セリオの求婚
「……だからさ、リアナ。僕と結婚しようよ。」
そう言って、セリオが梨亜の腕をひっぱって引き上げてきた。
「僕だったら、きみの黒髪、黒目に惹きつけられる不埒な輩から守ってあげられるよ。今までは外にリアナを出すのも危険でためらっていたけれど、僕と婚約して、それをお披露目してしまえば、きみはこの南都でも自由に出歩けるようになる。仕事したいって言うなら、フェルディナント商会ですればいい。…もちろん、僕と婚約してくれたら、だけどね。どうかな?フェルディナント商会の経営者の妻になるっていうのは。」
…さすがセリオも商売人、人がいいだけに見せかけておいて、駆け引きがうまいな。梨亜は冷静にそう考えた。セリオが言うように、梨亜がここでうなずいてしまっても、梨亜はそれなりに幸せに暮らせるだろう。南都で確固たる地位を築いている財界人で、南都の娘が誰でもうらやむ黒髪を持ち、男爵家の嫡子でもあるセリオ。…でもね。
「セリオはどうして私と結婚したいの?セリオだって南都人じゃない。私の黒髪、黒い瞳に惹かれているだけの人と、どう違うの?セリオもポロネーシュの血をフェルディナントに入れたいだけじゃないの?」
「それは…。」
セリオの目が一瞬泳いだ。……セリオの家でお世話になるようになって一か月足らず。そんなわずかな間で、セリオが梨亜との結婚を決意するなんて、なにか裏がありそう。リアナが公爵家の令嬢と知らない、身寄りも後ろ盾もなく、財産もたいしてない娘だと思い込んでる商売人セリオが、それでもリアナと結婚するメリットと言えば、南都で珍重されるこの黒髪、黒目ぐらいじゃない。梨亜にはそうとしか思えなかった。
そして、セリオには絶対言えないけれど、梨亜の黒髪、黒目は日本人だからであって、セリオたち南都人が絶対に欲しい「黒の女神の血」ではない。
だから…。
「私の価値が、この黒髪、黒目意外にもある、と確証の持てる人でないと、私は結婚できない。セリオ……ごめんなさい。」
「リアナ!」
セリオが悲痛な声で叫ぶ。
「僕はリアナの見た目だけに惹かれたわけじゃない。ほんとうにきみのことが好きなんだ。内面もふくめて、全部。」
全部?梨亜は眉をひそめた。
「セリオ……。私は猫が大好きなの。もし、猫を私が飼いたいっていったら、セリオは耐えられるの?」
「え、猫?」
セリオは蒼ざめた。
「動物が好きなら、何を飼ったっていいけど、なんだってあえて猫なの?猫のなにがいいのさ。南都で猫を飼おうなんてもの好きはいないよ。猫なんて、汚らしく溝の中を歩き回って、人の残飯を食い漁る。ドブネズミとなにが違うんだよ。」
あまりの言い分に梨亜は絶句した。口ぎたなく猫をののしるセリオを見て、猫を鬼の形相で追い払う冨美を思い出した。
「……ごめんなさい。私は猫嫌いのひととはやっていける気がしない。やっぱりあなたとは結婚できない。近日中に仕事と住処を探して、フェルディナント家から出るわ。」
きっぱりと言い捨てて、呆然とするセリオを残し、梨亜はエルンスト館を後にした。待っていたフェルディナントの馬車で、ひとりで先に帰り、馭者にはまだエルンスト館にいるセリオを迎えに行ってもらうようお願いしておいた。馭者と馬には二度手間になってしまい、申し訳なかったが、今日は梨亜はセリオの顔を見たくなかったのだ。




