28話 七熾の公主
「は?…………炎龍?」
眼前には自らを炎龍と名乗るダースニック王の姿。理解が追い付かない。ただでさえ色々あった後なんだ、そんな情報飲み込めるはずもない。だが目の前の男がダースニック王ではないことはわかる。どうしようもない嫌悪感がふつふつと湧き上がるのを感じて、どうにかそれを表に出さないようにする。
「左様、汝は魂を覗けるようだな。天龍の子龍ならば不思議ではない」
「まて、待ってくれ、なんでそんな存在がここに、それにダースニック王は?」
「我の龍体が駆動を始めたことで、この男の体に宿る心臓が目覚めた。欠片ではあるが意思を宿すには十分だ。この体の持ち主を心配しているのなら、それは杞憂に過ぎない」
無事、なのか。だめだどうにか咀嚼して考えて、頭を回さなければならない。もしこの自称炎龍の言うことが正しいのなら、俺は今始祖龍と話しているということになる。龍との会話、不可能、いや天龍だって話せたんだ、始祖龍ともなれば人の言葉を話せても不思議ではないのかもしれない。
「それで、あんたが炎龍だとして、そんな存在がどうしてここに、それに龍体が駆動って、あの地震は」
「ここに来た目的か。それは語弊があるな、依然として我が龍体は目覚めてはいない。故に意識がこのわずかな心臓を依り代に目覚めたというわけだ。目的があってきたわけではない、故に時が経てばこの肉体も持ち主に返そう。地震という現象に関してはおそらく龍体が駆動したことによる影響だろう」
意外と話せる、のか。少なくとも俺の質問に答えるだけの意思はあるようだ。炎龍の意識だけがここにある、という認識でいいのだろうか。龍としての体はまだ目覚めてはいないと。それもそうか、七熾の1つ紅蓮の炎はダースニック王がまだもっている。
なら今は相当にまずい状態ではないだろうか、もしこの炎龍がダースニック王の肉体を殺したら、炎龍は目覚めるということになる。それは何としてでも阻止しなければならない。
「だけど少なくとも天龍の子龍に会いに来た目的はあるんだろ、ダースニック王を騙ってまで」
「ない、といえば嘘になる。人と話すのは5000年ぶりでな、汝に興味があったのだ」
「俺に?」
そんな興味嬉しくもない。この先必ず衝突する炎龍に雑な因縁なんてつけられるようなら命がいくらあっても足りない。
ダースニック王の顔で彼が見せないような神妙な顔で炎龍は俺に問う。
「汝らはなぜ抗うのだ」
「冗談か、もし真面目に言っているなら質が悪いにもほどがある」
「冗談?いいや、真面目に聞いている。我は不思議なのだ、死という終わりを知りながら、それでも生きようとする汝らが」
それは本当に心の底から馬鹿にした問いで当の本人はいたって真面目に質問していた。あらゆる生命に対する冒涜、ならばこいつは自身が生きている意味すら分からないというのだろうか。
「それは俺たちの生に意味がないって言いたいのか」
「平たく言えばそうだろう。死はあらゆる意味の喪失だ。例え故人が何かを残そうとも、いずれはその残したものすら消失する。ならばその生にいったいどれだけの意味がある?」
「ただの言葉遊びだろ。そんなことを言ったら、あんたらにも意味はなくなるぞ」
「いいや、あるとも。少なくとも我が主はそう御考えだ。死の克服、それが唯一万物の生の意味だと」
死の克服?そんなものを本気で追い求めているのか神龍とやらは。そんな利己的で独善的な考えに誰が賛同できるもんか。結局は我が身可愛さで他者を食いものにしているだけじゃないか。
だがそんな戯言を語る炎龍の眼はどこまでも澄んでいて、その途方もない夢を信じて疑っていなかった。夢追うものは何かに心酔している、こいつにとって神龍の野望をかなえることが本望なのだろう。
「神龍のために俺たちに死ねってあんたらは言いたいのか。そんなふざけた要求を本気で飲むと思っているのか」
「だが、死者が残したものを記録しておけるのは我が主だけだ。死の克服こそ、生命の意味を示す唯一の道だと思わないか」
「それは…………いやそもそもその神龍とやらが俺たちを記憶するだけの価値ある存在だと思っているわけないだろ」
「いいや価値はある。それはこの9000年、人という種を慈しみ、育み、やがて刈り取る我が保証しよう。人が遺した意味は価値あるものだと」
ああ、なんとなく覚える違和感の正体はこれか。こいつは人という存在を敵として見ていない。ある種の愛とそれによる侮りと、いわば家畜や愛玩動物に向ける感情のそれなんだ。だから気持ちの悪い、こちらの事情を一切考慮しない独善がまかり通る。
「俺たち人はあんたらにとって家畜か」
「否定はしないが、それは歯に衣着せぬ言い方だ。汝はなかなかに我らが嫌いなようだ」
「逆に聞くが自分たちを害しようとする存在を好きになる奴なんているか」
「なるほど、合理を捨て感情に走るか。それも人という種のあり方だろう。なるほど、我らの提案を受けいれられぬのも無理はない」
合理を捨ててだって、いいやあんな提案のどこが合理的なんだ。ただ1人のために大勢を犠牲にすることなんてあっていいはずがない。たとえそこにどれだけの大義があったとしても、そんな納得のいかない死を誰が受け入れられるというのだろう。
死んでも覚えていて欲しいと願うのは自然なことだけど、それはきっと見ず知らずの誰かじゃなくて、愛する誰かのはずだ。神龍なんて顔も知らない存在に覚えていて欲しいわけじゃない。
「あんたらのそんな価値観はそれだけ長く生きているからだろ。人の命はそんなには長くない」
「それはなかなかに面白い冗談だ。汝の生が我より短いと?それだけは無いだろう」
「……俺があんたより長生き?」
さっき目覚めたから、という話ではないんだろう。くつくつと笑う炎龍は本当に俺が自分自身よりも長く生きていると思っている。そんなことはありえない。俺はまだ17で、9000年も生きたこいつより長く生きた自覚はない。
だけどもしかしたらありえるのだろうか、あいつが俺の知らないことを知っていたのはそういう理由があったからなのだとしたら。いいややっぱりそれは無いだろう。
「汝ならば我が主に賛同してその孤独な一生を支えてくれる存在になりうると思ったが、残念だ」
炎龍は去ろうとする、ダースニック王の肉体のままで。最初に自分で言ったことをもう忘れたのだろうか。少なくともダースニック王が目覚めるまで炎龍をここから話すわけにはいかない。
「待てよ、あんただけ満足して終わりか」
「満足のいくものではなかったが、確かに公平ではないか。いいだろう、聞きたいことがあるのなら聞くと言い」
「…………龍は人の敵として生まれたというのは本当か」
聞きたいこと、いくつも浮かんできた中で聞きたいのはそれだった。俺と違って龍を守ることを決めたあいつの言葉がどれだけ正しいのか。けれどもし違っていたとしてどうするのだろう。俺があいつに向ける感情は憐憫か、きっとナルバレックはそんなことを望んでいない。
「汝らの呼ぶ龍と言う存在が我の端末ならばそうだ。時に人という種が成長する上で必要な養分は何だと思う?」
「前へ進もうとする原動力、なんて抽象的なものじゃないだろ」
「いいや、あながち間違いでもない。脅威という乗り越えるべき壁があって人の成長は促される。その役目が我ら龍なのだ」
つまり龍は人が成長する上での踏み台に過ぎないと。ずっと疑問だった。こいつの言い草は、死を克服するためには人が必要不可欠といっているように感じる。何のために神龍は人を必要としている、自らの配下の龍を消費してまで。
「なんでそこまで」
「それは我の知るところではない。我らはただ命じられたままにこの星を管理し運営する。その日が来るまで常しえに、始祖龍という名の機構は駆動し続ける」
「まるで機械だな。神龍の目的のためだけに動くだけの自由のない存在」
「否定はしない。龍という呼称も人がそう呼びだしたものだからな。我らの存在意義は我が主によって定められたもの、それを逸脱することなどありえない」
不憫にも思えてくる。ナルバレックが救いたくなる気持ちが分かるような気がする。けれど彼女は始祖龍を嫌っていて、俺は人を救うと決めている。だからもう彼らがその呪縛から逃れることはできない。彼らがそう望まない限り。
「だからこそ我は汝らに試す試練となる」
「何を、するつもりだ」
「期限を2月ほど設ける。刻限を迎え次第、我が龍域はこの国に属する全てに牙を向く」
地面が揺れる。また、余震だ。永遠にこの揺れになれることはないのだろう。もしこれが炎龍によって引き起こされているのだとしたら。こいつの言うことは間違いなく実行されるだろう。始祖龍には一国を滅ぼすだけの力がある、俺たちはそんな相手と戦わなければならない。
「なんでそうも戦おうとする。あんたらだって死ぬかもしれないんだぞ」
「我らはそうあれと命じられた。それにもとよりもう数百年で我らは役目を終える。そうなれば神龍は我らを生かしておくことなく、取り込むだろう」
「そこまでして…………」
「ほう、優しいな。我相手に同情か。まったく嵐龍も汝のような優しさを持てばよいだろうに、予定よりも早く目覚めてしまった」
あの時の光、空から落ちてきたあの光は嵐龍のものだったのか。そしてそれによって炎龍は目覚めた。ナルバレックは間接的に始祖龍に手を貸したこととなる。皮肉な話だ、毛嫌いする始祖龍に手を貸し自らの目的である人の世の終わりを進めている。
「刻限か、こうも早く肉体の主導権を取り返されるとはな。最後に、汝の名を聞いてもよいだろうか」
「久美天羽だ。あんたにだってあるだろ炎龍じゃなくて本来の」
「そうだな、名乗っておこう。あちらは……少し堅苦しいか、ならばこう名乗っておこう。ケルビン、それが我が名だ。では天羽次にまみえるのは戦場だ。その死が意味あるものになるよう我も務めよう」
「そんなもの望んじゃいない。俺はあんたらを乗り越えて人を救う。そう決めたんだ」
炎龍は、いやケルビンは薄く微笑む。最後にそれもまた人か、などと呟きダースニック王の肉体から意識がなくなった。最後までこちらに敵意を見せることなく去ったのは侮りと受け取るべきか、それとも、本当に、彼も人を愛しているのだろうか




