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子龍よ、天を頂け  作者: ハイカラ
臨炎の死活火山
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04話 走り出す、その理由

龍車の間から見える青空は、数日前まで龍が埋め尽くしていたものとは思えないほど青く澄んでいた。けれどそんな天空とは対照的に地面には未だあの戦争の後が確かに刻まれていた。

路傍に転がる死体、死体、死体、どこに目を逸らそうともあの日の残骸が今もなおそこに氷像として存在していた。同乗者曰くしばらくの食糧源となるらしい。龍の肉は確かに絶品だが、それでもこの量を消費するのにはかなりの時間を要するだろう。だからこその氷像なのだろうが、それでもやはりあまり見て気持ちのいいものじゃない。


俺たちは今龍車に乗って移動している。目的地はカウレスの話によるとマルセレスという街らしい。火山の麓にある温泉が有名な街らしく、休暇を取るには最適の場所、何だが当然龍害による被害を受けている。復興作業をしなければあまり休むこともできない。とはいえ温泉自体は無事らしく、しばらくはその周囲を拠点とするらしい。

土龍に牽かれる龍車での移動はだいぶ安定していて、病み上がりとは言えかなり快適だ。この龍車には俺ともう1人の同乗者以外他の人は乗っていないが、その後ろの龍車には多くの人たちが乗っている。龍害から避難してきた西部の住人、あくまでその一部に過ぎないものだが、それでも一匹の土龍に牽かれる龍車には千人もの避難民が乗っている。そのうえ第2兵団までもいるのだ、全体の人数はもっと多くなる。


地を征く土龍と違い、雪やレティ、ヴォルフ、そしてカウレス以外の親衛隊は上空で自らの騎龍に乗ってこちらを護衛している。雪たちはともかくとして親衛隊の面々がついてきたのは当然理由がある。彼らはリヴィングス国王親衛隊なのだからその対象はもちろん国王、つまりは俺の同乗者、ダースニック王の護衛として彼は付いてきた。


「ついてきて大丈夫なんですか? まだ怪我が酷そうですけど」


「見てくれはひでえが問題ねえよ」


「………………」


「ッチ、あれは俺の選択だ。お前がどうこう思う必要ねえんだよ」


見透かされている。雪と違って俺は分かりやすいから、すぐこうやって他人に気を使わせてしまう。確かにあの判断はダースニック王の判断とは言え、それでも俺にもっと力があれば、その結末は違ったものになっただろう。


「分かってます、割り切ってはいますよ。それで、テノティトは大丈夫何ですか?」


「あいつがいるからな。死にかけのジジイなんて必要ねえよ」


「いやそうじゃなくて、王様がいなくて政治は回るのかっていう疑問です」


王はこの国の代表、現代でこそ王様なんてある種の称号としてでしか語られないけど、少し前までは元の世界にもいたらしい。統合と合併とを繰り返しそういった国々、というか非合理的な統治システムは淘汰されたみたいだが。

しかしそれは元の世界の話でここには確かにこの国の実権を握る王様がいる。


「ああそういや言ってなかったな。俺の、王の権力はこの国じゃそんな強くねえ。精々軍事においてのみ全権を握っているだけだ」


「え…………いやそういうこともあるのか、日本やイギリスも実権はもってないし」


「ま、非常時は別だがな。だからカウレスがやろうとしてることは越権行為なんだが、そこらへんは上手くやるだろ。どうした?そんなに意外か?逆に俺に政治が出来るように見えるかよ」


「少なくとも戦場であんな判断を下せる人ができないようにも見えませんけど」


大局的な判断が出来ないような人にも見えない。いや出来なかったらそれこそあの戦いはジリ貧で負けていた。あそこで西部砦を切り捨てる判断を下していなかったら雪は途中で力尽き、俺もきっと雪の龍域内じゃなきゃアギナルドに勝てなかっただろう。


「だが俺よりも優秀な奴がいる、ただそれだけだ」


「王様ってもっと自由なんだと思ってましたけど、違うんですね」


「この国はな、ユーダニアやゼーブデイトはお前の考えてる通りの王様だよ。ま、今はもういねえがな」


「ユーダニアはともかくゼーブデイトも?それってどういう、」


ダースニック王に聞こうとしたがその言葉が遮られる。巨大な龍車が揺れる、その質量故に、よほどのことがない限りは揺れる事の無い龍車を揺らすほどの風がこのあたり一帯に吹き荒れた。けれどそれもすぐに終わる。


「ありゃヘルウィックだな。前方の龍を一掃したんだろ」


「確か第2兵団の団長でしたよね。すごい威力だ」


「連射ができねえのが短所だがな。あれ一回で半分近くの魔力もっていかれてるんじゃ、まだまだだ」


魔術で感知できない俺はどれほどの距離に龍がいたかは具体的には分からないが、着弾音と速度からして相当距離離れていただろう。たぶん2キロは離れていたはずだ。

少なくとも俺はそこまで束ねた魔力を飛ばすことが出来ない。絶対に途中で霧散する。


「魔力量と出力が嚙み合ってねえと苦労するな。それでも兵団トップに躍り出たんだ。まだまだこれからだろうよ。それで?何か言いかけなかったか?」


「ああそうだ、ゼーブデイトで何が起きたかわかったんですか」


「言ってなかったな。言う必要も、いやどうせ次はゼーブデイトだろうからどのみちか…………反乱だ。先月ゼーブデイトで民衆の反乱がおきた。今でも王家の生存は確認できてねえ」


反乱、いやきっとこの場合は革命か。でもこのタイミングで革命って、龍害がリヴィングスを通過したらどうするつもりだったんだ。まともに迎撃もできずに焼け野原になってたんじゃないか。いやそもそもそんなごたついている時期に始祖龍の討伐の協力を頼まないといけないのか。


「あの王は善人だが、優秀ではなかった。空しくはあるが、ある種王たるものの務めだろうよ」


「それでも、死んでいいわけじゃない」


「割り切れよ、そういうもんだ。大方リヴィングスへの遠征費が馬鹿にならかったんだろうな、間接的にリヴィングスに責任があるが、さてどう対応するんだろうな」


えらく他人事のようにダースニック王はそう語る。もう自分には関係のない事柄のように、人の死と国の滅亡とを語る。確かに、国政に関われない身としては関係のない話かもしれないけど、それでも何か違和感を覚える。


「冷たくないですか」


「身を削ってまで他者を救うことは立派だがな、それを王がするのは道理に背く。王が削るのは自分の身じゃない、国そのもの。その選択を王がとるべきじゃないんだ。だから必然だ、あの反乱は起こるべくして起こった。だから俺から擁護することはねえよ」


それはきっとどこまでも正しいのだろう。正しすぎるが故にそこにこもる人の熱を感じえない。王という機構が選ぶ自国の存続。最善を、最良を、それはきっと俺の思う強者の在り方。


「だがな、きっとあの人は後悔してねえだろうよ。ゼーブデイトの兵がいなければ西部の避難は間に合わなかった。それを忘れるほど、俺も落ちぶれてねえ」


個人としては、か。自身と立場を分けて考える。俺はどうしても結びつけてしまうそれらをダースニック王は分けている。きっとそんな難しいことじゃない。俺も昔はできていたはず。でも背負う責任が大きすぎて自分が潰される。きっとそれはいつか、人の死に覚える悲しみを麻痺させる。


「悩めよ、人の在り方に正解なんてない。どちらを優先するかだ。馬鹿真面目に生きるにはこの世界は優しくない。真面目でなくとも何を基準に生きるかを決めろよ、信念か責任かを」


「分かってます。いつだって俺の頭にあるのはそういうことだけですよ」


「は!そういうのが馬鹿真面目だって言ってんだ。休めるときにそんなことで悩んでんじゃねえ」


「そんなことって…………」


そんなこと、ではないような気がするけど。ぶれるな、曲げるな、歩みだしたらならそれはきっと過去への裏切りになる。


「悩めつった手前言うのもあれだが…………今から俺らが行く場所を知ってるか」


「マルセレスですよね?温泉が有名な」


「そうだ、まだこの国に来て一度も入ったことないだろ。せっかくリヴィングスに来たんだ、存分に楽しめよ」


…………確かに。前にユーダニアでリヴィングスについて軽く調べた時に真っ先に目に入ったのが温泉だった。それだというのに、1月もの間一度も温泉に入っていない。

西部から北部にかけて広がる火山地帯が主に温泉で有名らしいんだが、俺がいたのは主に東部だからな。

視線を外にずらすと目に入るのは天を衝くような巨大な山、パナマ山脈に属するポカペトル死火山。周囲は依然として火山活動が活発なのに対し、不思議なほどに動きのない山。なんでも5000年は噴火してないそうだ。


「うちの温泉は絶品だ。馬鹿みてえに熱いが、ま、俺達なら問題ないだろ」


「感覚はまだ人間だった頃のままなんで、あんまり熱いのはきついですよ。ちょうどいい温度の温泉に入ります」


「しょうがねえな。ああそれともあれか?あの2人と一緒に入りてえのか?」


「冗談きついですよ」


この年で男女が一緒に入るのは一般的にありえないだろ。いやそれ以前にレティが嫌がるに決まってる。そもそも俺も一緒に入りたいわけじゃない。

ダースニック王は俺の返しが意外だったらしくそれなりに面食らっていた俺としては意外と思われるのが意外なんだけど、そういう素振りなかっただろ。


「なんだ、どっちかに気があるのかと思ったが違えのか。ならその指輪は本気なのか」


「指輪?ああこれですか、せっかくもらったのに付けないのも悪い気がして。でもどういう意味です?」


俺の右手の人差し指にはもらった指輪がはめられている。陽光を反射して金属の鈍い輝きを放っている。中央には小さな赤色の宝石があしらわれており、その周囲に龍の模様が彫られている。派手過ぎず、しかし確かな存在感を持っていた。

フィオレさんとは結局出発まで会えなかったが、次会えたらお礼を言っておかないと。


「しらねえならいい。本人の口から言わねえ限り意味はねえしな。親とは言えどうこう言うのも違うだろ」


「む、知ってるなら教えてくれていいじゃないですか。正直返したほうが良いなら言ってくださいね」


「その心配は今のところねえよ。とはいえ貴重なもんだ、なくしたらフィオレが泣くぞ」


いくらなんでも無くさない。人からのもらい物をそんなぞんざいに扱えるほど厚顔無恥じゃない。でも故意であれ偶然であれ、なくさないようにしないとな。友人の妹を泣かしたくない。


「さて暇になったな。ちょっと走るか。ほらお前も来いよ」


突然ダースニック王が立ち体をほぐし始めたと思ったらそんなことを言いだした。俺もダースニック王も当然まだまだ安静しなければいけないわけだが、そんなことなどおかまいなく俺は空中に投げ出されていた。

受け身を取る。突然投げ出されてもそれが出来る自分を褒めたいが、そんな暇などない。後ろを振り向けば歩を進める土龍の姿。当然急には止まれないわけで、その巨大な足が俺の頭上に…………


走り出す。その理由が死に直結しているなら当然いつもより速くなるわけで、というか馬より少し速い土龍に追いかけられるのだ、それはもう、本当に、死ぬ気で。


「急げよ、地面のシミになりたくないなら死ぬ気でな。あ、魔力はまだ使うなよ、下手したら悪化する」


「勘弁、して下さい!こちとら、昨日まで、ベッド生活、だったんだぞ!」


「はは!ならちょうどいいリハビリじゃねえか。そら頑張れ」


魔力はまだ使えない。その状態で土龍の速度より速く走らないといけない。ダースニック王は当たり前に並走してるが、俺にとっては冬の持久走よりしんどい。

ああくそ!これならもっと魔力に頼らない肉体面も鍛えとけばよかった!


赤銅色の大地を走り続ける。上空からわずかに声援が聞こえる気がするが、そんなことなど気にならないほどに死ぬ気で走る。でも確かにこの瞬間は頭の中を占めていた悩みから解放された気がした。


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