27話 思い出
壊れた街並みをひた走る。龍を意識して作られた建築物は頑丈だが揺れにはそこまで強くない。幸いけが人は多くない。道すがら助けた人たちもほとんどが軽傷だ。
あれだけの地震、それを被っても意外とこの街の人たちは平然としている。彼らにとって地震なんて龍害と比べるまでもないのかもしれない。けれど俺にとって雪にとって、地震という存在は一番いやな記憶を想起させるものだった。
魔力は使えない。子龍の肉体だけで走るので大した速度は出ない。息が切れるのが早く感じる。街から多少離れた俺たちの家まではあと1キロ弱。それまであいつが誰も傷つけていないように、俺には祈ることしかできない。
家が見えてきた、少し小高い丘の上に建っている家は遠くからでも見ることが出来る。けれどそれは俺が最後に見た風景とは違ったもの。赤々とした炎に包まれまるであの日の再現のように倒壊していた。
「雪!」
燃える家へと押し入ろうとすると、肩を掴まれ引き戻される。
「アモウ、落ち着いてください」
「ヴォルフ………!雪は!」
「彼女はまだあの中です。でも魔力で強化されてもない君が行っても焼け死ぬだけだ」
「火も熱さも慣れてる!いいから」
それでも行こうとする俺をヴォルフは地面へと組み伏せる。動けない、身体強化を使おうにも魔力は一向に反応しない。子龍の力をもってしても身体強化なしじゃ、この拘束から抜け出せなかった。
「落ち着いてよ、アモウ。今近づいたらそのまま殺されちゃうから。まずは私たちでユキちゃんを拘束するからその後に落ち着かせて」
フランたちも現場にいた。親衛隊がカウレス以外は全員いて俺たちの家を取り囲んでいる。不用意に近づけないのはきっとこの家を燃やしたのが雪だからだ。
あいつはまだあの夜を忘れることが出来ないでいる。そのトラウマを取り除くことも忘れさせることも俺たちにはできなかった。地震の度に彼女はパニックに陥る。軽い地震ならともかく、今回みたいな大きな地震は周りが分からなくなるぐらい取り乱してしまう。
誰も動けずにいる状況で唯一家の中で動きがあった。燃え盛る炎の中から雪が何もないかのように歩いてきた。その瞳は俺を見ているようで見ていない。虚ろな目は過去だけを見ていた。
「だめ、だよ。天羽君。こっちに来ちゃダメ。私はいいから他の子達を」
「雪落ち着け!」
「駄目だってばぁ!」
ヴォルフが俺を抱えて飛ぶ。俺たちがいた地面は抉れていて、砂塵が舞っていた。魔術を使わずに魔力の発露だけでこれだけの威力。もし魔術なんて使おうものなら、怪我人が出てもおかしくない。
「どういうことか説明してくれますか、アモウ」
「雪をどうにかできたらな。まずはあいつをどうにかしないと」
錯乱した雪を親衛隊の面々が取り囲む。誰も武器を持つことはなく、彼女を傷つける意思はない。それでも雪の拒絶は激しい、自身を救われ難い存在だと示すように周りの人々を拒絶する。
フランやセシルが近づこうにも雪を中心に風が逆巻いている。身体強化を使った2人が近づけないほどの風はヴォルフに捕まっている俺では前を向くことすら厳しい。
「行くぞフラン『ノンレジスト』!」
「了解セーちゃん。飛ばすよ『ランドバンプ』!」
地面が盛り上がり2人を飛ばす。一切の風の抵抗を受けない彼女たちは炎を掻い潜り、雪へと接近する。この距離で騎士が魔術師に負けるいわれはない。けれど相手は最近この国の最高峰の騎士に鍛えられた魔術師、対人戦という天羽ですら苦手な分野で彼女は迫りくる2人に反応した。
「『ルートバインド』」
取り押さえようとする2人をかわし、地面から生えた木の根で拘束するぎちぎちと縛り上げられ、全身を覆うように包まれた2人は身動きが取れずにいる。
「ちょ、ちょっとまずいんじゃないの」
「いいからとっとと魔術を刻め!」
もがく2人を尻目に雪はまた歩き出す。錯乱している彼女に現実を正しく見る事はできない。彼女の視界に入っているのは天羽と彼が助けるべき2人の姿。
「私じゃなくてあの子たちを助けないと」
「マリアさん夢境の精霊は!」
「ごめん、私は契約してない。どうするのアモウ君。この子が本気で抵抗したら手出しのしようがないんだけど」
風は止むことなく、炎の勢いはさらに大きくなる。ああ、それは俺が彼女に刻んだ呪い。あの夜、救ったことで彼女の中に産まれた罪悪感の表れ。歪めるつもりも呪うつもりもないというのに、人はどうしたって他人を傷つける。
「ヴォルフこのまま俺を雪のところまで連れて行けるか?」
「不可能ではないですよ。けど君が死にかねない。そんなこと彼女は望んでいないし僕も嫌だ」
「大丈夫死にはしない。それにあいつは俺が救わないとダメなんだ」
あいつを救って、またその呪いを刻む。それが俺に許された救済で、死にたがっている雪への呪いだ。
「………………しょうがないですね。アモウを彼女の元まで届けるので援護してもらえますか」
「炎は僕の魔術とマリアさんの魔法で防ぎますが時間稼ぎにしかなりません。急いで下さいね」
「ありがとうございますアルバートさん。じゃあ頼むヴォルフ」
「捕まっててくださいね」
ヴォルフが走り出す。迫りくる炎は網のように張り巡らされた蔦によって阻まれ、風は届くまでに風向きを変えられ届くことはない。身体強化すら使えない俺では捕まっているのがやっとなほどのヴォルフの軌道。でもそれすらも雪は捕捉する。ヴォルフが踏み込んだ地面が液状化した。ヴォルフの足が膝まで使った瞬間それは瞬時に硬化する。
「足が!ここからは!」
「ああ、行ってやる1人で」
熱がこもる空間をひた走る。距離はそんなに離れていない。それだというのに遠く感じる。瓦礫を踏み越え、炎を突破し、暴風の中を突き進む。
「来ないでって言ってるのに、どうして」
「放っておけるわけ、ないだろ」
手を伸ばす。あと一歩で届く距離まで来れた。けれど土の壁が邪魔をして踏み出すことが出来ない。目が痛い、息が苦しい。それはきっと雪も同じ。だから手を伸ばすのを諦めるわけにはいかない。
「もう諦めて、私はいいから」
「手を、伸ばせ、雪…!」
僅かにこちらを見た雪はそれでもそっぽを向く。ああ、あの時もこんな感じだった、それでも無理やり手を取ったあの時と違って今は、これ以上手を伸ばすことが出来ないでいる。
黒い光が壁を壊す。気配を殺して接近したローランドに雪も俺も気づくことはなかった。手を伸ばした勢いそのままに雪へと抱き着く。ああ、ようやくたどり着いた。そのまま雪は気を失う。肉体的にはともかく精神的に参っているのだろう。あの地震は俺たちの精神を揺さぶるのに十分すぎて、思い返すだけでも気分が悪くなる。
雪が気を失った事で燃え盛っていた炎も消え、地面に座り込む。雪は寝苦しそうにしていて、きっとまだ悪夢を見てうなされているのだろう。
「無事か、アモウ」
「何、とか。最後は助かった。ありがとう、みんな」
「とりあえず移動しましょう。幸いフランさんもセシルさんも怪我はないようですし、このままフィオレ殿下の屋敷へ向かいましょうか」
雪をヴォルフに頼み、ローランドに肩を借りる。傷口が開きかけて服に血が滲んでしまっている。どうしたって雪は傷ついた、誰かを傷つけるという行為に人一倍過敏な彼女は目が覚めたら自分で自分を罰するだろう。そうしないために駆けたのに結局間に合うことはなかった。
「俺たちへの説明はいい。そういった個人的な事情に首を突っ込むような真似はしない」
「助かる。あんまり話していて気分いいものじゃないから」
「まずはもう一度傷を縫ってもらえ。しばらくはマリアが面倒を見る。お前も休め」
———
フィオレの屋敷はある程度片付けられており、大きな瓦礫は撤去されていた。けれど中は装飾やらが落ちていて裸足だと汚しそうなほどに散らかっていた。そのまま客間へと連れられて、傷の手当てを受ける。
「開いてはいませんね。けれど開きかけている。縫合の補強をしますので少し傷みますよ」
アルバートさんは手際よく傷口を消毒して、補強する。針ぐらいで泣きわめくことはないけれど、異物感が少し気持ち悪い。こればっかりは慣れない気がする。
「今日明日は安静にして下さい。明後日にはもう動いても大丈夫でしょうが、念のため激しい運動は控えるように。君が傷つけば妻や子供達が悲しみますから、気をつけてくださいね」
「また、お邪魔しても?」
「ええもちろん。その時はユキさんやレティシアさんも連れてきてください。では私はこのあたりで、こんな腕でも多少の治療はできますから」
「ありがとうございました。傷の手当ても、雪の件も」
ええ、と微笑むとアルバートさんは客室から出て行く。傷は痛むがそれ以上に今は気分が悪い。眠たくはないけれど、今は無理やりにでも寝ておこう。街も屋敷もあの規模の地震が起きたとは思えないほどに安定している。俺の助けなんていらないほどに。
「よぉアモウ、今いいか」
寝ようとベッドで横になったタイミングで来客が来た。声的にダースニック王だろう。気分はあまりよくないが、せめて挨拶ぐらいはしておこう。
「入っていいですよ」
「なんだ、思った以上に具合が悪そうだな」
「はい、ちょっと気分がよくない。またあとででもいいですか?」
「いや、悪いが時間をくれ。今後に関することだ」
少し違和感を覚える。確かにダースニック王は強引な人ではあるものの、なんだかんだ言って配慮してくれる人だ。よほど火急な用事なのだろうか、いやでも今後のことなんて俺が起きた後でもいいはず。それに俺と2人だけで話す必要はないのに。
ああだめだ、頭が働かない。数時間前に昏睡状態から目覚めたばかりな上に、地震に雪の騒動だ。しょうがないと言えばしょうがないのだろう。けれど思ったことをそのまま口にするのはダメだ。
「あなたは、誰だ」
「……………………………………偽装は完璧なはずなんだがな」
ダースニック王の熱が籠る真っ赤な瞳が紫紺に染まり纏う雰囲気が変わる。それは巨大な自然の脅威にさらされた感覚に近い。それこそまさにあの地震のように根源から湧き上がる恐怖。どうしようもないほどの絶望が目の前に立っていた。
「その審美眼に敬意を表し、我の名を教えよう。我が名は炎龍、この星の第二の心臓であり、人が七熾の公主と呼ぶもの。初めましてといっておこう、天龍の子龍よ」




