南都の社交界。
南都の社交界は、公のものはエルンスト館で行われる。ここでは南都の地方議会も開かれたり、王族を迎えてのパーティなども開かれる自治会館だが、南都の財界人が力を合わせて建てたというだけあって、建物は豪奢でひろびろとしている。きらびやかな大広間で、梨亜はセリオと型通り最初の曲を踊った。そのあと、いったんセリオから離れざるを得なかった。……セリオが南都の娘たちにわーっと囲まれたからだ。
セリオ・フェルディナントは、南都でも力を持つ男爵家の一つで、セリオの父親のフェルディナント男爵は地方議会の副議長も務めている。また、フェルディナント商会は、さまざまな品物…主に高級品を扱う商売を手広く広げていて、まあ、日本のデパートのようなものだろう。財力・地位とともに、この南都では申し分のない家と言っていい。おじいさま付きの侍女、ソーニャは両親を早く亡くした身寄りの少ない子爵の娘として梨亜をフェルディナント家に紹介し、梨亜の公式デビューの便宜を取りはからってくれるようにお願いしてくれた。だから、梨亜が公爵家の娘ということは、セリオは知らないのだけれど、フェルディナント家は鷹揚に梨亜の身柄を引き受けてくれ、セリオをはじめ、フェルディナントの人たちはとても親切に梨亜に接してくれている。地位あり、財産あり、人柄もいいセリオがモテるのは当然だ。セリオの邪魔にならないように、梨亜はそっと壁際に退いた。
「あなた、今日はデビューなのね?名前はなんて言うの?」
不意に、ピンクのドレスを着た娘に声をかけられた。
「私は、リアナ・オルガ・セルバンテス。カルロス・セルバンテス子爵の娘なの。」
「そう。私はダフネ・パラシオス。父は爵位は無いのだけど、南都の議員をしているわ。」
そばかすの少し目立つ、栗色の髪と瞳を持つ気の好さそうな娘に、梨亜はほっとして笑いかけた。
「あなた、セリオ様にエスコートされていたけれど、……もしかして、セリオさまの婚約者?」
「いやいや、とんでもない!私、両親を早くに亡くして身寄りが少ないから、親戚筋のフェルディナント家にお世話になってるの。」
「そう……。あなたのこの黒髪に黒い瞳、すごく美しいから、セリオさまにぴったりだと思ったのに。…ねえ、あなたはやっぱりポロネーシュの血を引いてるの?」
ダフネは目をきらきらと輝かせながら、好奇心をいっぱいにみなぎらせて、梨亜に迫ってきた。
「ええ、祖母がポロネーシュの人だった、と聞いているわ。早くに亡くなって、私はお会いしたことがないのだけどね。」
梨亜は聞かれるたびにそう言っている嘘を、ためらいもなく口に上らせた。…まさか異世界の日本から来ました、とも言えないのが心苦しいが、本当のことを言っても信じてもらえるわけがないので、この嘘が無難であることはよくわかっている。公爵家でも、梨亜は人に連れてこられた公爵家の実孫ということになっていて、ほんとうのことを知るのは公爵と梨亜だけだ。
「そうなのね!やっぱり!梨亜の黒髪はほんとうに美しいわ。セリオ様に引けをとらないわよ。」
そう、セリオの髪も黒髪だ。瞳は濃いグレーだけど、軽くウェーブのかかった黒髪は、梨亜にとっては懐かしさを感じる。
「そうね、でも南都には、黒髪の人、結構多いのね。私驚いた。いままで田舎にいたから、そんなこと知らなくって。」
公爵家の領地内の農村に、時々馬車で梨亜も通りかかったけれど、馬車越しに見る人々の髪に黒髪は見えなかった。それが南都に来ると、三割ぐらいの人が黒髪なのだ。
「そうね、南都の人間はポロネーシュ人の血を引く人が多いもの。黒髪の人々は、ポロネーシュの血を引くことを、とても誇りに思っているのよ。」
「そうなんだ。」
梨亜は、おとなしくダフネの話を聞いている。この南都に隣接するというポロネーシュの国は、小さな島国で、黒髪、黒い瞳を持つ人々は、海に近い暮らしをしているという。国の大きさも豊かさも、このオーキッド王国にまるでかなわないというのに、南都の人々はなぜそこまで、ポロネーシュに心惹かれているのだろうか。
それはさておき。
「ね、ダフネ。私、ここに仕事を探しに来てるの。…親戚筋とはいえ、フェルディナント家の食客にいつまでもなっているのも申し訳ないし、なにか仕事をしようかと思ってるのよ。私を雇ってくれそうな人、誰か知らないかしら?」
「えっ、子爵令嬢のあなたが仕事するの?ふつうに結婚相手を探せばいいじゃない!」
ダフネに驚かれてしまうが、梨亜は気にしない。
「私は結婚願望はないの。だから、自立する女性になることを目指してるの。セリオに今日は財界人が多く集まるって聞いて、私、就職口が無いか探してるのよね。」
「……じゃあ、ふつうにフェルディナント商会で働かせてもらえば…。」
「それが、セリオにどうしてもダメって言われるのよ。店頭に私を出したくないって。」
「やっぱり、あなた、セリオ様の……。」
ダフネがなにか言いかけたとき、高級そうな夜会服に身を包んだロマンスグレーな口ひげを持つ人物が梨亜の目に入った。…あのカフスボタン、どう見てもお金がかかっていそう。…よし、あの人に声をかけてみよう。




