07話 夕方、川辺での戦い
ミスりました上げ直しです。
「では私たちも移動しましょう」
「お願いしますねレティシアさん」
「文蛤の精霊よその権威を示せ『蜃気の楼閣』」
アモウとは別れ自分自身とフィオレさんとに魔法を紡ぐ。文蛤の精霊は私たちの姿を見えなくする。効果は足元に広がる僅かな霧が晴れてしまうまで。そんなには長くない、昼と夜の寒暖差はだいぶあるけど、深い水場があるわけじゃないから条件が悪い。
「急ぎましょう、それと音までは隠しきれませんからなるべく足音は出さないでください」
「分かりました。それと改めてありがとうございます。私の我儘に聞いていただいて」
「………………次は協力しませんよ」
しない、しないはず、しませんから。自分が押しに弱いのは心得ている。だから断る練習もしてはいるのだけれど、それでもあんなふうに頼まれたら断るわけにはいかないじゃないですか。
でも今は少なくとも承諾してしまったのだからやり切らないといけない。アモウが行った方から戦闘音が聞こえる。アモウはああ見えて考え方が大雑把だから人死にが出ない限りだいぶ無茶をする。結果を重んじるというか、目的を達成する上で手段をあまり選ばないというか、何にせよ彼は自分を犠牲にせずにはいられない。
「ふふ、なら次からはレティシアさんも敵になるかもしれませんね」
「敵なんて、そんな風には言わないでください。ジュディッカさんたちもフィオレさんを心配しているのですから」
「いいえジュディッカ達は敵じゃないですよ。正しくは私がユキさんとレティシアさんの敵になるんです」
私とユキの?どういうことだろう。私とユキ2人の敵に彼女はなるという。わざわざ名指しで私たちだけを指定する。そこに意味はあるのか、本当はただの彼女の悪ふざけに過ぎないのか、私にはわからない。でも、これはただの直感だけど、そうは成らない気がする。だって彼女はアモウのことを心の底から心配してくれた1人で、なによりこの国の王女様なのだから。けれどそれはあくまで私の直感、当てにならないにもほどがある。
「………冗談はほどほどに、そろそろ人が来てもおかしくないので喋らないようにしましょう」
「ええ、そうですね。冗談で済めばそれに越したことはありません」
———
「さて、降参しますか?」
「まさか、けど認識を改めますよ」
「こちらこそ改めないといけないようですね。魔力による身体強化を一切使われていませんのに、こちらが力負けするとは。ですがそう単調な攻撃ばかりですと私には当たりませんよ」
左腕による防御も意味を為さず、肉体に無視できない痛手を負った天羽はかがみながらも戦意を示す。まだ負けを認めるわけにはいかないと立ち上がり剣を構えた。
元々本調子ではなく、その上相手を傷つける気もない状態では後れを取るのも当然だ。彼は戦いそのものに意味を見出すことはないかもしれないが、それでもその経験には価値がある。
「何となくですけど対処法はわかりますよ」
「ではお手並み拝見といきましょうか」
今度は天羽が攻める、純粋な膂力ではジュディッカを超えることはできても速度は彼女の比ではない。そのうえ彼女は龍眼を起動しており、後手からでもまくることが出来る。
天羽の剣は当たらない。ジュディッカの戦い方は回避を前提に作られている。武器で受けることなく、魔術によって相手の隙を生み出しそこを突く。もしくはその加速力をもって相手を圧倒する。
再びジュディッカの手元に術式が刻まれる。それを見ただけではアモウは何の魔術かは分からない。けれどおおよその見当はつく、剣を弾くほどの簡単な魔術は限られてくる。
「ライトニング」
鍵句は唱えられた。それは本来不可避のタイミング、数百年にわたる彼女の人生が積み上げてきた戦いの証。だがそれは天羽が魔力を使わないことを前提としたもの。
瞬間的な魔力による身体強化、天羽にとっては生涯関わりのない技術でしかなかった。天龍の子龍という恵まれた魔力量、その圧倒的な総力と出力故に彼は魔力を小出しする必要がない。
けれど今の天羽は魔力をまっとうに扱える肉体ではない。だからこそその技術は必要であり、つい数日前彼はそれを体感している。記憶には残っていなくとも肉体には残っている。意識の表層に現れた彼の技術、その感覚を頼りに模倣する。
「っ!」
稲妻が虚空を割く。天羽の剣に向けて放たれたそれは目標にあたることなく明後日の方向へと飛んでいった。けれど天羽の剣もわずかにだがジュディッカには届かない。確かに意識外からの一撃だったがそれで対処できなければ彼女は親衛隊には居なかっただろう。紙一重で龍眼で捕捉し後ろへと避けた。
彼女の額に冷汗が浮かぶ、一線を退いたとはいえ魔力を十全に扱え龍装を扱う自身を相手に天羽は一撃を入れかけた。その事実は彼女に天羽が天龍の子龍であることを知らしめる。人とは隔絶しその源流たる龍の子、その力のほとんどを使わずとも自分と拮抗しうるという認識を新たに彼女は天羽と再び相対する。
「なるほど、流石は、と言っておきましょう。ですがそのお身体で戦い続けるのは難しくはないのですか」
「いえ、辛いのはいつものことですから。それにこれくらいの負担なら夜明けまで戦えますよ」
ほんのわずかな小休止、しかしすぐに戦いは再開する。天羽が身体強化と通常の剣戟を混ぜることによってジュディッカは魔術を用いての迎撃が実質的に不可能となる。
天羽は彼女の攻撃を全て受け止め弾く。ジュディッカは彼の攻撃を受けることなく避け、巣の僅かな隙を狙う。
ジュディッカが距離を取ろうと魔術を地面へと行使する。巻き上げられた砂ぼこりは天羽の足を止めるには心許ないが、それでも地面に新たな術式を刻むことには成功する。
「ストライクゲイル!」
「くっ!」
天羽が距離を取らせまいと距離を詰め寄った瞬間に、ジュディッカが仕込んだ魔術が起動した。傷をつけまいと威力を抑えられた刃を伴う突風は彼の踏み込もうとした足を宙に浮かせ、強制的に後退させる。それによってバランスを崩すことはなかったが、しかし確かに距離は離れた。距離にして5m、天羽の踏み込んだ一撃が届かず、ジュディッカの鉈と魔術が一方的に当たる距離。
アドが使える平時ならともかく使えない今、天羽は魔術を避けることはできても防ぐことはできない。ここで多数の魔術を刻印し降参を促せば、可能性はあっただろう。しかしその可能性はそこまで高くない。魔術行使の隙を突かれ、相打ち覚悟で詰め寄られた場合地面に沈むのは自分自身という直感が、彼女の選択肢から魔術を捨てた。
鉈をもつ右手を大きく構える。狙うは天羽が地面へと着地する瞬間、その絶対的な隙を彼女は逃さない。
半円を描くように振り下ろされた鉈はまっすぐ天羽の脳天へと振り下ろされる。遠心力と彼女の魔力により加速された鉈は目視することすら困難な一撃だった。
しかし忘れてはならない、天羽の師は龍人だけで見ればこの世界最速の剣技を持つ存在だということを。彼の目に焼き付けられた至高の一撃は師にとっては不完全なものだとしても正しく最速だった。
振り下ろされる鉈に剣を合わせる。着地の衝撃、そしてジュディッカの一撃の衝撃、2つの衝撃が重なり天羽は地面に膝を着く、けれど彼女の刃を届かない。防御も回避も不可能に思っていた一撃を天羽は確かに防いで見せた。
「これすらも防いで見せますか!」
「っ、ギリギリですけどね!」
実力は拮抗している、2人の攻防は決定打を欠き時間が確かに進んでいく。天羽にとって戦闘時間が長引くことは有利に働くこともあれば不利に働きもする。
そもそもとしてまだ本調子ではない天羽にとって、長時間走り続けた後の魔力を用いた戦闘など肉体に負担がかからないはずがない。夜明けまでなどと嘯いてはいるものの限界は遠くない。
けれどそれより早くこの戦いの結末が決まった。
「聞こえますかアモウ、今フィオレさんをテントまでお連れすることが出来ました。もう大丈夫ですよ」
レティシアからの連絡が戦闘中の天羽に入る。それはフィオレが無事にテントへと帰った旨を伝えるもの。そしてそれは同時にこの戦闘が続いている理由でもある。
勝敗はつかなかった。後小一時間もすれば決着もついただろうが、それより早く別の戦いに決着がついてしまった。
「よし!…………話は変わりますがジュディッカさん、フィオレのテントはもう一度しっかり調べた方がいいんじゃないですか?」
「…………はぁ。なるほど時間切れですか」
ジュディッカが構えていた鉈を地面へと下ろす。もう彼女たちが戦う意味はなくなった。時間稼ぎを目的としたこの戦いはその役割を終えて、彼女の本来の仕事へと戻らなければならない。
「ではそうすると致しましょうか、付いてこられますか」
「もちろん、彼女の言い訳は気になりますから」
「あまり面白みのないものですよ。ただの約束事ですから」
———
「ふふ、遅かったですね、婆や。今回は私の勝ちでいいですね」
「ええ、今回は負けを認めましょう、わんぱく姫。まったく、出かけるなら一言声を掛けてくれればよろしいのに」
「その場合、絶対に誰かついてくるのでしょう?たまには一人の時間というのも必要なのです」
俺とジュディッカさんがフィオレがいるらしいテントに入ると、当たり前のようにくつろいでいたフィオレがいた。テントの中はそこまで広くなく精々寝食が出来る程度の広さであり4人も人がいると流石に狭く感じた。
ジュディッカさんとテントに来る道中に聞いたが、フィオレはもともと脱走癖のある王女だったらしく、その度にジュディッカさんに何度も怒られているらしい。それに嫌気がさしたのか、ジュディッカさんに見つかる前に部屋に戻ることが出来たら不問にする、という約束を取り付けたそうだ。
「ちなみにこれまでの勝ったことはあるのか?」
「いえ、これが初めてですね。お二人のおかげで初めて婆やに勝つことが出来ました」
初勝利、それもそうか。フィオレ自身王族ともあって身体能力自体は低くないのだろうけれど、相手が相手だ。そう易々と勝利を譲るとも思えない。きっとこれまで容赦なく捕まえていた違いない。
「…………大変ですね、ジュディッカさん」
「ええ、まったくです。もう少しカウレス殿下を見習ってほしいですね」
「ちょっと、そこでお兄様の名前を出すのはズルいですよ。私は私、お兄様はお兄様です」
真面目なカウレスと奔放なフィオレだと確かに対照的な兄妹ではある。俺や雪には兄弟がいなかったから何とも言えないけど、兄妹でも結構違ってくるもんだな。
とはいえそろそろ日も沈む、雪たちが夕食の準備を進めているはず。夕飯前の激しすぎる運動も終わった。お腹のヘリもちょうどいい頃合いだろう。
「あ、いい匂いがしてきましたね。アモウはどうします、もう一回川で体を流してきますか?」
「そうする。すみませんジュディッカさん、戦いに付き合ってもらって」
「いいえ、有意義なものでした。きっと子龍様ならあの炎龍すらも倒して見せるのでしょうね」
苦戦した相手にそう言われるのは実力を過大評価されているみたいで、どういう返しをすればいいか迷ってしまう。けど子龍が背負っているのはそういう期待のようなものの集まりで、だから多少飾ったとしても応えなければいけない。
「もちろん、そうできるように励みます」




