南都の歴史。黒の女神の国=ポロネーシュとカリエンテ
カリエンテは、昔から港町として栄えていた。そして、隣国の島国、ポロネーシュと、とても友好な関係を築いていた。ポロネーシュ人は大きな武力は持たないが、海の神が司る一族とされ、海の神と言われる「黒の女神」の血を引くと言われるポロネーシュ人は黒髪に黒い瞳を持ち、誇り高く生きていた。ポロネーシュ人はみずからの血統を愛するあまり、外国人との婚姻は簡単に結ばないが、「女神の血」はカリエンテではとても珍重され、ポロネーシュの花嫁を迎えた一族は繁栄が約束されると言われていた。
だが、そのカリエンテに隣国のアフィラードが手を伸ばしてきた。海の幸で豊かに暮らすカリエンテやポロネーシュと違い、アフィラードの土地は肥沃とは言えず、海も断崖絶壁ばかりで穏やかな港を築くことが難しい。そこで、アフィラードはカリエンテの港を手に入れようとしてきたのだ。半島のような形をしているカリエンテにとって、アフィラードが攻め込んで来たらひとたまりもない。自分たちが好戦的なアフィラードに吸収されてしまうと、「黒の女神の国」ポロネーシュの安寧も難しくなる。そこで、カリエンテは策を講じた。アフィラードの北に迫ってきていた英雄アダルベルトの国、オーキッドと手を結ぶことである。そこで挟み撃ちにすることで、アフィラードの侵攻を防ぎたい…。アフィラードの目をかいくぐり、カリエンテからオーキッド国にひそかな使者が出された。……オーキッドからの返事はすぐには来なかった。カリエンテの為政者たちが、返事をじりじりと待ち続けたある日、港に一艘の見知らぬ小舟がつけられた。小舟に乗っていたのは、わずかな従者を連れた英雄アダルベルトその人だった。
無敗の将軍、と言われているアダルベルトは、無謀にもほとんど丸腰に近い状態で激しい海流をものともせず、海沿いにカリエンテに乗り込んできたのだ。カリエンテを当時治めていた為政者と、アダルベルトはポロネーシュを臨む丘の上で話をした。
「アダルベルト様が私たちとともにアフィラードと戦ってくださるならば、勝利のあかつき、私たちはアダルベルトさまの臣下となるのも厭いません。この国は、アダルベルト様のものとなります。……ただし、ポロネーシュはお捨て置きください。あそこは大層な武器もなく、おもに海からの漁とわずかな真珠によって生計を立てている貧しい、小さな国です。アダルベルトさまのお役に立てるとは思えません。」
「ふむ。」
アダルベルトは丘の上に立ち、ポロネーシュの小さな島々を鋭い眼光でじっと見つめた。
「なるほど、ここから見る限りでも、あそこには小さな軍艦、大砲の一つも見えない。見えるのは漁船ばかりだな。おまえたちの言うことはもっともだ。あそこを攻め滅ぼそうが利は無かろう。おまえたちが我が軍門に抵抗せず下るというなら、あの島々はおまえたちの言う通り、構わずに捨て置こう。それで良いか?ヒュペリオン。」
英雄アダルベルトが空に向かって話しかけると、丘全体に黄金の光が降りそそいだ。アダルベルトは微笑んだ。
「我が守護神、ヒュペリオンもそれで良いと言っている。…さて、ではアフィラードを攻め落とす準備を国に帰って始めようと思う。かの国を平らげるのに、半年もかからないと思う。吉報を待て。」
英雄アダルベルトは悠々と丘を下り、また小さな小舟に乗り込んで、荒波の中オーキッドに帰って行った。……アフィラードが両国に白旗を上げるのはそれからわずか三か月後のことだった。
「英雄アダルベルトも、カリエンテも約束を違えなかった。カリエンテはオーキッドの傘下に入り、その名を消したけれど、ポロネーシュは守られた。……どう、きみの聞いていた歴史とは少し違うんじゃない?」
「うん……。私が歴史の先生に習ったのは、隣国アフィラードが攻め落とされて、喉元まで迫ったオーキッドの強さに恐れをなしたカリエンテが抵抗も無駄だとオーキッドに無条件で登降した、って聞いた気がする。」
梨亜はためらいながら授業で聞いた通りを口にする。
「その先生は王都から来た先生なのかもね。でも、南都の人間は『英雄の丘』でアダルベルトとカリエンテの為政者が対等に話をした、というほうが真実だと思っているよ。……でないと、ポロネーシュが無傷のまま守られている理由がつかないからね。…カリエンテの血を引く南都の人間は、いまでも王都の人間とは対等に話ができる、と思っている人間が多い。自立心が旺盛で、王都の命を唯々諾々と聞ける人間ばかりじゃない。アフィラードの脅威が完全に無いいま、いつだってオーキッドから独立して、カリエンテを復活してもかまわない、という血気盛んな人間もいるぐらいだ。」
「そうなんだ……。」
思いがけない話に、梨亜は沈黙する。
「南都の人間は、英雄アダルベルトには一目置いているけれど、その子孫に対して同じ忠誠心を持ち続けているわけではない。とくに、ポロネーシュの姫を代々の王の妾妃として差し出せ、という命には頭にきている南都の人間も多い。……しかも、ポロネーシュの妾妃が、正式な王妃になった歴史はいままで無い。誇り高きポロネーシュの姫を王の慰み者にすることに、内心怒りを抱いている南都の人間も多い。いつか女神の怒りを買うはずだ、と言う人もいる。」
「そっか……。」
「話がそれたね、つまり、南都の人間は、それだけポロネーシュの血を大事に思っているから、黒髪、黒い瞳は無条件で珍重される。……純粋なポロネーシュ人は、口説いてもなかなかオーキッドに来てくれないから、ポロネーシュの血を濃く引いている黒髪、黒い瞳のリアナみたいな女の子がいたら、さらってでも自分のものにしたい、という南都人はあとを絶たないだろうね。……さっきのアウグスト男爵のように。」
梨亜は背筋がぞくっとして、鳥肌の立った自分の二の腕を両手でこする。さっきセリオが南都の女の子たちに囲まれていたのは、なにも地位財産、人格のためだけでもない。セリオの持つ黒髪も優位に働いているのかもしれない。
「じゃあ、私、南都にいたら危険なのかな?王都で働き口を探したほうがいいのかな。」
「……王都では全く逆の意味で、リアナは暮らしにくいと思う。王都はオーキッドの純粋な血統が重んじられているから、ポロネーシュの血を引くきみは、冷たい目で見られると思うよ。結婚はおろか、働き口にも困るんじゃないかな。」
「そうなんだ。」
梨亜は落ち込んでパープラの植え込みの前にしゃがみこんだ。なんだか八方ふさがりだなあ。




