08話 湯治都市マルセレス
「でぇ、そのなりか。自分が療養のためにマルセレスに行くってこと忘れてんのか」
「あー…………名目上は復興の護衛なので」
昼過ぎの龍車の中、俺はダースニック王の追求から目を逸らす。昨日のジュディッカさんとの戦闘で受けたダメージはやっぱり一晩経ってもまだ響く。けれどこちらから持ちかけた戦いだ、悪いのはこちらだろう。
「ま、何だっていいが。それでどうだったやってみての感想は」
「流石としか、一線を退いてなおあれだけ叩けるのは驚嘆します」
俺が魔力を正常に扱えればまた話は変わってくるのだろうけど、あの人はそれを加味して戦ってくれた。あのまま行けば地面に臥していたのは間違いなく俺だった。それにあの速度、師匠やあの子龍ほどではないにしてもたぶん俺の全力よりなお速い。
「あいつは先王の親衛隊の前は教会の龍狩りだったからな。手こずるのも無理はねえ」
「教会の龍狩り、てことは龍教会の?」
「ん?知らねえのか。ノルディックから聞いてると思ってたんだが、相変わらずの秘密主義か」
龍教会、龍を信奉する宗教。ユーダニアと海を挟んだ対岸にあるゲースティルに本部があるらしい。関わりがないわけじゃないが、その殆どが治療のためだけだ。だから実際どういう人たちの集まりなのか詳しくは知らない。
「そもそも龍を信奉しているのに、龍を狩っても大丈夫なんですか」
「龍を信奉してるつってもそれは大昔の話だな。まだ人間が多くいた時代、龍に抵抗すらできない時代の話だ。だから崇め、奉り、信奉した。ようはただのご機嫌取りみてえなもんだな」
自然の脅威を神格化する宗教感は日本人なら何となくわかる。元の世界での神話も似たような話が多かったはずだ。この世界ではその一つに、いや最たるものとして龍がいた。
龍教会のような龍に近い存在が出来たからこそ、天龍の影響が野生の龍にも広がりだしたのだろう。最初は畏怖だったかもしれないけど、今はある種、龍に対する情みたいなものなのか。
「昔は他にも宗教じみたものもあったんだが、その殆どが消えていったな。奴らには継続できるだけの下地がなかったんだろうよ」
「下地、ですか。教義が受け入れられなかったとかですかね」
「それもあるんだろうが、一番はあれだな、それらには龍教会のような神話じみたものを作れなかったんだよ」
神話、龍教会で言うところの天龍と神龍の戦いがそんな感じか。他にも始祖龍に関する話もあった気がするけど、そこらへんはまだ読んでない。炎龍と戦う前に一度は読んでおくべきなんだろうけれど下手に先入観を持つのも違う気がする。
神話は言ってしまえば誇張されたものだ、どこまで信用していいかもわからない。
「神話ってのは歴史の空白にできるもんだが、人間が生まれてから1万年、その殆どの歴史はしっかりと記録されているうえに、龍なんて言う身近過ぎる怪物もいる。龍教会以外が台頭するのは無理な話だわな」
「1万年前の記録がそんなしっかりと?」
「ああ、別におかしな話でもねえだろ。当時から製紙技術はあった、後は言語が当時から変わってなければ残りはする。多少は龍に焼かれもしたが、それも微々たるもんだぜ。テノティトにある図書館に行けば9000年以上前の文学も読めるぞ」
そんな昔からの本が残ってるのか。戦争が科学技術の発展を推し進めるように、龍という存在が人間の進歩を早めたのだろうか。人という種が誕生してすぐにそんな高度な文明を築けるほど追い詰められたのか、いや天龍が関与しているのなら話は違うのか。加護を与えて人の成長を見守る、そのぐらいはきっと彼女はしている。
「なら逆に1万年以上前の出来事は一切記録が残っていないんですか」
「ん?そりゃそうだろ。観測主たる人がいねえ。ああ、だが天龍っていう生き証人はいた。あの龍の語りでのみ知ることが出来うる。けどそんなもん記録というよりただの記憶だ。客観性なんてどこにもねえよ」
知ったとして何の意味もないけれど、少しだけ気になる。人が生まれる前、天龍と神龍との戦いがどんなものだったかは気になる。天龍は負けたが、神龍はその後も天龍の存在を許しているうえに人という種も黙認している。違和感がないと言えば嘘になる。だけど神龍にとって人がとるに足らない存在ならばそうでもないのか。
「話は少し戻りますけど、精霊教会はそんな状況でもまだ残っているんですよね」
「あいつらはいわゆる受け皿的な立ち位置なんだよ。龍教会からあぶれた奴ら、恨みを持つ者、そいつらに限るわけじゃねえがそういった奴らが多い。だから未だにゲネルシャフトじゃ戦争が絶えない」
受け皿、それもそうか。龍教会は別に血の濃さで差別はしているわけではないけれど、純粋な個人の能力、寿命、そういったものに不満を持つ人は多いのだろう。良くも悪くもこの世界は地の濃い龍人が台頭しやすいようにできてしまっている。
リヴィングスだと議員は一般からも選ばれているようだけど、他の国は分からない。血の濃さが力に繋がる分、優遇するのは何も悪いことじゃないのだろうけど、どうしてもそういう格差は不満を軋轢を生む。そういった人の受け皿に精霊教会はなっているのだろう。
「特に今は龍教会も肩身が狭いんだろうよ。だから精霊教会の奴らに付け入る隙を与えられる。ったく」
「教会といえばラニウッド達は?」
「あん?ああ、あの魔法使いか。あいつは死んだがその仲間は捉えられている。じき情報を吐くだろうよ」
「吐くって、」
「聞きたいか、まあ気にはなるか。それとも同情か、ならもう忘れろ。少なくとも殺しはしねえから安心しろよ。貴重な情報源だ、悪いようにはしねえよ」
それは、どこまで信じていいのだろう。ダースニック王のことは信頼している。この国を守るためなら自分の身すら投げうっている人だ、この国にいる間は頼っても良いはずだ。
けどそれは裏返せば、この国の為なら非常な選択を選べるってことだ。ただの尋問ならまだ優しい方だろう。あれだけのことを犯したのだ、下手したら拷問をしてでも情報を聞き出すこともあるかもしれない。
「………………はぁ、まったく。あんな奴らにも同情するのか。いいぜ今度会ってみるか?お前も他人事じゃないだろ、あいつらはレティシアを狙ってたんだから」
「会えるんだったら会ってみたいですね。気にはなります」
気にはなる。それこそレティの件もあるし、何よりなぜ彼らはあんなことをしたのだろうか。だから会って見たくはある。ただ正直、理解も納得もできないだろう。俺と彼らでは文字通り住んでいる世界が違いすぎる。
「ま、しばらくはマルセレスに滞在するから、だいぶ先になるがな」
「その時はレティにも聞いてみます。彼女も内心気になっているでしょうし」
気にしてないはずがない。むしろきっと彼が死んだことに対する罪悪感すら覚えているかもしれないほど彼女は優しいんだ。俺はきっと親しい個人の死ですらまっとうに悲しんでやることが出来ない。
「でも意外です。龍教会のことといい意外と博識なんですね。前に自分には政治が出来なんて言ってませんでしたか」
「お前俺のことなんだと思ってんだ。700年も生きてると暇な時間が出来るんだよ。王族である以上政治には関われないが国の代表ではある。ある程度の教養がないとやっていけないんだよ」
700年、俺には想像もつかないほどの長い時間だけど、ダースニック王はそれほどの期間を生きている。なら一時勉強に励む期間があってもおかしくはない、のか?だめだ、ダースニック王が机にむかっている姿がまったく想像できない。
「お前も知っておいて損はないぞ。ただバカみたいな量だからな、ある程度重要なところだけにしておかないと、人生の半分をそれに費やすことになるな」
「俺にとっての人生の半分が何年かはまだわかりませんけどね。けど精霊教会のことも含めてテノティトに帰ったら調べてみますよ」
実際、俺は何年生きるのだろう。天龍の子龍は何も立場だけが特別じゃない。その力も、そして身に宿る時間もきっと他者より長い。俺が知っている人の中で最も年を取っていたのはヨウムさんだった。彼は1000歳を超えているという。なら俺も、そして雪も同じくらい、いやそれ以上に長生きしても不思議じゃない。
ああいや、そういえば目の前には子龍の子孫がいるんだった。聞いてみてもいいだろう。
「ダースニック王の祖先の子龍さんって何歳ぐらいまで生きていたんですか」
「初代か。あの人は戦いの中で死んじまったからな、あんまりあてにはなんねえよ」
祖先の死をあっさりとした口調でダースニック王は語る。そりゃ何千年も前の話だからもう他人事のようなものなのだろうけれど、悪いことをした。
「すみません。じゃあ知っている中で一番長生きしている人は」
「遠慮すんなよ、そんぐらい何ともねえ。そうだな、この世界で今一番長生きしてるのは龍教会の婆さんじゃねえかな。あの人は確か8000年前に子龍になったはずだ」
「え゛」
口から濁った音が出た。それぐらい今のダースニック王の言葉は衝撃的だった。8000歳、それほどまでに長い時間を経てもその人は生きている。きっとその長さは当の本人にしかわからないものだろう。なら俺や雪も?何らかの外的要因がない限りは生き続けるのだろうか、それこそ永遠に。それは、少し寒気がする。永遠はきっとそんな簡単に手に入っていいものじゃない。
「俺からしても規格外の婆さんだよ。実際お前たちがあと何年生きるかなんて俺は知らねえが、一つ教えてやる。悔いは残すなよ」
「………………無理ですよきっと。俺は生きている限りそれらを抱えて生きて行かなきゃいけませんから」
救えなかった人の思いを背負う。それは俺が目を背けてはいけないもの。一生忘れてはいけないもの。俺自身は後悔しちゃいけない、けれど誰かの悔いを受け止めて前へと進まないといけない。
「そんなもん、ガキ1人が背負えるものじゃねえよ」
「ええ、だからもう子供じゃいられないんです」
「そうだな、だが急速な成長ってのはどこかが歪むもんだ。それを正さず、生きていけるほど人は強くない」
分かっているつもりだ。俺の歪みなんてあの時から分かりきっている。目を晒せるならどんなに楽な事か。あいつの選択はきっとたった一回で俺の意味をなくしてしまう。だからいつかどうしようもなくなった時、俺は俺でいられるだろうか。もし仮に雪が危険にさらされた時、俺は正しい選択を取ることが出来るだろうか。
「そういうわけだ、まだまだお前たちは子供でいいんだよ。カウレスと違って急務でもない」
「カウレスは充分責務を果たしていると思いますけど」
「そうだな、だが王になるだったらまだまだ未熟だ」
「そりゃいづれは王になるんだろうけど、何も今すぐにってわけじゃ」
「俺はもう王位を退く。あと二か月もすればあいつが王だ」
…………それはどう受け取ればいいのだろう。ダースニック王の身に刻まれた傷、それだけ見れば彼は動いているのも不思議なほどだ。そう、いつ死んでしまってもおかしくない。けれど彼は昨日も元気そうに俺と同じ距離を走り、今日も俺と一緒に龍車で揺られている。この国の王は実質的に軍のトップだ、もう戦えないと自分で判断したからなのか、それとも。
「それは、」
「お!見えてきたな。見ろよアモウ、あれがリヴィングス北西部で一番の都市マルセレスだぜ。ここからでも源泉から立ち上る湯気がよく見える」
浮かび上がった疑問を飲み込む。きっとそれは俺にはどうしようもない。ダースニック王が指さす先にあるのは確かに都市、だったもの。ところどころから湯気が上がる光景はある種の懐かしさすら覚えるもので、日本人としてはなじみ深いものだった。もし瓦礫の山じゃなかったらもっと壮観な景色だったのだろう。
ああいう景色はそれこそ8年前にいやというほど報じられた。見慣れているともまた違うのだろうけれど、それでも昔の崩れた温泉街の姿と重なった。




