猫嫌いセリオ。
「……リアナ?もう着くよ?」
馬車の中でセリオに声を掛けられて、梨亜は我に返った。そうだ、今日はデビュタントだった。ぼんやりしている梨亜に、セリオが心配そうに梨亜の顔をのぞきこんでくる。
「緊張してるの?リアナ?」
「ううん……。ただ、なんのために私はここに来てるんだろうな、って考え事してたのよ。」
「なんのため、ってリアナの社交界のデビュタントのためでしょ?」
「……社交界へのデビュタントって、あれでしょう?結婚相手をみつくろうため、みたいな感じの。……私、結婚願望って、まだあまりなくて。」
この世界では、十八歳までにたいていの娘は結婚してしまうので、社交界へのデビューは、その出会いを探す、いわば集団見合いのようなものだろう、と梨亜は理解していた。けれど、梨亜はなんと言っても現代日本人。十六歳の現在はもとより、十八歳までに結婚するとか、早いにもほどがある、という感覚が抜けきれない。
「それだけでもないよ。南都の社交界は、財界人同士のつながりを広げるためのものでもあるから、自分のビジネスを売り込むチャンスでもあるんだよ。女の子は結婚相手を探すため、だろうけど、男同士はそう言った色合いが強いかな?」
「そっか……じゃ、私、そこで就職先を探そうかな?私、とりあえず仕事して自立したいの。いつまでもご高齢のおじいさまに頼ってるわけにもいかないから。」
「ご令嬢のリアナが働くの?」
セリオが目をいっぱいに見開く。……ご令嬢たって、もとは庶民なんだけどな、と梨亜はセリオの人の好さそうな顔を見ながらひそかにそう思う。十六歳と言えば、日本人だったら高校生でまだまだ学生なわけだ。しかし、この王国ではそういうわけにはいかない。王都などの大きな都市に行けばご貴族様や身分の高い方々の上級学校があったりするらしいけど、地方にすまう貴族は家庭教師で教養を身につけるのが一般的とされている。それも、社交界デビューの前に一通り終わらせていることになっているため、今日デビューしてしまう梨亜は、今後、結婚か、仕事を得ることしかない、梨亜はそう思っている。
自分には結婚は早すぎる。少なくとも、自分がここの世界に呼ばれてきた理由が見つかるまでは。だから、早く仕事を見つけて自立していこう。梨亜はそう決意していた。
「そりゃ、どうしてもっていうなら、仕事してもいいとは思うけどさ……。やっぱりリアナは結婚したほうがいいと思うよ……。たとえば、ぼく……。」
セリオが身を乗り出してなにか言いかけたとき、馬車が大きく揺れた。
「どうしたっ?」
セリオが梨亜が体勢を崩さないように片手で支えてくれながら、馭者に呼びかけると、馭者は
「すみません、猫が突然路地裏から飛び出してきまして、轢きそうになったので。」
「猫だって?」
セリオの顔から明らかに血の気が引く。対称的に梨亜は顔を輝かせて、
「猫?どこに?」
と馬車の窓から顔を出した。黒い猫のしっぽだけが、シュッと路地の隙間に消えていくのが見えた。
「あーあ、見損ねちゃった。」
窓から顔をひっこめた梨亜は、ため息をついて、馬車の背もたれに寄りかかった。
「リアナ、猫平気なの?ぼく、猫はちょっと……。」
セリオは馬車に酔ったかのように顔が真っ青になって、口元を手で隠している。梨亜は心配になった。
「セリオ、大丈夫?酔ったのならどこかで休む?」
「いや、平気。みっともないところ見せたね。それより早く、猫から離れたい。……行って。」
セリオが馭者に命じたので、馬車はまたゆっくりと動き始めた。梨亜はセリオの横顔をちらっと見てため息をついた。……セリオはいい人なんだけど、猫嫌いなのはちょっとねえ。




