20話 龍の救世主
魔術が煌めく、剣と爪が鬩ぎあう音が聞こえる。戦場はその表層だけを見れば一種の娯楽とも思えるほどに派手だった。けれどこれは突き詰めればただの殺し合い。見かけの壮麗さなどただのまやかしでしかない。
「やっぱり数が多い」
「ヘルウィック様の言う通り付近の龍を吸収したのでしょうね。けれどこの程度の数なら」
そうこの程度なら全く問題にならないだろう。数が散らばらない限り、1つの戦場において龍の数など魔力制御の壁の厚さが厄介なぐらいだ。それも徐々に切り崩していけば、問題ない。
事実第二兵団の兵士たちは危なげなく龍を殺して回っており、未だフィオレに近づこうとする龍もいない。このまま順調にいけば上級の龍もすぐに出てくるだろう。
「さてと、それでは私も少し肩慣らししようと思います。ついてきてくれますか?」
「はいはい、レティもいいか?」
「はい、いざという時は私たちもいるので安心して下さいねフィオレさん」
フィオレの騎龍が空を駆ける。それに追従する形でカノンや他のジュディッカさんたちの騎龍が飛行する。周囲には多くの龍、こちらに敵対する龍もいるがその多くがフィオレの魔術によって焼き払われる。見くびっていなかったと言えば嘘になる。彼女がここまで戦えるとは思っていなかった。
「すごいですね。戦い慣れているというか、使う魔術に迷いがないというか」
「ああ、俺もちょっと驚いてる」
そのままフィオレは迷いなく進む。彼女の炎は的確に龍核を貫き、焦がしつくし、周りの空気は熱を孕む。その戦い方には既視感がある。最小限の動きで敵を殲滅するダースニック王の戦い方。俺は今までダースニック王が彼女に稽古をつけてるとこなんて見たことないが、それでもあれはダースニック王の戦い方だ。
炎の行軍は止まることを知らない。貪欲に龍の群れを喰い破り、龍害の奥深くへと歩みを進める。
「数が多い、焼き払いますか。『バーニングスター』」
彼女の握った手から蛍火が溢れた。それが周囲に散り龍へと接近する。無害なように見えるそれは爆薬同然だ。蛍火に触れた龍が爆発四散する。臨界まで熱せられた爆薬は連鎖的に爆発し、周囲の龍を殲滅する。
「これだけ暴れても出てこないとなると引っ込み思案何ですかね」
「慎重な龍なのかもな。西部砦の時も逃げ出したぐらいだし」
「それよりもどうでした?私の華々しい戦いぶりは」
「それはもう、まさかここまで戦えるなんて思ってませんでした」
ふふんと自慢げなフィオレ、とはいえこれなら心配いらないだろう。上級相手でも充分戦えるはずだ。
とは言え戦闘もそろそろ佳境だ。龍害もその半数が兵団によって討伐されている。ここまで数を減らされて龍害の主が出てこないのも珍しい。邪魔建てされない、そういう点ではありがたいか。
ジュディッカさんが前に出てきてフィオレに水筒を渡す。彼女たちには驚いた様子はない。当然と言えば当然だが、フィオレがここまで戦えることを知っていたのだろう。
「姫様如何なさいますか、一度戻り休憩を挟まれてもよいのでは」
「このまま進みましょう。報告通りならこの先にちょっとした渓谷があるはずです。そこにいなければ戻りましょうか」
———
「見つけた!」
フィオレの見つめる先、天羽たちがたどり着いた渓谷には目標とする龍がいた。その巨体は翡翠のように透き通り、水辺に佇む姿は神秘的に映る。けれどそれは表層のもの、一度牙を向いた龍の恐ろしさをこの場にいるものなら誰であれ思い知っているだろう。
「手伝わなくていいんだな」
「ええ、そこで見ていてもらって構いません。相手は風龍、相性は悪くないですから」
「ではご武運を、私どもはここで見届けさせてもらいます」
満面の笑みを浮かべてフィオレは自らの騎龍から飛び降りる。すでに風龍は臨戦状態、対する彼女も先ほどの戦闘でボルテージが上がっている。互いに全力を尽くせる状態だった。
戦闘の火ぶたは切られた。手始めに放たれる炎の魔術、弓のように引き絞られた弾丸は、フィオレの腕から解き放たれ、風龍へと迫る。威力は込められておらず、速度を重視した炎の弾丸は目隠し程度にしかならない。
けれどそんなものに空の王者たる龍が当たる道理はない。風龍はその巨体を宙に浮かし、巨大な翼で自由に飛ぶ。追従する弾丸は容易に振り切られ、空中で爆発する。
「そう簡単には当たりませんか、なら『グローリー・ハロー』!」
フィオレの背後に日輪が刻まれた、空を自由に舞う風龍に向けて狙いを定める。巨大な火の輪は手のひらサイズに圧縮され撃ち放たれた。
風龍の周りには圧縮された空気の塊が浮遊している。そのどれもが内部に雷を溜めており、炸裂した場合周囲に雷が解放される。日輪を迎撃するため6つあるうちの2つが炸裂するが、それを掻い潜り日輪は風龍に直撃する。極限まで圧縮された日輪は風龍に焼き印を刻む。龍核には届かないもののその一撃は風龍の動きを鈍らせるのに十分だった。
上半身をのけぞらせた風龍の視線がフィオレがいた場所に向く。けれどそこには彼女の姿は見えない。被弾し目線を外した瞬間に彼女は移動していた。
中空にとどまる風龍の背に異物が乗る。彼の龍が気づいたときにはもう遅い、フィオレは術式を刻み終わり、右の腕を風龍に撃ち込むようにして鍵句を唱えていた。
「『クリムゾン・アガートラーム』!」
「Gyaaaaaaaaa!」
赤銀の腕が風龍の外殻を貫く、熱により溶解され、肉が焦げる臭いがあたりに広がる。彼女の腕は短い、そのまま龍核にまでは届くとはない。けれど龍核までの道は拓けた、新たな術式を刻むがそれを発動するには至らない。風龍が自らの身を顧みず、背に向けて雷を炸裂させる。
「くっ!『ラーヴァドーム』」
雷が届くわずかな間、フィオレの周囲にドロドロの赤い液体が展開され彼女を守る。溶岩で出来たそれは雷を防ぎきり、彼女が離脱するまでの時間を稼ぐ。
風龍の胴体から飛び降りたフィオレは川へと着地する。素部濡れになったからだを魔術で温め、風龍を見据える。
風龍が負った傷は決して浅くない。龍核までは届かずとも、その身体機能を損なうには十分だった。風龍の目つきが変わる。獲物に向けるそれではなく、敵対者へと向ける油断のないものへと変わった。驕りはなく、今出せる全力を彼女に向けていた。
「濡れちゃいましたか。それにしても手ごわいですね。お兄様もそれにアモウさんたちもこんなの相手にしてたなんて」
少女の口から感嘆の息が漏れた。今の攻防で自分がまだ彼らの足元にも及ばないことを自覚させられる。相手は上級、騎士ならば1人で相手取って当たり前の存在といえど、脅威であることには違いない。そんな相手にここまで戦えているのだ、彼女とて弱者ではない。
上空に第二の太陽が現れる。空気を圧縮したことにより生じたプラズマがまばゆく輝き、渓谷を照らす。龍の口に集められた雷は極限まで圧縮されたのち放たれる。それまで猶予は幾ばくか。
地に術式が刻まれる。中心にはフィオレ、その周囲を囲うように真円の術式が展開され、それが幾重にも重なり合っていく。焔が揺らめく、魔術を形成する余剰魔力が炎として現れ、その術式に込められる魔力の量を示す。
「これで!『ジャジメント・デイ』!」
「Graaaaaaaaaaaa!」
地面を削り巨大な岩が炎を纏い顕れる。それは重力に逆らうように上へ上へと勢いをつけ昇っていく。
龍の顎から息吹が放たれる。雷を纏う烈風はうねり、廻り、さながら竜巻のように地へと向かって進んでいく。
両者の至高の一撃が衝突する。烈風は炎を削りながら前へと進まんとし、隕石はその法則に逆らいながら風を押しのけ龍へと飛翔する。
風は弱り、巨石は礫へと削られる。互いの全力は打ち消し合い、消滅した。けれどここにはまだ龍と少女がいる。これでは決まらないと悟ったフィオレはすでに走り出していた。まだ空に残る自ら作り出した隕石の破片を、足場に龍へと接近する。
けれど2度もそれを許す龍ではない。その強靭な爪はフィオレを捉えその身を穿つ。
「…………残念、幻です」
龍の爪には炎だけが残る。空に残る影のようにありもしない幻影を龍は追ってしまった。ならば彼女はどこに?その答えは龍自身がよくわかっていた。
穿たれた傷、いくら再生能力の高い龍といえど先刻の傷がそう簡単に癒えるわけではない。その背には再び彼女が立っていた。
「これで、最後、『サン・ヴァルティン』!」
天へと腕を掲げるフィオレの頭上に巨大な術式が浮かび上がる。それはあらゆる光を偏光させ、一点へと束ねるもの。龍の最後の抵抗は空しく終わる。その術式へと雷を飛ばずが、一歩間に合わない。束ねられた光は矢のようにして輪転する術式から放たれる。その聖なる炎は雷を寄せ付けず、まっすぐに龍核へと突き進んだ。
ガラス細工が割れるような音が響く。炎は正しく進み、龍核を溶断した。龍核を失ったことで龍はその機能を停止させる。もはやその身を動かすことは能わず、目線を逸らすことすらできない。けれどその眼には遅すぎた救世主が映っていた。
———
空から墜ちる龍、その背に乗るフィオレも当然地面へと落ちていく。最後の方は本当にひやひやしたが、何とか打ち勝ってくれた。とりあえずこのままだと地面に衝突するフィオレを回収しに行く。
風龍が落ちきる寸前、何とか彼女を抱きかかえそのまま、地面へと着地する。
「お疲れ、凄いなあそこまで戦えるなんて」
「ふふ、レディにその言葉は誉め言葉にはなりませんよ。でもありがたく受け取っておきます」
じゃあなんて言えばよかったのか。流石に龍との死闘をやり切った女性に綺麗だったなんて言えないだろ。フィオレの戦い方は余裕のあるものではなかったし、どちらかと言えば心配が勝つんだから。
「お疲れ様です、フィオレ様。この場に立ち会えたこと誇りに思います」
「ばあやもついてきてくださりありがとうございます。今日ぐらい我儘聞いてもらえますよね」
「毎日聞いているような気がしますがいいでしょう。それで何をお望みですか」
フィオレはひとしきり考えた後、
「すみません言ってみただけです。でも言質は取りましたからね。後悔しないでくださいよ」
「普段はあれやこれやと仰いますのに、今日に限ってそれですか…………さてアモウ様もレティシア様もご同行ありがとうございます。そろそろ第二兵団の方々と合流しましょう」
「いいや、貴様たちはもう誰とも会わずこの場で死ぬ運命だ」
反応できたのは俺とジュディッカさんのみ、腕に抱えるフィオレと背中にいるレティを守るように剣を構える。緑雷が俺たちの間をすり抜けた。遅れてやってきた音は普段聞く遠雷ではなく、あの夕刻に聞いた耳を割く轟き。
「3人か。よく守ったなアモウ。それに私の剣を防ぐか、人の分際で」
フィオレの護衛としてついてきたジュディッカさん以外が地に伏せる。胸には剣で斬られた傷に酷い火傷。あれは、もう、
今は、今は後ろを見ていられない。その背負うべき死から目を離し、迫りくる死に目を向ける。
「ナルバレック!」
「また会ったな、アモウ。できればここで君には会いたくなかったよ」




