難い異物感が口の中に広がる。舌を焼くような辛さと鼻の奥を刺すような臭い、口の中に入れるまではギリ食べ物と思えたものが一瞬にして危険物へと変わってしまう。セシルの助言通り、それを噛むことなく何とか喉の奥に押し込んだ。えずきそうになるのを何とかこらえ、水を飲み口の中を洗浄する。まともに味わってないはずなのに後味が口の中に残る。酷い料理だ、いや料理といえるものじゃない。
「やば、2人に噛むなって言うの忘れてた」
「あ、」
自分のことでいっぱいいっぱいだった、なんて言い訳は通用しないだろう。少なくともあの2人がいなければ修正すらままならない言語化不能な何かが出来ていたはずなのだから。
しかしもう取り返しはつかない。根が真面目だからか、はたまたある種の願いかまでは分からない。けれど事実として彼女たちはすでにそれを噛み、味わってしまった。
レティの顔が赤くなり、雪の顔が青くなる。けれど最終的に2人の顔は色が抜け落ち真っ白になってしまった。
「雪!」
「レティシア!」
それぞれ近くにいた方を支えテーブルに倒れるのを何とか防ぐ。たった一口で彼女たちは気を失ってしまう。その元凶ともいえる存在達は何食わぬ顔で自分たちの料理を消費していた。
「フランの料理が辛すぎたんじゃない?」
「マリアの料理が気持ち悪かったんでしょ」
最早慣れた光景なのか、焦ることなくただ淡々と相手の料理を否定する。2人とも決して自分の料理が原因だなんて思っていないのだろう。
雪とレティをとりあえずソファーに運んで介抱する。2人とも何かにうなされるようにうわ言を言っている。よほどひどい体験だったのだろう。
あんまりこういう役回りは好きじゃない。けれどこの2人の料理を放置していたら、この先死人が出かねない。
「2人とも、すこし話があります」
「ん?んん?アモウ君、どうしたんだい?まだ私の料理は食べていないだろう?とりあえずはそれを食べてから…………」
「ええ、もちろん。しっかり口に入れてどんなものか確認しますよ」
マリアさんの料理を食べる。見た目は普通なはずのスープを口に入れた瞬間に脳天を叩かれるような衝撃に襲われる。舌にまとわりつくようなねっとりとした感触に、何か青臭い風味が広がり、食べる気がなくなってしまう。すぐに飲み込み水で流し、何とか意識を保つ。
「マリアの料理っておいしくないよね?無理して食べなくていいよ」
「な!あなたに言われたくはないんだけど。あなたの劇物に比べたら私の料理は家庭的なおいしいもののはずだよ」
「お話が、あります」
「「あ、はい」」
いつだって喧嘩する子供たちを怒るのは優しいお姉さんではなく、厳しいお兄さんなのであった。




