↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子龍よ、天を頂け  作者: ハイカラ
臨炎の死活火山
106/110

25話 仮面を外して残るもの

「ゔ!」


身を焼くような痛みで目を覚ます。ここは、ああ、俺たちの家か。あの後は結局逃げ切れたのか。ヴォルフに担がれたところまでは覚えているがそれ以降を思い出せない。気を失ってしまったのだろう。

左胸を見る。斜めに入った傷跡はあと少しで心臓に届かんとしていた。殺す気はないと言っておきながら、これだ。


「今は、昼過ぎか」


窓から差し込む光は暖かく、冷えている体にはちょうどよかった。頭がくらくらする、血を流し過ぎたんだ。こういう時子龍が輸血が出来ないから困る。

身を起こして軽く体を動かす。前回は酷い立ち眩みを経験したから気を付けないといけない。

あれからどれくらいの時間がたったのだろう。体感だとそんなに経っていないが寝ていたから何とも言えない。傷の具合からしたらもしかしたら3日4日経っているかもしれないけれど、最近は傷の治りが早い。もしかしたら翌日ぐらいかもしれない。


思いのほか体も動く、龍血脈動の影響で魔力の方はしばらくがたつきそうだがそれ以外は問題なさそうだ。

とりあえず事の顛末を聞かないと、あれからどうやって逃げ延びたのかを。毎度その最後に立ち会うことが出来ない、簡単には気絶しないようにしているはずなのに。


「あ、起きた、体は良さそう?天羽君」


リビングでは雪が1人でボードゲームをしていた。チェスのような将棋のような、たしか名前はトレルだったはず。雪は昔からその手のゲームが強くて孤児院でも負けなしだった。けど決まって1人で2役するときは機嫌の悪いときに気を紛らわせるためにしていた。


「大丈夫、傷は痛むけどそれ以外は。今日何日だ?」


「今日が30日かな。昨日の今日でよく起きれたね、最短更新したんじゃない?」


「かもな。レティはどこか行ったのか?」


「フィオレちゃんのところ、昨日から泊ってるんだ。聞いたよ、ジュディッカさんのこと」


嫌な記憶が蘇る。俺のあいつに対抗するだけの力があれば、ジュディッカさんたちは死なずに済んだ。こうも人は簡単に死ぬというのに、世界はちっとも優しくない。


「あんまり背負い込み過ぎないようにね。私は天羽君が生きていてよかったよ」


「潰れるわけにはいかないから。それで何で怒ってるんだ?」


「怒ってるように見える?見えるんだ………ならそうなのかも。置いて行かれるのはやっぱり嫌だな」


カツカツと駒を進める音が響く。雪の駒を刺す手に迷いはなく、次第に盤面はシンプルになり、片方が詰んでいた。

雪を連れて行かなかった理由は特にない。元々1人で行こうとしていたところにレティが来ただけだ。でもきっと何か理由があれば彼女もここまで怒ってないだろう。理由もなく1人残されたから彼女は怒っているんだ。


「悪い、ここまでの事態になるとは思ってなかったんだ。こうなるぐらいなら一緒に来てもらった方がよかった」


「私がいないところで死なないでね。さてと、じゃあ一局付き合ってよ。ぼこぼこにしてあげるから」


「………悪い、フィオレのところに行くからまた今度な」


今はレティが側にいてくれている。大丈夫、ではあるんだろう。痛々しいまでに気丈に振舞うフィオレは今でも記憶に残っている。身内ともいえる存在を失ったときに素直に悲しめないことは、どれだけ寂しいことなのだろう。


「1人で行ける?きついなら私もついて行こうか」


「いや大丈夫、くるなら止めはしないけど」


「そう、でも気を付けてね。まだ怪我人なんだから」


ついてくる気はなさそうだ。もし雪があの場にいたらジュディッカさんは、他の3人は死なずに済んだのかもしれない。その考えがどれだけ意味のないことだとしてもそう考えてしまうものだ。だから雪はきっとその場にいなかった自分に一番怒っている。


「行ってくる」



———



ただ窓の外を見る。空はこの時期にしては珍しい雨空、おそらくしばらく見ることはないのだろう。昨日レティシアさんに連れられて帰ってから寝られてない。寝ようとしても不安が立つ。また理不尽な死が来るのではないかと。

死は怖い。他の人かが死ぬことも、何より自分が死ぬことはとても怖い。そんな当たり前のことを私は昨日知った。でもそれを表に出すことはできない。だって私は王族で、この国のために生きなきゃいけないから。それを嫌だなんて思ったことはないし、至極当たり前のことなんだ。


仮面を被りながら生きる事にはなれている。それが日常で、それが生き方だったから。でもそれを初めて否定された。あの人はすぐに謝ったけど、私にとっては意味の分からないもの。だってそれはあなたも同じ。日常で見せる顔と戦場で見せる顔は全くな別物で、知らない人と話しているような感覚。恐ろしく不安定で、祈るほどに繊細で、それでもなお立ち上がるあの人の悲惨さは自分の不幸すら軽く思えてしまう。


似ているのだろう、私と彼は。だからこそ、結婚なんて話も上がってそれを受け入れてしまう。私1人を見る事なんてできないくせに、私も愛しているわけじゃないのに、それがこの国のためになるからと、承諾している。我ながら普通の感覚とはかけ離れていることは重々承知だけれど、あの人は普通の感覚を持ちながら異常な事象でさえ飲み込んでいる。


「私は、どうすればいいのでしょうね。ジュディッカ」


もう見る事はできない侍女のことを思い出す。いつも私に姫としての在り方を説いてきた彼女は()を守るために死んだ。それだけの価値があったのか、私には分からない。だって死は恐ろしいものだと彼女は私以上に知っているはずなのに。


ふと下を見下ろすと、屋敷へと向かってくるアモウさんの姿が見えた。昨日あれだけの傷を負いながら私たちが逃げるための時間稼ぎまでしていたはずなのに、もう起き上がるなんて。レティシアさんを迎えに来たのだろうか。それとも私に会いにわざわざ会いに来たのだろうか。

部屋を出て階段を駆け下りる。せめて感謝を言うべきだろう。私が巻き込んだのに、私のために傷ついた。


屋敷は一気に人が少なくなったようにも思える。全体で見れば4人なんて少ない方なのに、その存在感は大きかった。玄関にはレティシアさんとアモウさんがいた。


「もう大丈夫なのですか」


「ああ、動く分には。魔力とかはしばらくだめそうだが、何とか」


「まだ寝ててもいいんですよ。力不足かもしれませんがフィオレさんには私がついていますから」


「力不足だなんてそんな。昨日は一緒にいてくれてありがとうございました」


笑顔をつくる。いつものように微笑む顔は問題なんてないはず。それでも私はなにか間違えたのだろう。2人の私を見る目は憐みの目で、その憐憫にはどこか苛立ちを覚える。分かりなんてしないくせに、ああでもきっと私の笑顔もきっとそういう薄っぺらいものなんだ。


「まずは着替えろよ。昨日のままだろ」


「そうですね。見苦しい姿をお見せしました。将来伴侶となるあなたに見せる格好ではなかったですね」


「え?伴侶」


ポカンとしたレティシアさんの顔と引きつりそうなアモウさんの顔はどこか可笑しい。人が困っている姿を見て笑うのはダメなのだろうけれど、それでも堪えられない。

クスクスと笑う私をどこか困って2人は見ている。大丈夫、まだ私は笑えている。


「その話はまた今度話す。レティも疲れただろ、一度寝て来い。クマが酷いぞ」


「え、ええ。分かりました。ちょっと疲れているのかもしれません。少しの間頼みますねアモウ」


レティシアさんは客室へと向かっていく。昨日は私に付き添ってくれて彼女も寝れていない。私は年齢だとこの中で一番上なはずなのに、なんて情けないことでしょう。


「私が大丈夫と言っても心配してくれるのですよね。上がってください、私の部屋で待っていてくださいね」


「演じる必要なんてないんだからな」


嫌な笑いがこみ上げてくる。それをあなたが言いますか。


「ふふ、もちろんです。でも演じなければ私はいったい何者なんでしょうね」


そんな意地悪な言葉を返して浴室へと赴く。本当に私は何者なのだろう。姫という身分を取っ払った白紙の私に残されるのはそれこそこの身一つ。私の力で手に入れたものなどこの世に一つもない。

汗や泥を洗い流し、簡易な服へと着替える。メイドたちはよそよそしい。指示をすれば動いてくれるけど、婆やがいなくなったからかメイド長ぐらいしか私と話そうとはしない。


部屋に戻るとアモウさんがテーブルに座って待っていた。窓の外を見るその表情は苛立っていて、そんな彼の表情は初めて見た。私に怒っているのだろうか。これから始まるのは説教なのだろうか。きっとどちらも違うのだろう、不器用な彼は世界に怒りを抱いている。


「お待たせしました。ドレスを着る時間はなかったのでご容赦を。本日はどのような件でここに?」


「きちんと泣けたか?」


「泣くだけが悲しみを表現するわけじゃないんですよ。大丈夫です、心の整理は済んでいますから」


本当は死んだという実感がないだけ。だって彼女たちの死に目すら見ることが出来ずに私は逃げ出したのだから。

いつも以上にぶっきらぼうに彼はその表情を歪める。まだ付き合いは長くないくせに私のことを知ったように見透かしてくる。それはきっと私も同じ。彼もきっとあの戦場での悲劇で苦しんでいる。それを隠して、沈めて、私なんかを心配する。ちょっとだけやり辛い、いつものペースで喋ることが出来ないでいる。


「ジュディッカさんは身内同然だろ。そんなすぐにその死を受け入れられるほど、人は簡単にはできてない」


「そんなこともないですよ。王族としていろんな人の死を見届けてきました。彼女たちもその1人というだけ。その死に報いるために私は姫として生きていくのです」


それはあなたも同じでしょう?子龍として生きるということは、私たちと違って純粋な力のみに責任がある。王族として生かされている私たちと違ってあなた自身に責任はないはずなのに。


「それは、ああ、否定はしない。それでも立ち止まることぐらいは許されたっていいはずなんだ。だから、」


「だからどうしろと。私があの人たちに報いる方法なんて、それしかないじゃないですか」


ああだめだ、感情的になんて今までならなかったのに。同族嫌悪にも似た何かが、私を苛立たせている。彼も私も異常なのに、私にだけ普通でいろと言う。そんなズルい話があってたまるものか。


「あなただって傷ついて、傷ついて、それでも立ち上がるじゃないですか。私にだって前を見ることぐらい!」


「人は強いよ。どれだけ辛いことがあってもいつかは前を向き直せると俺は信じてる。俺はそれがちょっと早いだけだ。でもフィオレはそうじゃない。そうじゃなきゃそんな泣きそうな顔はしないだろ」


「…………え?」


彼がハンカチで私の目についている水分を拭いとる。それは間違いなく私の涙で、自然に溢れたものだった。いつ以来だろう、自ら出した涙ではなく、自然と涙があふれるのは。


「違います。これは、ただあなたの言うことがあまりに意味が分からなくて」


「泣きたいときは泣けばいい。悲しむことは前へと進むために必要なことだ」


どうして彼は、こうも自分にだけ厳しいのだろう。私に向ける優しさは彼自身のやるせなさの表れで、それが役割だと自分に言い聞かせているみたいだ。酷い話だ、私も彼も傷ついて、私だけ慰められている。

けれど今は、少しだけ、その優しさに甘えてみるのもいいかもしれない。それで彼の心が少しでも楽になるのなら、私は甘んじて仮面を外そう。嘘は人を傷つけるけれど時には守ってくれる。嘘をついてない今私を守ってくれるのは彼の優しさだけだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。