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就職活動のはずなのに!

「ね、ダフネ。あのひと、誰?」


 ダフネにそっと耳打ちをする。


「あの五十歳ぐらいの口ひげの背の高い人。小柄なちょっと太った人といま話をしている。」


「あ、あの人はアウグスト男爵で、真珠を主に扱う宝石商を手広くやっているっていう話よ。彼の扱うポロネーシュの真珠は王都でも評判らしいわ。」


「…ありがとう。ちょっとあの人に仕事を世話してもらえないか、私、聞いてみる!」


「ちょっと!リアナ!待って。」


 止めるダフネを振り切って、猪突猛進、梨亜はアウグスト男爵につかつかと近づいて行って、しずしずとお辞儀をする。


「はじめまして、わたくし、リアナ・オルガ・セルバンテスと申します。男爵様におかれましては、ご機嫌うるわしゅう。」


 突然年若い娘に声をかけられ、アウグスト男爵は目を見張るが、


「これはこれは、今日がデビューのかわいらしいお嬢さんが、私に何か御用ですか?」


 と愛想よく相手をしてくれた。


「……ええ、私、男爵様に折り入ってご相談が。」


「それなら、ダンスをしながらお聞きしましょう。お嬢様、お手を。」


 男爵が慣れた様子で片手を出してくるので、梨亜はそれに応じながら、ダンスの体勢に入る。


「……それにしても、あなたの黒髪と黒い瞳は美しいですね。やはりあなたもポロネーシュの?」


 踊りながら男爵にも聞かれる。


「ええ、祖母がポロネーシュの人だったようです。」


「そうですか、それはうらやましい。それで、このような美しいお嬢さんが、このわたくしに御用とは。もしかして真珠がお入用ですか?」


「いいえ。それはもちろん、男爵様ご自慢の逸品をお見せいただけたら幸いですが、私、それよりも、働き口を探していますの。」


 梨亜は男爵の目を見つめて、はっきりと言った。


「私、早くに両親を亡くして、いまは親戚の世話になっていますが、いつまでもこのままではいけない、と思い、自立する道を探していますので。」


「ほうほう。」


 男爵の梨亜を見つめる瞳がきらりと光った。


「それなら、私によい考えがあります。」


「あら、うかがわせてください。」


「まず、空気の良い所に、私が一軒の家を買います。綺麗な、住みやすい家を。」


 男爵は不動産事業にも着手するつもりなのかしら?そう思いながら、梨亜は男爵の話に耳を傾ける。


「そこに、あなたが綺麗なドレスを着て、家に入ります。」


 なるほど、私を建売住宅を売り出す売り子にするつもりなのね、と梨亜は解釈する。


「そこへ、私が毎晩通う。」


 …商談のため?


「どうですか?私の訪れを毎晩待つだけの、簡単なお仕事です。それに毎月二千バニーお支払いしましょう。あなたにはぴったりだ。悪い話ではないでしょう?」


 ……愛人のお誘いだった。梨亜はがっくりと肩を落とす。


「…それはとても私には勤まりそうにありません。」


 そう言って梨亜がするりと男爵の手の中から抜け出そうとすると、男爵に片手をがっしりと捕まえられる。


「いやだ、お離しになってください。」


 梨亜は手を振り払おうとするが、男の手の力が強く、意外に簡単にふり払えない。


「なぜ?いい話じゃないか。きみは持参金も少なく、結婚もできないから、どこかで働こうというのだろう?働かなくてもいい、私がその黒髪、黒い瞳を可愛がってやるだけで、毎月二千バニーも払ってやろうと言っているのだ。もちろん、真珠も用意する。きみにはぴったりだ。」


 そう言って、男爵は力を込めて梨亜の腰を引き寄せようとする。そのとき、反対の手をぐいっと引かれ、梨亜は誰かの腕に巻き取られた。


「手を離してください。アウグスト男爵。これは僕の婚約者だ。」


 そう言って割り込んできたのは、セリオだった。


「セリオ・フェルディナント…。」


 アウグスト男爵が蒼白になる。副議長の息子で、フェルディナント商会の後継者の顔は、さすがにアウグスト男爵もよく知っているようだ。


「いや、私がこの娘が困っていると聞いて、手を貸そうとしただけで。」


 男爵は言い訳がましく言い立てる。


「困ってはいませんし、助けも求めていません。ただ私は働き口を…。」


 梨亜が口を挟もうとすると、セリオに黙って!という目でにらみつけられ、梨亜は口を閉じる。


「いいですか、僕の婚約者に手を出そうとするなら、今後一切、フェルディナント商会はあなたの商品を扱わない。それどころか、婦女子に無体を働こうとしたという疑惑で、議会にあなたのことを議題に上げてもいい。父にそう進言する。」


「いや、私は…そんなことは。」


 男爵はあわあわと手を振る。


「これ以上、彼女にかかわらないと約束するなら、そこまではしません。早く立ち去ってください。」


 男爵が蒼白になって、会場を去ってしまうと、セリオは、はあっと息をついて梨亜の両肩に手を置いた。


「なにやってんの、リアナ。」


「ごめんなさい。ただ、私、働き口を世話してもらおうと思っただけで。まさか愛人になれと言われると思わなくて。」


 梨亜はセリオにぺこぺこと謝る。セリオに婚約者だという嘘までつかせてしまって、梨亜は申し訳なく思う。


「ごめんね、迷惑かけて。おまけにフィアンセなんて嘘までつかせちゃって。」


「それは別にいい。…なんなら、ほんとうのことにしたっていいんだ。」


「はっ?」


 梨亜は驚いて目を上げる。セリオの濃いグレーの瞳は真剣に梨亜を見つめていた。


「少し、話そうか。」


 セリオに手を引かれ、梨亜は館の庭園に出た。夜の庭園だが、あちこちに篝火が焚かれ、庭はほどほどに明るい。あちこちに男女が談笑しているのが見える。薔薇によく似た花が咲き誇る植え込みの近くに来て、セリオは梨亜に言う。


「これはパープラと言って、ポロネーシュ原産の花だよ。」


「そう、きれい…。」

 

 梨亜は表面は薄い紫で、花弁の奥に行くと濃い紫になっていくその花をじっと見つめた。


「いいかい、リアナ。きみは南都の人間じゃないから知らないだろうけど、南都の人間は、ポロネーシュをこよなく愛する。もはや、執着と言っても良いぐらいに。…なんといってもその昔、南都の人間は、ポロネーシュを守るため、自分の国をオーキッド王国に捧げたんだ。」


「……どういうこと?」


 梨亜は驚きで目を見張ると、セリオはため息をついた。


「リアナは歴史を習ってるだろう?英雄オーキッドが小国をまとめて王国を作ったのは知ってるよね?」


「うん。」


 歴史の家庭教師を思い出しながら、梨亜はうん、とうなずいた。


「ここ、南都も、昔はカリエンテという小国だったんだ…。きみが歴史の授業で受けた南都の歴史と、この南都で伝えられている歴史は少し違うと思うから、ぼくの話を聞いておいて。」


 梨亜がうなずくと、セリオは話しを始めた。


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