09話 復興前夜
マルセレスへと到着した龍車は街の外で止まる。近くで見るとよりわかる、龍害の残した爪痕。東部でもいやというほど見た破壊された街並み。人の営みが感じられるぐらいには原型を残してはいるものの、そこで生活する者はもういない。
俺たちが救えなかったもの、間に合わなかったもの、そういうものが各地の存在することを忘れてはいけない。
「復興にはどれぐらいの期間がかかるんですか」
「そうだな、上下水云々を除けば1ヶ月ぐらいで終わるはずだ」
「1ヶ月、そんな早く?!」
あちらと比べるのも違うのだろうけど、それでも早すぎる。建造を魔術に頼っているとはいえ、そんなに早く終わるものなのか。てっきりこの2ヶ月は地盤固めが主な期間で俺たちが帰るまでに防衛体制を整えるのがやっとだと思っていたけど、まさか1ヶ月で片が付くなんて。
「そりゃそうだろ、邪魔な瓦礫を撤去した後は魔術で片付く。まあ都市をまるまる覆う術式を構築するのには時間がかかるだろうがな、そん時はお前たちの出番だ」
撤去、きっとそれも火力にものを言わせた方法なのだろう。方法が力任せすぎるが確かに効率的なのは確かだ。無事なものを残すことはできないけど、きっとそこらへんは了承を得ている。それに龍害もこれが初めてではないはずだ、その度に復興をしているのだから、今更だろう。
「だから程よく力を抜けよ。もともと護衛なら第二の奴らだけで充分だからな」
「そうですね。けど力が抜けすぎるのもよくないのでしばらくしたらしっかり働きますよ」
「ああ、そうしとけ。それまでは俺に付き合え、基礎から鍛えなおしてやる」
「………………お願いします」
鍛えるとは言われたものの、この人のそれはしごきに近い気がする。昔見た自衛隊の訓練よりもなおきついものが待っていたらどうしようか、下手したら余計に疲れるかもしれない。まあ旅は道連れとも言うし雪にも付き合ってもらうか。
「あと1人で出歩くなよ。お前と雪、いやそれにレティシアもか、誰かに狙われているんだろ?最低限2人以上で行動しろ」
「善処しますけど、丸一日一緒ってわけにはいかないですよ」
「何のための親衛隊だと思ってんだ。お前らの護衛には親衛隊が就く。お前はあいつらの誰かと一緒にいろ、いいな?」
親衛隊の存在意義ってそりゃあなたの護衛でしょうに。でもこの世界で比較的長く一緒にいる彼らと一緒なら心強い。
カウレスもそれにヨウムさんもいないとなると、親衛隊の人数は5人。男はローランドとアルバートさんの2人だけか、迷惑をかけることになるな。
ナルバレック、あの子龍はまた俺を狙うのだろうか。その可能性が0ではない以上、護衛も警戒も確かに必要なのだろう。俺があいつに勝てればまた話は違うのだろうけれど、きっと死力を尽くしたとしてもまだあいつを上回ることはできない。
「分かりました。けどダースニック王の方はいいんですか」
「親衛隊なんて大層な名前がついているが、あんなもん俺直属の部隊なだけだ。他の兵団は色々指揮系統が面倒でな、急ぎの用はあいつらに任せてんだ」
確かにダースニック王の強さならそもそもとして親衛隊なんてものが必要ないだろう。東部龍害の折も結局親衛隊が東部に出向いたわけだし、彼にとって親衛隊は自由に動かせる部隊なわけか。
けれど今ダースニック王は大きな怪我をしている。無理をしている様子はないが、それでもよく見ると右腕はもう動いていない。きっともうこの人は自分にさほど価値をおいていない。自らの後継として息子であるカウレスを王とし、自身は一線を退いている。本当にこの人はもう、
「ダースニック王、あなたはもう…………」
「あん?なんだ、言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「…………………………いえ、何でもないです」
その質問は残酷過ぎる。だってそれが事実なら、カウレスは短期間の間に2人も身近な人を失うことになる。ああ、分かっている、前の戦いでそんな状況の人なんていくらでもいるだろう。辛いのはカウレスだけじゃない。ただ、あいつは悲しむ暇すらない。王になるということは、それだけ多くの責務を背負うということ。誰かの死を悲しむことは、きっと必要なことだ。そうじゃないと次の別れを悲しむことが出来なくなる。
「とりあえず今日は休んどけ。移動で疲れただろ、明日遅刻でもしたらよりきつくしてやる」
「それは勘弁してほしいです。じゃあ、ダースニック王もしっかり休んで」
荷物を持ち龍車を後にする。予定通りに就いたので時刻は6時過ぎ。太陽は沈みかけ、茜さす荒野は血のように赤く色づいていた。龍車から降りる人が列をなして、簡易的に作られた居住地へと足を運んでいる。簡易的といっても寝泊まりにするには十分すぎるほどの大きさのものが魔術で構築されており、あれを見ると復興が1ヶ月で終わるのも納得せざるを得ない。
「いたいた、探したよ天羽君。今日は走らなくてよかったの?」
「いいよ。昨日の今日だ、まだいまいち調子が出ない」
ニースから降りた雪が走ってこちらに近づいてきた。
「昨日ジュディッカさんに喧嘩吹っ掛けたからでしょ。まったく、昔っから手段の方は躊躇しないよね」
「昨日も言ったろ、別にお互い本気だったわけじゃない。あの人がまっとうに戦ってたら、最初の一撃で沈んでいるよ」
「はいはい、ほらレティとヴォルフ君が家まで荷物運んでくれてるから、私たちも行こ」
雪に促されて後をついていく。遠くには集合住宅のようなものが見える。急遽作ったからか、薄灰色ののっぺりとしたそれはどこか元の世界の団地を想起させる。俺の時代だともう一部の地方地域にしか残っていないが俺の地元にはまだあった。
「私たちの家は一軒家なんだって。警護の必要があるからなのはわかるんだけど、やっぱり申し訳ないよね」
「だな。まあでも管理しやすい、といえばそうなんだろ。下手に俺たちを誰かと接触させるのは避けたいってことなんじゃないか」
警戒はするに越したことはないだろう。アギナルドやナルバレックとかいう子龍の仲間が紛れ込んでない保証もない。
「雪も気をつけろよ。まだ魔術は使えないんだろ?」
「うん、どうにも調子がね。軽い魔術ぐらいなら支障はないんだけど大規模魔術とかはまだ無理かな」
前にも龍域を使ったときにも魔術は使えなくなっていた。ならいずれ使えるようになるんだろう。どれくらいの時間がかかるんだろうか、戦いが終わって数日たってもまだ治らなないとなると、もうしばらくかかるかもしれない。
すでに日は沈み、家へと向かう道は暗くなっている。篝火はたかれているものの、それでも街全体を照らすほどではない。ただそういう道は学校からの帰り道に似ている。雪とは何度も歩いた郊外の孤児院までの道。何もなければ続いていたはずの日常は今はない。それに未練がないと言えば嘘はなる、それに春香さんは心配しているだろう。
「元気にしてるかな、孤児院のみんなは」
「元気だと思うよ、ただ天羽君がいなくて寂しがっているんじゃない?あの子達、君に懐いていたから」
あの孤児院ではもう俺と雪が一番の古株になってしまった。雪は精確には違うのだろうけれど、似たようなものだろう。あの震災の影響で親を亡くし天涯孤独となった子供はやはり多く、俺たちの孤児院も震災前よりも多くの子供たちが暮らすようになった。
だがそれだけ子供が多いと当然色々と費用が嵩む。あの孤児院が存続できたのは国からの支援と雪のお父さんが遺した財産あってのものだろう。
「やっぱり帰りたいよな」
「そりゃね。でもいつ頃になるんだろ。天龍がもういないから自分たちでどうにかするしかないんだよね」
「そうだな。けど案外ノルディックあたりは知っていてもおかしくないんじゃないか」
この世界をどうにかするまでは帰るわけにはいかないけど、いつかは帰りたい。けれどそれは何年後になるのだろう。下手したら10年ぐらいはかかるのかもしれない。悲観しても仕方ないのだろうけれど、やはり気になりはする。
「あ、見えて来たよ。あれがしばらくの私たちの家」
雪が指さす方にはこじんまりとした一軒家があった。コンクリートのような集合住宅とは違って煉瓦造りの綺麗な家だった。たぶんもとからあった家をそのまま流用しているのだろう。魔術で急造されたものと違ってどことなく歴史を感じる。
「前の持ち主はもういないのか」
「ううん、元は覇龍軍のポカペトル火山観測所の中を改装したんだって。だからもともと持ち主らしい持ち主はいないっぽい。そんな気にしなくていいんじゃないかな」
そう言うことなら大丈夫か。元の持ち主を差し置いてまであの家で暮らす理由もない。けど元からいないなら雪の言う通り気にする必要もないか。
家がある場所は小高い丘の上にあり都市の全貌をある程度見渡すことが出来る。わかっていたことだが、防壁は完全に崩れ去り都市内部まで龍による被害が発生している。執拗なまでに破壊された都市はもはや都市としての原型を留めているとは言い難い。
そこに住んでいた人の思い出も、何もかも龍は破壊しつくしてしまった。そして明日には俺たちがそれを更に破壊して更地にするのだろう。
家の内装はシンプルな作りで、家具もそこまで多くなかった。けれど、住むには十分すぎるぐらいのスペースはあり、しばらく暮らすには苦労しそうに無さそうだ。
「あ、おかえりなさい、ユキ、アモウ。だいたい荷物は片付きましたよ」
「俺が来るまで荷解きは待っててくれても良かったんだけど、悪い助かった」
俺たちの荷物はそこまでの量はないが、それでも数人分の荷物になる。だから自分の分は自分で片付けようと思ってたんだけどな。それでもやってくれる分にはありがたい。
「怪我人は大人しくしてください、雑事は僕がやっておきますから」
「助かるヴォルフ、手伝ってくれてありがとな」
「いえいえ、それじゃ僕はこのあたりで、なにか用があればレティシアさん経由で知らせてください」
ヴォルフの家はまた別にあるらしい。まだ彼自身の出自が明らかになってない上に、俺と同等の魔力量を持っている人を子龍のそばには置けないとダースニック王が判断したのだろう。
元々ヴォルフ自身一人でいることが多かったから、彼自身はなんとも思っていないのだろうけれど、俺としては一緒にいてもらった方が心強い。
「じゃあ私は夜ご飯作るから2人は、」
「たのもー!」
突如として家の扉が開いた。当然そんなことがあったら、全員の注目がそこに集まるわけで、その視線に晒されたのは、扉を開けた張本人、フランだった。そして彼女以外にもセシルとマリアさんもそこにはいた。
「まったく、君は本当に騎士の家系の娘なの?もう少し慎みぐらい持ちなよ、フラン」
「ほんとだぜ、今回はマリアに同意だ、あたしでもあんな開け方…………いやなんでもない」
「細かいことはいいでしょ。せっかく一息ついたんだし、今日の夜ご飯は私たちが作ってあげる!」
一月程お休みします、テストは辛いね




